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「大学生による遠隔指導」を部活動地域移行のモデルケースに 発案者の東京家政学院大学・松山直輝助教に聞く

 公立中学校の休日の部活動を地域クラブや民間事業者に委ねる「部活動地域移行」の推進が昨年度から始まった。教員の勤務負担軽減などの効果が期待される一方、指導者の確保や保護者の負担増加といった課題も多く、各自治体手探りの状態が続いている。

 そんな中、東京家政学院大学松山直輝助教、東京学芸大学繁田進教授、近畿日本ツーリストが昨年11月から、産学連携で部活動地域移行に向けた実証事業研究を実施している。東京学芸大陸上競技部に所属する大学生が広島県在住の知的障害特別支援学校生を遠隔で指導する取り組みで、大学生による遠隔指導は全国初の試み。発案者の東京家政学院大学松山助教に、研究の特色や今後の展望を聞いた。

「教えられる人が増えていくと、持続的なものになる」

 松山さんは広島県の知的障害特別支援学校で教諭を務めていた2019年から22年途中まで、運動部にて障害を持つ生徒に陸上競技を指導してきた。教え子の記録を大きく伸ばし、健常者も出場する全国高等学校総合体育大会の県大会で入賞させるなど実績を残したのち、22年4月、東京家政学院大学の助教に就任。教え子から「広島を離れてからも継続的に部活を見てほしい」との声が上がったこともあり、就任後も遠隔での指導を継続した。

発案者の松山さん

 指導は遠隔スポーツ指導に関する研究の一環で行い、これまでは基本的には松山さん一人で取り組んできた。遠隔指導開始から約1年が経過し、「私だけが教えていると私だけで終わってしまう。教えられる人が増えていくと、持続的なものになる」と考えた松山さんは、母校である東京学芸大陸上競技部の大学生を登用した実証研究を発案した。

選手と指導者を育てる「ダブルコーチングシステム」

 今回の研究では、教員を目指す東京学芸大陸上競技部の大学生4人がシフトを組み、やり投げの選手である知的障害特別支援学校生1人を指導している。松山さんは走高跳が専門だが、今回参加している大学生4人はいずれもやり投げが専門。松山さんは「もっと上を目指したい選手にとっては良いコーチングの場になる。一方で教員を目指す大学生にとっては指導力を向上させたり、障害について学んだりする機会になる」と相乗効果を期待している。

 ただ、知的障害を有する生徒の指導は一筋縄ではいかない。経験と実績に基づく助言を与え、手本を示すのが松山さんの役目。「選手が大学生からスポーツを教わり、大学生が監督(大学教員)から指導方法を教わる」ダブルコーチングシステムを用いていることが、この研究の大きな特色だ。

松山さんが提唱する「ダブルコーチングシステム」の仕組み

 例えば、知的障害を有する選手を指導する場合は言葉で伝えるより視覚的に理解させる方が望ましいとされる。特に抽象的な言葉や擬音語は伝わりづらい。そのため、連続写真を用いたフォームの「理想」と「現実」を比較する図などの資料を作成し、提示しながら指導する方法などが効果的だという。また、練習後に活動を振り返って要点を日誌にまとめて書いたり、思い出して書いたりすることが苦手な選手もいる。その場合、指導者が生徒の考えを導くように指導し、その時に教わったことをまとめて書き留められるよう支援することが、動きを覚える上で効果的な指導につながる。

ICT機器を活用した「遠隔ならでは」の進化は続く

 遠隔指導を充実させるため、ICT機器を積極的に活用していることも特色の一つだ。

大学生:「あと一つ、どこか改善できるとしたらどこを改善できそう?(手本のフォームの写真を見せながら)肘を見てほしくて…」

選手:「(手本のフォームの肘は)曲がっていないですね。(自分のフォームの写真を見て)あ、曲がっていますね」

大学生:「一回日誌で振り返ってみようか。反省点はどういうのがあった?」

選手:「斜めに脇を見せることと、肘を曲げないことです」  これはある日の遠隔指導中の、東京にいる大学生と広島にいる選手のやりとり。指導中はWeb会議アプリを使ってコミュニケーションを取るが、和気あいあいとした雰囲気でスムーズに会話が進んでいる。

随時日誌を書きながら遠隔指導を行う

 他にもAIで選手を自動で追いかけて撮影する「自動追尾システム」やカメラを複数台置いて視点を増やす「視野のマルチキャスト」、周りの音も聞き取れる「骨伝導型ワイヤレスイヤホン」を取り入れるなど、ICT機器を積極的に活用することで遠隔の弊害を取り除いている。これらは松山さんが一人で遠隔指導をしていた頃から活用していた。松山さんは「現地の指導と比べると遠隔ではできないことがあるかもしれないが、遠隔だからこそできる指導もいくらでもある」と話す。

生徒や大学生の動きを追跡する「自動追尾システム」

遠隔指導の可能性を示し、部活動地域移行の課題解消へ

 大学生の指導力向上やパラスポーツ指導、遠隔指導の充実はもちろん、今回の研究の最大の目的は、部活動地域移行における重要課題の解消に向けた運用モデルを提唱することだ。まずはコストの問題。例えば元プロの選手や実業団チームの現役選手を指導者に登用すると莫大な費用がかかるが、大学生を登用すれば大幅にコストを抑えることができる。その上、大学生は在学中の4年間は継続して指導が可能であり、今後も部活動に後輩が入学してくることを考えると継続的に実施できる。そして、東京学芸大学だけでなく、教員養成大学は全国にある。このような点で、全国各地の教員養成大学でも再現性が高い。加えて, スマートフォン等の手持ちのICT機器を上手く活用すれば、設備面の費用もそれほどかからない。

 企業と連携することで、同じく重要課題である保護者の負担軽減も実現しようとしている。具体的には、近畿日本ツーリストが監督(大学教員)、大学生、選手、保護者の間に入り、LINE上でシフトの調整や保護者への連絡、ケガなどの緊急時の対応といった事務局業務を運用するシステムが構築されているのだ。今後部活動地域移行が進んだ際にも、事務局業務に慣れている第三者の企業が入ることで円滑な運用が可能になると考えている。

近畿日本ツーリストが運用するシステム

 松山さんに今後の展望を尋ねると、次のように話してくれた。

 「東京学芸大の陸上競技部だけでも様々な種目の選手がいるので、この取り組みが発展すれば、別の地域や別の種目でも部活動を遠隔指導することもできる。他にも、ある中学校や特別支援学校の部活単位だけでなく、複数の学校の生徒が陸上競技の種目単位で集い、大学生による専門的な種目指導を遠隔で受けることもできる。こういった実証も続けていきたい。また今回の研究に関する記事を見て『うちの大学でもできる!』と思ってもらい、この方法論が普及すれば、過疎地での部活動の地域移行課題は一気に解決するはず。どこの自治体もなかなか具体的な解決に向けて動けていない中で、大学生たちができることを示せば、部活動をする中学生や特別支援学校生にとっても良い方向に進むと思う」

 大学生による遠隔指導が、部活動地域移行の問題に一石を投じるか――。まだ始まったばかりの実証研究、その過程と成果に注目だ。

(取材・文 川浪康太郎/写真 松山直輝氏提供)

読売新聞記者を経て2022年春からフリーに転身。東北のアマチュア野球を中心に取材している。福岡出身仙台在住。

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