H.C.栃木日光アイスバックス~“100年の歴史”と“地域との絆”を大切に未来へ向かう
アイスホッケー(IH)・H.C.栃木日光アイスバックス(以下バックス)は、栃木県日光市を中心とした“地域”に欠かせない存在だ。2025年に迎えた古河電工アイスホッケー部創設100周年を機に、歴史を改めて見つめ直し、更なる発展を目指し進み続けている。

~スポーツ界ではアナログの人間関係が大切
「ITやAIといったデジタルが主流になった世の中だけど、スポーツ界で1番大事なのはアナログでの関係なんだよ」と、バックス代表取締役・セルジオ越後氏は強調する。
「『プロスポーツクラブが上手くいくか?』は人にかかっている。血の通った温もりある関係性、繋がりがクラブを支える。人と人が直接、触れ合うことで、その輪が広がって支援者も増える。選手、関係者、スポンサー、ファン・サポーター、地域のみんなが繋がることが重要」
サッカー界の“御意見番”として知られるがセルジオ氏だが、IHの試合へ初めて足を運んだ際に競技のおもしろさにハマり、スポーツ文化にできる可能性を感じた。その後、知人を通じてバックスの立て直しを依頼され、2006年からシニアディレクター、そして2007年から代表取締役を務める。世界のサッカーやスポーツ事情に精通している男が、クラブの“現状”と“未来”を語ってくれた。

~バックスは“地域”のふれあいの場所
「周囲(=メディア)は勝ち負けや選手ばかり取り上げる。でも勝負は時の運だし、選手の大半は引退や移籍等でクラブからいなくなってしまう。でも、ファン・サポーターはずっと側にいてくれる。そういう人達を大事にしないといけない」
「プロスポーツクラブを成立・成功させるには、地域密着が大事」と言われる。そこで重要になるのは実際に応援や支援をしてくれるファン・サポーターであり、地元の人々だ。しかし、「大事な人々の方を向いて運営しているクラブは少ない」と続ける。
「日本では多くのクラブが企業スポーツの域を抜け出ていない。例えば、 多くのプロスポーツで“地域密着”を掲げているけれど、実際はそこまで行けていない。いまだに支えてくれる親会社やスポンサーのためのクラブという位置付け。だから、親企業の経営状態で方向性まで左右されてしまう」
「日本のクラブは1企業1チームで成り立つ場合が多いから、地域より親会社の意向が優先される。バックスも同じで、1999年に古河電工が撤退、1度は廃部となった。それでも市民クラブとして出直せたのは、この“地域”にとってIHが必要不可欠なものになっていたから」
日本スポーツ界では当たり前の光景と挫折がここにもあった。しかし、「74年かけて古河電工アイスホッケー部が根付かせたものは大きかったと思うよ」と続ける。
「ファンの方に頭を下げられた。『セルジオさん、お願いです。このクラブがなくなったら、仲間達と会える場所がなくなってしまいます』と。こんなことを言われたのは初めてで、胸に刺さった。『何とかしないといけない』と痛感しました」
「“地域”のふれあいの場所をなくしてはいけない」という思いを強めた。また、「そういった思いの人々を巻き込めば、バックスはうまくいく」という確信にも繋がった。「日光にはIHの地域密着ができつつある」と感じた瞬間だった。

