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「この大学で野球を継続するかどうか、悩んでいた」ドラフト候補の仙台大・辻本倫太郎が明かす葛藤と「本当の目標」

 今秋ドラフト候補に挙がる仙台大・辻本倫太郎内野手(3年=北海)。鉄壁の守備と勝負強さ、パンチ力を兼ね備えた打撃が魅力で、「世代ナンバーワン遊撃手」との呼び声も高い。

 大学3年目の昨年は春に自身初のベストナインを獲得すると、7月には大学日本代表の一員として国際大会で活躍。明治神宮大会はチームが初戦敗退を喫する中、左翼席へ運ぶ本塁打を放ち球場を沸かせた。常に全力疾走で、はつらつとしたプレーを心がける姿も注目を集め、辻本の名は一気に全国区となった。  

 順風満帆な大学野球生活に見えるが、ちょうど約1年前、辻本の心は揺れていた。「自分の中で、この大学で野球を継続するかどうか、少し悩んでいた」とこぼす。大学生活最後の冬も終盤にさしかかった2月中旬、その言葉の真意と、大学ラストイヤーにかける思いに迫った。

葛藤の理由

 1年前、心が揺らいだのはなぜか。

 「単純に先輩方の価値観やチームカラーが自分に合わなくて、チームの目標に自分の気持ちを向けられるか分からず、すごく悩んでいた。それなら違うチームで自分のために野球をやった方が楽しいし、プロにも近づけるんじゃないかと考えてしまった」

 「安易な考えだった」と前置きした上で、当時の率直な思いを打ち明けてくれた。  

 葛藤を続けながらも、春のリーグ戦は正遊撃手として攻守にわたってチームを引っ張った。転機が訪れたのは、大学日本代表に初選出された夏だった。

昨春の東北福祉大1回戦で安打を放つ辻本(仙台大硬式野球部提供)

 代表チームには、東京六大学野球、東都大学野球など大学野球最高峰の舞台で戦う選手たちが多数集まる。昨秋のドラフトで指名を受け、プロに進んだ4年生も複数いる。トップレベルの選手と接するうちに、彼らが共通して「謙虚さ」を持っていることに気づいた。

 「『勝ちたい』という表現の仕方がいろいろある中で、謙虚に『勝ちたい』と表現している姿を見て、自分は勘違いしていたと思えた。1年生の頃から試合に出させてもらって、チーム内で高い立場にいると感じてしまうことで、先輩方との価値観のズレが生じてしまっていた」  

 心が揺らいだ根本の原因を理解した辻本は、チームに戻ってからは心を「いい意味でリセット」し、先輩たちとのコミュニケーションを積極的に図るようになった。徐々にチームの方向性に共感できるようになり、明治神宮大会に臨む頃には「仙台大学が全国でも勝てるというところを見せて、大学の名前を広めたい」と本気で思っていた。だからこそ、活躍できた喜びよりも、負けた悔しさが勝る大会になった。

目標を定めることの意味

 新チームでは、主将に就任した。謙虚さを保ちつつ、今年は正真正銘の中心選手となる以上、より良いチームを作るためには自身の価値観に沿った変化をいとわない。

 近年、仙台大は新チーム発足と同時に「日本一」という目標を定めてきた。辻本はその目標に向け努力する一方、「目標というより夢に近い感じ。去年の秋はリーグ戦で優勝してみんなで喜んでいたけど、『本当の目標は日本一なんじゃないの?』と心のどこかで思っていた」と違和感を覚えていた。

 「神宮の1回戦で負けて、本気で悔しかった人もいれば、神宮に出場できたことが嬉しかった人もいたと思う。だけど本来は、全員が『俺らの目標は日本一だから』と言える方向に向かわないといけない。そうでないと目標の意味がない」  

 全員で目指せる目標を定めるべきだと考えた辻本は、新チーム発足後、新幹部を集め「全国1勝」を春の目標にすることを提案した。仲間からは賛同する声だけでなく、「目標はもっと高く設定すべき」との声も挙がった。

華麗な守備を披露する辻本(仙台大硬式野球部提供)

 意見が割れた際、高校時代の苦い経験が辻本の頭をよぎった。北海高でも3年次に主将を務めたが、当時は全員が辻本の意見に従う状況で、チームカラーをうまく出すことができなかった。「倫太郎が言うことをやっておけば大丈夫」。そんな雰囲気が漂ってしまったことを今でも悔やんでいる。

 高校時代の反省を生かし、大学では仲間の意見も尊重することにした。チームの春の目標は、リーグ戦前の関東遠征や宮城県内でのオープン戦を経て、再度話し合って最終的に決定する。  

 例年同様「日本一」になるか、辻本の提案した「全国1勝」になるか、はたまた「リーグ優勝」になるか。「自分たちの実力に見合った目標を立てる」との方針のもと、全員が納得のできる目標を探り続ける。

もう一つの目標

 辻本にはもう一つ、確固たる目標がある。ドラフトで支配下指名を受け、プロ野球選手になることだ。少し前までは夢だった。だが、昨年末北海道に帰省した際、家族との食事中に「2023年の目標」を問われると、「もちろん、支配下でプロ」と胸を張って答えることができた。  

 同時期に帰省していた兄・勇樹からは、打撃に関する質問を受けた。北海高、仙台大のOBで、現在もNTT西日本で捕手として活躍する兄は雲の上の存在。アドバイスを求められたのは初めてのことで、「徐々にだけど、兄の野球人生に食い込んでいける実力がついてきたのかな」と自身の成長を感じた。

昨秋の東北福祉大2回戦で四球を選び、一塁へ向かう辻本

 ドラフトに向け、大学ラストイヤーも数字でアピールする必要がある。ただ、辻本はあくまでも「現実的な目標を立てて、達成して自信をつける」との考え方を貫くつもりだ。立場上、4年春の目標として「三冠王」と口にする機会が多く、もちろんそれが打者としての理想だが、本意はやや異なる。

 実際、リーグ戦で規定打席に乗って3割以上の打率を残した経験はなく、昨年も打率だけ見ると春が.244(41打数10安打)、秋が.200(35打数7安打)と決して高い数字ではない。一方、優勝の行方を左右する東北福祉大戦の通算成績は11試合で打率.368(38打数14安打)、2本塁打、9打点で、「福祉大キラー」ぶりを発揮している。  

 「チームが苦しい時に勢いを与えて、『倫太郎が打ったから勝てた』と言われるような活躍の仕方をするのが好き」と話すように、大学最後の年も圧倒的な成績を残すことより、大一番で活躍することに照準を合わせる。また数字としては、「打率3割超え、2本塁打以上、盗塁を増やす」が辻本なりの春の目標だ。

2月中旬、仙台大の室内練習場で笑顔を見せる辻本(中央)

「目標は絶対に叶えたい」

 仙台大で大学野球をやり切ると決めた以上、もう心は揺らがない。「仙台大・辻本倫太郎」の物語を完結させる1年が始まる。

(取材・文・一部写真 川浪康太郎/写真提供 仙台大硬式野球部)

読売新聞記者を経て2022年春からフリーに転身。東北のアマチュア野球を中心に取材している。福岡出身仙台在住。

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