「審判なしの試合」で、人間的な成長も促すLiga Agresiva千葉

広尾晃のBaseball Diversity
高校野球のリーグ戦、Liga Agresivaは、2015年に大阪府の指導者有志が初めて今年で10周年になる。

今年は34都道府県、189校が参加する大きなリーグ戦になっている。

Liga Agresivaは、単なる高校野球部のリーグ戦ではなく、

・スポーツマンシップについて座学、リモートで学ぶ

・ピッチスマートに準じた球数制限を行う

・低反発金属バット、木製バットを使用する

・原則としてベンチ入り全員が出場する

などのルールがある。

また、リーグは指導者によって運営されるため、様々なローカルルールも導入される。

ユニークな「無審判試合」

Liga千葉は今年、県立船橋高校、八千代高校、東京学館高校、日本大学習志野高校、君津商業高校、四街道高校、松戸向陽高校、千葉商科大付属高校、東葉高校の9校が参加。A、B両リーグに分かれてリーグ戦が行われた。

Liga千葉では、ユニークな取り組みが行われている。

「いいですか、この試合では審判はいません。ストライク、ボールの判定、アウト、セーフの判定は、君たち選手自身がやってください。自分がアウトと思えばアウト、セーフと思えばセーフと主張してください。スポーツマンシップを学んだ君たちですから、自分たちだけで試合はできるはずです」

選手に説明する吉原拓監督

11月4日、千葉商科大付属高校のグラウンドで行われた試合の開始前、千葉商科大付属の吉原拓監督は、選手たちに話した。

この試合は「審判なし」で行われるのだ。普通、審判を委託しない練習試合などでは、両チームから控え選手やコーチなどが出て、球審や塁審を担当するものだが、この試合ではそうした急造の審判もいない。

選手たちが、自分のプレーのジャッジを行うのだ。

野球に向かう「姿勢」が試される

このような試合では、選手たちが「勝利至上主義」になっていれば、プレーの判定に際しては、終始自分に有利になるように主張をするだろう。両チームがそのような態度であれば、試合は収拾がつかなくなる。

しかし、かといってなんでも「相手を立てる」ような気配りをしても、試合はうまく進行しない。

「審判なし」試合は自分のプレーも他者のプレーも、客観的に見て、判断することができる能力を身に着けることを目的にしている。

そしてそれは「チームメイト、相手選手、審判、ルールや競技そのものへのリスペクト」というスポーツマンシップの考え方に則っていると言ってよいだろう。

試合風景

自分たちでジャッジする試合

第1試合は千葉商科大付属高校と日本大学習志野高校の対戦。

投手の球を受けると、捕手はやや遠慮がちに「ストライク」「ボール」などとコールしている。打者は、それにうなずいたり、ちょっと首をひねったりしている。当初は微妙な空気が流れたが、次第にいつもの試合のように、ゲームそのものに集中し始めた。

昭和の時代、小学生は学校が終わると近所の公園や空き地にグローブやバットを持って集まり、野球ごっこに興じたものだが、そういうときも審判はおらず、仲間が自分たちでジャッジをした。そういう経験がある世代は「審判なし」の試合もある程度理解できるだろうが、野球体験の始まりが「チームに入団して大人に指導され、審判のいる試合でプレーする」ことだった今の世代には、戸惑うことが多かったはずだ。

塁上のアウト、セーフの判断では、走者自身がアウトだと判断して退くケースが多かった。

指導者が野手に「アウト、セーフジャッジして、言わないとダメだよ」と声をかけるケースもあった。

アウトセーフのジャッジも自分たちで

スポーツのあるべき姿を求めて

「審判の負担を軽減する意味もあって、今日は審判なしで試合をしています。選手たちは普段ジャッジを受ける側なのですが、こういう試合を経験することで、例えばキャッチャーは審判にストライクにとってもらいやすい捕り方もわかると思うんです。

このリーグではスポーツマンシップを学んでいます。その認識を持って、アウトかセーフを選手同士で判断するのも一つのやり方かな、と思っています。

それに、私たちのサポートを極力減らして、試合全般に選手が関わるのも、いいことではないかと思います。

野球の試合では、ごまかすじゃないですけども『本当はセーフだけど、アウトにできた、しめしめ』みたいなことがよくありました。これまで、そういうのもテクニックの内だ、みたいな考えもあったと思いますが、それはスポーツのあるべき姿とは言えない。そういうことも理解して、選手たちは進化してほしいですね」

千葉商科大付属高校の吉原拓監督は語る。

千葉商科大付属の吉原拓監督

いろんな気づきがあった

1試合目で対戦した日大習志野高校の吉岡眞之介監督は、無審判の試合で、選手たちの「気質」が見えたと言う。

「今日の試合を見ていると、うちの選手は、どんなシーンでもあっさり引いてしまっています。明らかにアウトだ、セーフだと主張するようなところまで行く必要はないにしても、自分で自信があればそれはちゃんと主張すべきですよね。なのにあっさり引き下がっている。無審判の試合は、今日初めてやったのですが、いろんな気づきがありましたね」

と語った。


日大習志野高校の吉岡眞之介監督

第2試合で日大習志野高校と対戦した、東葉高校の小洞拓人監督は語る。

「Liga Agresivaは、選手に出場の機会を与えると言う意味でも有意義だと思いますが、試合でも、一つ一つのプレーを選手たちが自分で考えることができるので、素晴らしいと思います。無審判試合もユニークな取り組みだと思いますが、こういう実験的なことをするのも、選手たちの成長につながるのではないでしょうか」

東葉高校の小洞拓人監督

「ラプソード」で投打のデータを計測

この試合では、投手と捕手の間に計測機器が設置された。NPBやMLBでも使用されている弾道計測器「ラプソード」だ。

この機器を使えば、投手の投球の回転数や変化量、打者の打球速度、打球角度などがオンタイムで把握できる。

千葉商科大付属高校の吉原監督は

「今日は、愛知県のバットメーカーの白惣バットさんから提案があった、木製バットを実験的に使用しています。このバットは、北海道のダケカンバの間伐材を使ったバットです。木製バットの原材料の木材が枯渇している中で、間伐材を使ったバットが使えるようになるのは、いろんな意味で、メリットがあります。白惣バットさんの2種類のバットと、金属バットの『使用感』を試すのと、実際の打球速度、角度などのデータを録って、白惣バットさんにもフィードバックします」

選手たちは、白惣バットの軽いバット、重いバットと金属バットを交互に使って、使用感を確かめていた。

バッテリー間に設置された投打のラプソード
様々なバットが試された

投球、打球のデータはタブレット端末にオンタイムで表示された。

こうした機器の扱いは、すでに経験済みで、マネージャーやスタッフは手際よくデータをチェックしていた。

タブレット端末でのデータ計測

Liga Agresivaは、他の地域でも「タイブレークを想定したシチュエーション」を導入したり、2チームの選手をシャッフルしてチームを編成し、試合をしたり、様々な試みを行っている。

Liga Agresivaは、単に「勝利を目指す」「実力を蓄える」だけでなく、野球を通じて「人間的な成長を促す」「スポーツの本質を知る」などの目的を持っている。

こうした「視野の広い」取り組みこそが「野球離れ」が言われて久しい野球界のすそ野を広げることにつながるのではないだろうか?

関連記事