~“割り勘”という素晴らしい文化がバックスを救う
「オイルショック、バブル破綻、リーマンショック…。日本経済は多くのマイナスを経験してきたが、唯一、変わらないものは“割り勘”なんだ(笑)」
“割り勘”を「日本が生み出した最高の文化」と言い切る。「スポーツ界に“割り勘”を導入することで、クラブは成功への道を進めるはず」と語る表情は真剣だ。
「日本スポーツ界は1企業1チームでやってきた流れもあり、親会社が撤退したら次も大口を探そうとする。でも発想を変えて小口をたくさん集める、いわゆる“割り勘”にすれば良い。そういう日本の素晴らしい文化を取り入れれば、バックスはやっていける」
「1社や1個人が1千万円出すのは難しくても、1000人が1万円ずつ出すのなら可能性は高い。そうやって多くの人々が集まり、そこから『お前も少しだけお金を出せ』 とさらに横へ広がっていく。それこそが地域密着の始まりだと思う」
「サッカーでも海外の名門クラブは同じ発想で広がっていった。例えば、ブラジルでは1企業1チームもあるけど、多くは選手や関係者が少しずつお金を出し合ってプレーする場所を作っている。そういう方法でやらない限り、長く続かないと思う」
日本特有の文化だと思われた“割り勘”だが、「スポーツクラブを存続させるには、当たり前で最良の手段」とまで言う。
「発想を柔軟にしないと、自分の愛するクラブが無くなって悲しむ人がどんどん増える。少なくともバックスには、そういった道を歩ませたくない」
1991年から2014年の約20年間で、企業が支えるスポーツクラブが358も休廃部となっているという調査結果もある。「“割り勘”を活用することで、同じ轍を踏まないように」という思いだ。
「バックスが1999年にバトンを受け継ぎ市民クラブとして出直せたのは、“地域”にとってIHが必要不可欠なものになっていたから。古河電工アイスホッケー部が74年間も存在したことで、間違いなく地域の人々に大きな影響を与えていた。そういう下地があったことで、“割り勘”ができる土壌もできつつあったのだと思う」
古河電工アイスホッケー部への感謝の思いは強い。だからこそ100周年を共に祝えることができる、素晴らしい関係性を維持できているのだろう。
「『セルジオさん、古河電工が戻ってきて本当に良かったね』と、タクシーの女性運転手さんに言われた。“地域”の人にとって、古河電工アイスホッケー部は大きな存在だったことが伝わってきた。『素敵な関係だなぁ』と思いました」
2019年、古河電工がユニホームスポンサーとして帰ってきた時のことだ。“地域”の人々にとって古河電工の“帰還”は大きなニュースであり、懐かしい“再会”となったようだ。

~“バックス・ファミリー”の輪をもっと大きくする
「スポーツツクラブを成り立たせるには、『誰でも、いつでも、どこでも』が大事」とも言う。
「1999年からはバックスという子供が自立して歩み始めた。親(古河電工)は1歩下がったところから子供を見守り続けてくれて、再び一緒になるタイミングが来た。『親も少し手伝うよ』ということ。愛情が残っていたのが本当に嬉しい。“割り勘”に協力してくれるのは、本当に喜ばしいこと」
バックスを気にかけ、支えてくれる人は大歓迎。“割り勘”の輪を広げている中、1度は疎遠になった親まで戻ってきてくれた。ここから先は、“地域”、そして“割り勘”してくれる仲間達へ、少しずつ何かを返していく番だ。
「IHでは結果を残していきたい。タイトルも獲得できるようになり、2024年はジャパンカップ、全日本選手権の2冠を獲れた(全日本選手権は2連覇)。しかし我々の目指すのはもっと上にあって、アジアリーグも含めた全てを獲りたいと思っています」
「リンク外では、選手・関係者、ファン・サポーター、地域のみんな、そしてスポンサーという、“バックス・ファミリー”の輪をどんどん広げたい。『誰でも、いつでも、どこでも』という絆を持ち続ける。そうすれば“地域”の魅力も高まり、誰もが住みやすい街になるはず」
「バックスを中心にファミリーが集える場所を作り続けること。これこそ“恩返し”で“地域貢献”」と付け加える。

「古河電工アイスホッケー部創設100周年は通過点。次は1999年にできたバックスとしての100周年を目指す。未来永劫、このクラブが生き続けることが最も大事」
“割り勘”によるクラブ運営スタイルを確立、紆余曲折の末にチーム経営は少しずつ軌道に乗りつつある。リンク内では、常にタイトルに絡める位置にまできた。
「国内ではマイナー競技」と言われ続けるIH。しかしその中でバックスは、海外のスポーツクラブに劣らない“地域密着”を成し遂げつつある。
世界的に混沌を極める時代だからこそ、“地域”を大事にするスポーツクラブの存在価値を改めて感じてしまう。バックスの取り組みがさらに進み、日本スポーツ界の構造改革が行われるようになる日も意外と近いかもしれない。
(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力・H.C.栃木日光アイスバックス)
