ジュニアラクロス「ビータンツ」~ラクロスを通して子どもがスポーツを楽しむ環境をつくる
日本ではまだ珍しい「ジュニアラクロス」
2028年のロサンゼルス五輪において、ラクロスが追加競技として実施されることが決定した。ラクロスは北米の先住民族が行っていた儀式が起源とされ、長い歴史を持つ伝統あるスポーツであるが、オリンピックでは実に120年ぶりの復帰となる。
現在の日本ではラクロスはあまり広く知られているとは言い難いスポーツだ。見聞きしたことがある人でも、その多くは「大学のキャンパスで行われるおしゃれなスポーツ」というイメージを抱くのではないだろうか。実際、日本では大学に入学してからこの競技を始めるケースが大多数を占めている。
そんな中、滋賀県草津市に小学生を対象としたジュニアラクロスのクラブがある。クラブ名は『ビータンツ』。理学療法士であり、多くのアスリートを支えるトレーナーでもある森宜裕氏が立ち上げたクラブだ。
競技の枠を超えた「By Lacrosse」の思想――理学療法士が見据える子どもの成長
森氏自身も京都大学入学後にラクロスを始めたひとりだ。現在は理学療法士、日本スポーツ協会公認アスレティックトレーナーとしての顔を持つ、スポーツと身体の専門家である。ホッケーU15日本代表のトレーナーや、国民スポーツ大会(旧・国体)テニス競技の滋賀県チームへの帯同した経験があり、大学の非常勤講師として教壇に立つこともある。
身体教育のプロである森氏が、なぜ小学生向けのラクロスクラブを立ち上げたのか。その答えは、クラブが掲げるスローガンに集約されている。
「By Lacrosse(ラクロスによって……)」
ラクロスを、ではない。競技そのものを目的とするのではなく、ラクロスはあくまで「切り口」として、子どもたちがスポーツを心から楽しむ機会を創出したい、という森氏の想いが込められている。
現在の日本のジュニアスポーツ界は、依然として「上手さ」や「勝敗」に偏重しがちな側面がある。早くから一つの競技に特化し、厳しい練習を重ねることで結果を出す。それ自体は否定されるべきものではないが、その過程でスポーツを嫌いになってしまったり、燃え尽きてしまったりする子どもたちが少なくないのも事実だ。厳しい競争についていけない子どももいる。

ビータンツの活動は、そうした勝利至上主義とは一線を画す。上手い・下手という基準で子どもを評価するのではなく、「楽しい」という感情を起点にして、すべての子ども自身が自発的に挑戦し、結果として上達していくというポジティブな循環を目指している。
「リズム」と「没頭」から生まれる「成功体験」のプロセス
ビータンツの練習は、毎週火曜日の17時30分から19時30分までの2時間、通年で行われている。その練習風景は、一般的なスポーツのそれとは少し異なる。
練習の最初の約30分間は、スピーカーから流れる軽快な音楽に合わせ、子どもたちがステップを踏む「スポーツリズムトレーニング」にあてられる。森氏はスポーツリズムトレーニング協会認定シニアインストラクターでもある。
音楽のリズムに合わせて身体を動かすことで、運動能力の土台となるリズム感を養うと同時に、脳と心の準備を整えるウォームアップにもなる。
森氏はあまり言葉であれこれと指示は出さない。子どもたちは音楽のリズムに身を委ね、見よう見まねで身体を動かす。これによって、自然と運動量が確保される。頭で考えるよりも先に、身体を動かす楽しさを感じさせることが狙いだ。

ウォームアップが終わると、いよいよラクロスに特有のスキルを習得する練習へと移る。
ラクロスは、クロスと呼ばれる網のついたスティックでボールを操る。他のスポーツでは扱うことがない道具だ。従って、誰もが最初は「全くできない」状態からスタートする。この「全員が初心者である」という環境はスポーツが得意でない子どもたちにとっても大きな安心材料になる。
たとえば、初心者の練習は「自分自身でボールを上に投げ、それを自分のクロスでキャッチする」という、極めてシンプルな動作(自分投げ→自分キャッチ)から始まる。球数を重ね、少しずつキャッチできる確率が上がっていくことで、子どもたちの心には「自分はできる」という確かな自己効力感が育まれる。

