脳科学に基づいたメンタルトレーニング“SBT”が野球界を変える

中学硬式野球・関メディベースボール学院(以下関メディ)は、3月の第10回全日本選抜中学校硬式野球大会(以下選抜大会)で2年ぶり2度目の全国制覇を果たした。同大会ではメンタルコーチとして臼井博文氏がベンチ入り、選手達が前向きにベストパフォーマンスを発揮できるようにサポートを行った。

「これからの時間は2度と戻ってこない一瞬なので、良い思い出にしましょう」

「良い決断をして、積極的なプレーをしましょう」

球場入りを控え、臼井氏はポジティブな言葉を選手にかけ続けた。その前には全選手がアイマスクをして、イメージトレーニングを行う。

関メディの選手達は、常にポジティブ思考を持って試合に挑み続けている。

~“SBT”を通じて自分自身のブレーキを外す

「“SBT(スーパー・ブレイン・トレーニング)”という、脳科学に基づいたメンタルトレーニングです。アイマスクで視界を遮断することで、集中力を高め、脳の機能(イメージ力)を最大限に引き出す。成信力(成功を信じる力)、苦楽力(苦しい状況を楽しむ力)、他喜力(他人を喜ばせる力)を高め、ポジティブ思考を持つことができるようになります」

臼井氏が能力開発研究室・室長を務める株式会社サンリは、現会長・西田文郎氏により1980年に設立された。多岐に渡る分野で膨大なデータを集積、“大脳生理学”や“心理学”に基づく“SBT”を開発。スポーツ界では多競技で、五輪や世界選手権のメダリストや有力選手達を支える。

「『持っている実力を発揮できないのは、自分自身でブレーキをかけている』という考えが基本にあります。声に出したり頭の中で考えている、“マイナスの言葉・動作”がその要因。このブレーキを外して前へ進めるようにするのが、“SBT”と言えます」

「自分自身でブレーキをかけることには、日本人独特の国民性も関わっている」と付け加える。

「日本人には『反省の文化』というのがあります。反省時には“自己否定”の気持ちを持ってしまうことが多々ある。そうすると脳までが自分を否定するようになり、ブレーキがかかってしまうのです」

「反省は改善するために必要なことだが、マイナスに作用しては意味がない」と強調。そして、「何より大事なのは、周囲(=大人達)が“ドリーム・キラー(夢を殺す人)”にならないこと」と語る。

「周囲が妨げにならないこと。特にジュニア世代には、指導者や家族という大人達の存在や接し方が大切。子供達が目指すことに対し、大人達が否定的なことを伝えるのは良くない。だからこそ“SBT”を、大人達にも習得していただくようにしています」

「チームの監督・指導者、ご家族、選手達(子供達)の順に“SBT”を習得してもらう。子供を育てるためには、まずは大人が変わることが大事です。ポジティブでプラス思考の大人と接すれば、同様の思考が子供にも伝染します」

“SBT(スーパー・ブレイン・トレーニング)”は、アイマスクを使用した集中力を高めた状態で行われる。

~メンタルスポーツの野球では“SBT”が大きな武器になる

「野球はメンタルスポーツなので臼井先生にお願いしました」と関メディ総監督・井戸伸年氏は笑顔で振り返ってくれた。

「『人間の脳は意識しないうちにマイナス思考を強めており、パフォーマンスを発揮できない』という仕組みを知れた。具体的な対処方法も丁寧・親切に教えてくれます」

2018年にセミナーを受講、初めて耳にした臼井氏の理論に心を射抜かれた。

「最初にセミナーを受講した時から、『ベンチに入ってもらいたい』と思いました。野球界に新しいものを取り入れるにはタイミングが大事なので、その時期をうかがい続けていました」

関メディでは臼井氏を定期的に招いてセミナーを開催し始めた。その後、2023年に慶応高が夏の甲子園で全国優勝を果たした際、“SBT”を取り入れていたことが話題となった。

「慶応高メンタルコーチ・吉岡眞司氏が注目を浴びましたが、臼井先生は“師匠”にあたる方です。野球界でも目に見える形での結果が出始めていたので、ベンチ入りをお願いしました」

メンタルコーチがベンチ入りしているのはNPBでも数球団だけ。画期的な試みは選手のパフォーマンスに直結、関メディの全国制覇という結果に結び付いた。

メンタルコーチ・臼井博文氏(写真左)と関メディ総監督・井戸伸年氏(同右)。

~「想定外を想定する」ことで全ての準備ができる

選抜大会(沖縄)において臼井氏は初戦からベンチ入り、選手達を支え、関メディの勝利に大きく貢献した。

「オープン戦で野球のベンチ入りすることはあります。試合中の様子は理解しているので、状況を見極めて適切に声をかけることを常に考えます。今回は準決勝までは大勝が続いたので、『緩まないこと』を重視しました」

