横浜ベイクレーンズ 「選手、スタッフ、チア、ファンが心を合わせるハドル」

X2リーグ春季トーナメント決勝進出

2025年6月8日(日)、富士通スタジアム川崎で行われた2025東日本X2 春季公式戦 SPRINGBOWL TOURNAMENT準決勝戦で横浜ベイクレーンズ(以下、クレーンズ)は茨城セイバーズを10-6の僅差で破り、同トーナメント決勝戦(6月29日)進出を決めた。
*準決勝戦フル動画:日本社会人アメリカンフットボール協会_X2X3リーグ公式Youtubeチャンネル
諦めない気持ちと鉄壁の守備

今トーナメントのクレーンズは1回戦でオックス川崎AFCに6-0で勝利すると、準々決勝では昨年秋リーグ戦1位のアイレクスゴリラズを13-2で下して、準決勝戦に進出してきた。ゴリラズには昨秋リーグ戦の対戦では0-28で完敗しており、その雪辱を果たした形でもあった。
準決勝・セイバーズ戦でのクレーンズは前半にフィールドゴール2本を決められ、ハーフタイム時点では0-6とリードされる苦しい展開。しかし、後半に入ると攻撃陣がタッチダウン+キックで逆転に成功。さらにフィールドゴールで広げたリードを守り切った。
最後までセイバーズ攻撃陣に追加点を与えなかったクレーンズ守備陣の粘りが大いに光った。このトーナメントでクレーンズはこれまでの3試合で相手チームにひとつのタッチダウンも許していない。
日本の社会人アメフトはXリーグの最上位X1 Superを頂点として、その傘下にX1 Area, X2,X3のカテゴリに分かれ、それぞれが春と秋のシーズンを戦う。クレーンズが所属するのはX2 East/Central(東日本)だ。目標とするX1昇格は秋シーズンのリーグ戦順位で決まり、春のトーナメント結果は直接には関係しないが、この躍進はチームに強い自信と勢いを与えるだろう。
全員がチームに貢献する

クレーンズ(Cranes)は1987年に東亜建設工業の企業内チームとして発足した。当初の活動拠点であった横浜市鶴見区にちなみ、鶴(Crane)がチーム名の基になった。Craneという英単語は重量物を吊り上げる工業機械のクレーンも意味し、東亜建設工業のイメージにも合致していた。
その後の紆余曲折を経て、現在のクレーンズは多種多様な職業の選手とスタッフが集まるクラブチームである。東亜建設工業は現在もチームの主要スポンサーであるが、選手たちは同社に所属する実業団選手ではない。それぞれが仕事を持ち、活動は基本的に週末だけの週1回。自前の練習拠点を持たず、横浜周辺のフィールドを転々とし、大学チームとの合同練習を行うこともある。
アメフトはチームに必要な人数がもっとも多いスポーツのひとつだ。一度にフィールドでプレイするのは11人だが、それよりはるかに超える述べ人数の選手が試合に出場する。選手たちが「攻撃」、「守備」、そして「スペシャルチーム」のどれかに分かれ、ポジションごとの専門性も高いからだ。スケジュール管理、トレーナー、救急、給水など、選手たちを支えるスタッフもチームには欠かせない。現在のクレーンズには約40名の選手と約10名のスタッフが在籍している。
クレーンズは選手たち自らが作戦立案に関わる。そもそも監督の石井類氏も選手兼任である。他の選手たちもプレイだけに専念するというわけにはいかない。会計や広報など、チームの運営に関わるさまざまな業務を役割に応じて分担している。言うまでもなく、すべてが無給のボランティアだ。「フットボールを通じて見返りを求めない与える人になる」をチームミッションに掲げている。
チームが団結する「ハドル」

