太田伸 枚方スイミングスクール ―「ハードコーチ」の哲学とは― 

大阪にある枚方スイミングスクール(以下枚方SSと記載)は、比較的小規模のスイミングスクールである。しかし、その実績は水泳界で大きな注目を集めていると言ってもよい。2004年のアテネオリンピックで銅メダルを獲得した中西悠子選手はこの枚方SSの出身であり、加えて2024年の日本選手権では、決勝に同スイミングスクールに所属する6人の選手が進出している。

そんな枚方SSの選手を指導するコーチの1人が太田伸氏である。全日本の強化コーチでもあり、海外遠征の経験も豊富な太田氏は「世界レベルで戦う」という意味を、深く理解しているコーチである。

今回はコーチ経験が豊富な太田氏に、水泳を軸に幅広く話を聞くことができた。

アテネオリンピックで獲得した中西悠子さんの銅メダルを掲げる太田氏。

スキー教師から水泳の「ハードコーチ」へ

最初に、太田さんが枚方SSでお仕事をされるようになった経緯から伺えますか。

太田伸氏(以下、敬称略)「最初はアルバイトとして、枚方SSで働き始め、その後社員として勤務するようになり、転勤したりもしました。そして、枚方SSが当時所属していたチェーンから独立するときに、選手強化の仕事に携わるようになりました。このような形で働いて30年になります。ちなみに、以前はスキー教師の仕事をしていました。」

枚方SSは、比較的小さな規模のスイミングスクールと伺っております。そのような環境でも日本のトップクラスの選手が輩出される理由を、どのように分析されて いらっしゃいますか。

太田氏「転機となったのは、中西悠子という選手に出会ったことでした。彼女が枚方SSに入ったときに、私は彼女の育成方法についての5年計画表を会社に提出したんです。それに対して当時の社長がOKを出して、本格的にトップレベルの選手の育成に関わることになりました。

 そのような形でコーチを始めた中西が成長を続け、彼女がアテネオリンピックで銅メダルを獲得したことで、枚方SSで泳げば強くなれると思ってくれる人が多くなりましたね。

 いわば、一人有力な選手が出たことで、枚方SSは選手を強くすることができるクラブなんだ、と多くの人に認識されるようになっているのだと思います。」

枚方SSの特徴とは、一口に言ってどのようなもの でしょうか。

太田氏「近隣にあるSSは水泳を楽しむことに特化しているところが多いのですが、私自身が選手にしっかりトレーニングをさせるハードコーチとして有名なこともあって、枚方SSもしっかり泳ぐことがメインのスイミングスクールですね。そのためなのか、枚方SSに選手を送れば大丈夫と信頼してくださる方が多いのは、とてもうれしいです。」

SNSと強い選手を育てる自信

最近の若いアスリートは、自分のコーチ以外からも、例えばYoutube等のSNS等でトレーニングに関する情報を得ている人も多いと思います。こうした傾向について、プロのコーチとしてどのようなご意見をお持ちですか 。また、太田さんご自身もSNSを頻繁に利用されていますが、どのようなことを意識されていますか。

太田氏「水泳の場合、他の人の泳ぎを見ることは自分の泳ぎを良くするために役立つので、Youtube等の動画を利用することはよい方法だと思います。また、私自身がInstagramを使って頻繁にトレーニング等の情報を発信していますので、SNSを使うことには肯定的な立場です。

 とはいえ、もし、私がそうした選手を直接指導できるなら、その選手をもっと速く泳げるように育てる自信はあります。

 また、水泳という競技である以上、水着を着ている選手の写真をSNSに上げることが多くなりますが、どのような写真を選ぶのかという点については、注意する必要があります。幸いうちのスイミングスクールの選手はSNSに写真上げるよ、というと問題なくOKしてくれる人ばかりですが、それを見る人の中には変な人がいたりするので、そういう人と判明したらすぐにブロックと通報で対応してます。」