関メディは2回戦・沖縄本部ポニー戦「22-1」、準々決勝・福岡ベースボールポニー戦「10-0」、準決勝・高松LTSポニー戦「13-0」と勝ち進んだ。臼井氏は、「緩まない状態での(次戦への)繋がり」を常に考えていた。

「『楽勝』という意識が働いた時点で、緩んだ思考を脳が覚えます。『最後まで気を引き締めて攻め続けろ』と伝えました。脳が緩んだ状態を認識したまま次戦へ挑むことが、最も良くないことです」

「相手に合わせるのではなく、関メディとしてどう戦うか?」にフォーカスし続けることが重要。「(試合に)リードしたら雰囲気を締めるし、ピンチを迎えたらそういうプロセスを楽しむように伝えます」とも語る。

「『状況を受け入れなさい』と言います。そのために、選手個々には各試合へ向けたシート作成もしてもらう。そこには、『試合で起きて欲しくないこと』も書く。想定外を想定でき、全てを想定内にすることができます」

「“SBT”では、『最悪を分析して最善を追求するのがプラス思考』とも伝えます。苦楽力というのは苦しいことを楽しむ力。もっと言うと、『苦しいことを楽しみに待つ』ということです」

“苦楽力”をあえて“変態”という言葉を使って言い換える。苦しいことやストレスを感じる状況を待ち望み、楽しむ。他チームからすると“変な態度(=変態)”だが、そこが目指すところ。「『苦しみさん、こんにちは』です」と笑顔を見せる。

メンタルコーチによる適切な声掛けは、選手達が最高のパフォーマンスを発揮することに繋がった。

~“SBT”が話題にならない時代を目指す

決勝戦を前に、「関メディの方が圧倒的に不利な状況」と選手達には伝えた。

「相手チーム(ポニー博多南シャークス)は大会初出場で決勝進出したチャレンジャー(=挑戦者)。“戦い”で圧倒的に有利で勢いがあるのは、チャレンジャー。『不利な状況なので、想定外の試合展開を想定しなさい』と伝えました」

「3-2」で優勝を果たしたが、今までのような大量得点ではなかった。それどころか、最終回には1点差まで迫られる辛勝と言える展開だった。

「選手達にも焦りはあったと思いますが、本当に良くやってくれたと思います。『緩んだ雰囲気にならない』『想定外を想定内に』という普段からの姿勢を大事にした結果だと思います」

「選手各自が準備できていたことで、交代選手がパフォーマンスを発揮できていたのも良かった」と付け加える。

「『全てを受け入れよう』を実行してくれた。急遽マウンドに上がった投手も、『大丈夫、想定内です』と語った。心の準備をして登板機会を待っていたのではないでしょうか。素晴らしい“変態”で頼もしく思いました(笑)」

「試合が終わった後、改めて、『ありがたいな』と実感しました」と正直な気持ちも教えてくれた。

「『私の言っていることを素直に聞いて実行してくれているんだ』と感じました。だから優勝したことに関しては、『おめでとう』より『ありがとう』という思いが強かったです」

選手達に心からの感謝の気持ちを持ちつつも、試合後には敢えて厳しい言葉を伝えた。

「『今大会はすでに終わったから、次へ向けて何をすれば良いのかを口に出して話し合ってください』と話した。人間は喜んで脳が熱くなるとバーンアウト(=燃え尽き)します。それを通常に戻すにはトップアスリートでも1ヶ月近くかかる。次の話を口に出すことで、脳を冷やすためです」

「今回の優勝だけで良いのならいつまでも喜んでいれば良い。でも関メディが目指すのはそこではなく、全ての大会で結果を出すこと(=グランドスラム)。結果を出すことで、井戸総監督の思いである『少年野球界に残る悪しき体質を変え、子供たちの野球離れを止める』という発言の影響力も大きくなります。いつでも、“目標”は“目的”を達成するためにあるものですから」

「夏の全日本選手権制覇、そしてその先へ向けての戦いは始まっています」と先を見据えている。

“目標”は“目的”を達成するためにあるもので、次への戦いはすでに始まっている。

「“SBT”が記事で話題になるようでは、まだダメです。例えば30年前には、ウエイトトレーニングが同様の状況でしたが、今は野球界に当たり前に存在する。“SBT”が同じようになれば、選手のパフォーマンスは飛躍的に高まるはずです」

脳科学に基づいたメンタルトレーニングが結果に直結することを、関メディは証明してくれた。これは、「野球界には、選手が成長する伸び代が残っている」ことも示している。“SBT”は、間違いなく今後の野球界を大きく進化させてくれるはずだ。

(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力/写真・臼井博文、関メディベースボール学院、井戸伸年、日本ポニーベースボール協会、岸本純)

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