安全にラクロスを楽しむためのルール
本来のラクロスはかなり激しいスポーツである。とくに男性の競技ルールは、ヘルメットとプロテクターを装着してのボディコンタクト(身体的接触)が前提になっている。フィールド上の格闘技と称されることもあるくらいだ。
しかし、ビータンツが実施しているジュニア(小学生)ラクロスのルールは、安全性が最優先に考慮されている。
ジュニアの試合は男女混合で行われるが、ボディコンタクトは一切禁止されている。ゴールキーパーも置かない。 さらに特徴的なのは、「ボールを保持してから5秒以内にパスを出さなければならない」「シュートを打つ前には、必ず1回以上のパスを経由しなければならない」というジュニア独自のルールだ。

これらのルールにより、特定の一人だけがボールをキープして独走することは不可能になり、全員がパスを繋ぐというチームワークが自然と要求される。体格差や男女の差に関わらず、全員がボールに触れ、ゲームに参加することを促す。
使用する道具は、子ども用に短く作られたクロスと、当たっても痛くない軽量かつ軟質のボールだ。ビータンツの体験会ではこれらの道具は無料で貸し出され、入会後に各自で購入する形をとっている。
多世代が交わる地域コミュニティという価値
ビータンツの練習は市の小学校の「施設開放(サークル授業)」枠を年間で借用して行われている。会場となる小学校が年によって変動する可能性はあるものの、基本的には地元の小学校の校庭が活動の舞台だ。
子どもたちの多くは保護者の送迎によって通っている。特筆すべきは、練習中の「保護者当番」が一切ないことだ。見学は自由だが、お茶汲みやグラウンド整備などの義務はない。保護者の負担をできるだけ軽減することで、共働き世帯や忙しい子育て世代でも安心して子どもを通わせることができる環境が整えられている。
現メンバーは小学1年生から6年生が中心で、男女比は学年によって異なる(高学年は男子が多く、低学年では女子がやや多い、あるいは半々程度)。
森氏はさらに小学校を卒業した後もビータンツでラクロスを続けたい子どもへの受け皿を広げていきたいと考えている。現状、ラクロス部がある中学校はきわめて少ない。ビータンツの卒業生たちがラクロスを続けられるように、また彼らが小学生の練習において「ジュニアコーチ」のような役割を担う場として、中学生メンバーへも徐々に門戸を開いていく予定だ。
また、指導スタッフには森氏のほか、立命館大学や京都大学などの現役大学生ラクロス部員が日替わりで参画している。大学生にとっては、ラクロスの技術を教えるだけでなく、さまざまな年齢の子どもたちとどう関わるかを学ぶ、実践的な教育の場にもなっている。

小学生、中学生、大学生、そして地域の大人たち。ビータンツは、ラクロスというスポーツを介して、多世代が自然に交わる、地域コミュニティの拠点としての価値をも生み出している。
関西の開拓者として挑む、ジュニアラクロスの未来と課題
日本におけるジュニアラクロスの環境は関東地域に偏っている。「日本ラクロス協会」の公式ウェブサイトによると、2026年4月現在、活動中のジュニアチームの都道府県別内訳は東京都(6)、千葉県(6)、神奈川県(7)、埼玉県(3)、静岡県(1)、福島県(1)、滋賀県(1)、京都府(1)となっている。滋賀県唯一のチームであるビータンツが日常的に試合経験を積むことは容易ではない。年に一度の大きな競技機会である「全国大会」に出場するためには、東京までの遠征を余儀なくされる。
さらに、先述した通り、小学校でラクロスを始めた子どもたちが、中学・高校の部活動としてそれを継続できる環境はきわめて限られている。大学のサークルや部活動としては人気が高いスポーツであるにもかかわらず、ジュニアから大学までの「育成の空白期間」をどう埋めていくかは、日本ラクロス界全体の大きな課題である。
現在、ビータンツのメンバー募集や広がりは地域での口コミが中心となっている。派手な広告宣伝や、無理な規模拡大は行っていない。彼らの試みは、これからの地域スポーツや子どもの育成環境のあるべき姿に対して、静かな、しかし確かな一石を投じている。

(取材/文・角谷剛、取材/写真/協力・森宜裕代表)