率直な質問になってしまうのですが、お許しください。太田さんはプロの水泳コーチとして、今回のパリオリンピックの水泳の日本代表の結果をどのように評価されていますか。

太田氏「私自身、現在全日本の強化コーチという立場でもあるため、オリンピックの結果について責任を負う立場にあるといっても良いかもしれません。

 今回のパリオリンピックの結果は惨敗と言ってもよいでしょう。決勝に残れない選手が多かったですし。

 水泳、特に競泳のレベルは年々上がっているのですが、今回はアメリカやオーストラリアといった伝統的に水泳が強い国以外から、例えばヨーロッパ諸国からも強い選手が多く現れたことが一つの特徴となるかと思います。

 一例として挙げると、オーストラリアはラグビーやクリケットが国技として有名ですが、水泳も強豪国です。というのもオーストラリアには、国民全員が泳げるようになるというモットーがあって、そうした背景があって昔からの強豪国なんです。

 そうしたことから考えると、日本の水泳界における選手育成などのやり方には、改善点がまだあると言えるでしょうね。」

約30年間コーチをしている枚方SSの前で。

大事なレースで自己ベストを出せる選手 

先ほど、オリンピックメダリストの中西悠子さんのお話がありました。太田さんから見て、オリンピックに出られる選手と出られない選手の違いは、どのようなところにあると思いますか。

太田氏「大事なレースで自己ベストを出せるかどうか、という点が大きな違いだと思います。中西は大切な大会前には雰囲気が変わり、レースを勝つんだという闘志が全身に現れて、男性的というか野性的な感じになる選手でした。そして彼女は、大事なレースではほぼ失敗なく自己ベストを更新していました。大事なレースに向けて集中力を高め、自分は最高のパフォーマンスをできるんだと信じることができるか否かが、大きな違いでしょうか。」

太田さんが考える、枚方SSの理想的な未来とは、どのようなものですか 。

太田氏「一つは町のスイミングスクールとして、赤ちゃんからおじいちゃん・おばあちゃんまでが通える場所になって欲しいと思っています。同時に、オリンピックを狙えるレベルの選手を輩出することで、枚方スイミングスクールはすごいクラブだ、と言われ続けて欲しいです。

 最近、私はオープン・ウォーター・スイミング1の選手育成にも力を入れていますが、その理由がいくつかあります。まず選手のエアロビクス(有酸素運動)の能力を高めるためです。もちろんもともと水泳自体は有酸素運動ですが、そのうえで有力選手の能力をさらにアップさせるために、エアロビクスを高めようとしているスイミングクラブは、実はまだ少ないんです。

 また、オープン・ウォーター・スイミングのトレーニングやレースは野外で行われます。海に行くと、子供たちはものすごくテンションが上がります。また、レースやトレーニングの後は、海で遊ぶこともできたりと楽しいこともあるので、子供たちもオープン・ウォーター・スイミングが楽しいものだと思っています。例えばこうした形で、オリンピックを目指せるようなレベルの選手の能力を向上させながら、同時に地元の方に楽しんで頂けるようなスイミングスクールになってほしいと思います。」

自分が直接指導できれば、選手の能力をもっと伸ばすことができると、自信をもって語る太田氏。その自信を支えているのは、30年にわたり多くの選手を指導してきた経験であるに違いない。

同時に、そうした自分の経験を次の世代の選手やコーチに伝えることで、多くの選手が国際舞台で活躍するところを見たいという思いは非常に強いように感じられた。

枚方SSがその第一線の場となることは、日本の水泳界全体のレベルアップにもつながるだろう。

1オープン・ウォーター・スイミングは、海・川・湖といった自然の中で、10㎞など長距離を泳ぐ種目。2008年の北京オリンピックからオリンピック競技にも採用されている。太田氏はこのオープン・ウォーター・スイミングにも日本代表選手を輩出しており、同種目のナショナルチームのコーチでもある。

(インタビュー・文 對馬由佳理) (写真提供 枚方スイミングスクール)

 

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