アメフトで「ハドル」という言葉は、本来はプレイとプレイの合間にフィールド上の選手たちが集まって作戦の情報交換を行うことを指すが、チーム全体のミーティングにも使われる。
前述した準決勝戦でも、試合開始3時間前から控室に集合したクレーンズが最初に行ったのがこのハドルである。主将の冨上健太郎選手が「ハドルを始めます」と呼びかけると、選手全員が立ち上がって中央に集まった。続いて石井監督がその日の抱負と勝負に挑むチーム全体の基本戦略を述べ、選手たちはその言葉に集中して耳を傾ける。時折「オース」という体育会系の大声が響くたびに、チームの士気が高まっていく。その後に攻撃陣、守備陣、それぞれのチームに分かれての具体的な作戦会議が始まった。
試合開始1時間前に始まったウォームアップもハドルで始まり、リードされた展開で迎えたハーフタイムでもハドルで冨上主将が選手全員に「攻撃も守備も流れは悪くない。絶対に逆転できると信じていこう」と檄を飛ばした。その後に攻撃陣と守備陣に分かれて、それぞれの動きや作戦を確認する流れだ。
アメフトは分業制の意味合いが強いスポーツであるが、クレーンズはこのハドルによってチーム全体の団結力を強めているように筆者は感じた。まず全員の心を合わせてから、一人ひとりがそれぞれの役割に集中する。初めてチームに参加する選手やスタッフもこのハドルでチームに溶け込んでいく。団結力はときに排他的な方向に流れることがあるが、クレーンズにはそれはまったく感じられない。この方法はスポーツ以外の組織論にもつながるのではないだろうか。
多様なバックグラウンドを持ったメンバー

むろん、約50人の大所帯をまとめるには強力なリーダーシップが不可欠だ。その大役を担う冨上主将だが、実はアメフトから離れた時期があった。
「大学を卒業してから2年間はまったくアメフトに関わっていませんでした。それでもアメフトが好きだったので、あるチームにデータアナリストとして参加させてもらい、そのうちにまたどうしてもプレイしたくなって選手として復帰したのです」ということだ。
クレーンズの選手は大学アメフトの経験者が大半を占めるが、冨上主将のように大学卒業から社会人選手になるまでに数年ほどのブランクがある選手も多い。アメフト未経験で他スポーツからの転向組もいる。
早稲田大学ラグビー部出身の前田知暉選手は準決勝戦ではディフェンスライン兼キッカーで先発メンバーに名を連ね、パントのフェイクからこの日最長となる約34ヤードのロングランを決めた。同じく先発出場したワイドレシーバー兼キックリターナーの武井琢磨選手は昨年までプロ野球を目指していた元ピッチャーだ。2人とも「自分はアメフト初心者です」と謙遜するが、それぞれのスポーツで培ってきた運動能力を遺憾なく発揮している。
試合前のミーティングとウォームアップで進行役を務めていたチーフスタッフの吉谷哲郎氏も野球出身だ。アメフトに転向後、プレイ中のけがで引退を余儀なくされたが、その後も裏方としてチームを支え続けている。 トレーナーの今村直道氏にはアメフトの経験はないが、選手たちの体のケアに欠かせない存在だ。試合前には故障を抱えた選手たちにマッサージやテーピングを施し、試合中にけがをした選手には救急措置でフィールドに送り返す。給水や冷却など、常に選手たちのコンディショニングに目を配って動き回る姿が印象的だった。

関わるすべての人に感謝を
試合が終了すると、両チームの選手全員がライン際に整列し、互いに礼を交わす。そしてクレーンズの選手たちは観客スタンドに向き直り、冨上主将が選手を代表してファンに感謝の言葉を述べた。

フィールドを退出すると、クレーンズの選手たちは着替える間もなく、スタンド外でファンを見送ることが伝統だ。選手たちの家族も多く、小さな子どもも混じっているのは社会人スポーツならではの姿だ。

ファンとの交流を終え、控室に戻ると、この日最後のハドルが始まった。主将、監督に続き、チアリーダーとスタッフもそれぞれの立場から代表して言葉を述べ、その都度巻き起こる拍手と「オース」の掛け声がチームの連帯感を増していくようだった。
「強く開かれた愛されるチームを目指す」クレーンズは選手・スタッフともを常に募集し、いつでも新しい仲間を歓迎している。アマチュアリズムを貫き、地域に根ざしたクラブチームとして、アメフトというスポーツを通して、多くの人の夢を共有する場であり続ける。