J3リーグ奈良クラブ 代表・濵田満が描くクラブの未来。世界水準の選手育成と経営
古都・奈良には、確固たるビジョンで未来を見据えるサッカークラブがある。J3リーグ所属(2026年4月時点)の奈良クラブだ。その躍進を支えるのは、代表取締役社長の濵田満氏。同氏はかつて本場のサッカー環境を求めてスペインへ渡り、のちに世界的プレーヤーへと成長する久保建英選手のサポートに関わるなど、FCバルセロナをはじめとする世界基準の育成現場を熟知する人物である。
「若手育成」と「クラブ経営」。一見すると性質の異なるこの2つが、どのように結びつき、クラブ全体の強化に直結していくのか。同氏にお話を伺う中で、その明確な道筋が浮かび上がってきた。育成を熟知した独自のキャリアの原点はどこにあるのか。そしてそれが奈良クラブという土壌でどのような実を結びつつあるのだろうか。
俯瞰の視点で奈良クラブの「設計図」を描く濵田氏の原点とは?
濵田氏の哲学の源は、意外にも幼少期の体験にあるという。「昔から、世の中がどうなっているのかといった全体の構造や仕組みにすごく興味がある人間だったんです」と自己分析する。その背景にあるのが、小学生の低学年頃から親しんでいた「将棋」の経験だ。「全体を見て、最終的にどうやって勝つかという思考が、将棋を通じて身についたのだと思います」。盤面全体を俯瞰し、ゴールから逆算してプロセスを組み立てる。この論理的な力こそが、現在の奈良クラブ経営における「中長期的な設計図」を描く原動力となっているようだ。
この「俯瞰する」という思考法は、のちに出会うスペインの文化やサッカー観と見事に合致することになる。「日本は物事を下から積み上げて考える傾向がありますが、スペインはまず最終目標の大枠を先に決めるんです。上から俯瞰して全体像を描く。サグラダ・ファミリアが約150年かけて作られ続けているのも、最初に完成図がしっかりと存在していたからです」 奈良クラブの社長に就任して以来、一貫して取り組んでいるのは、この「サグラダ・ファミリア」のような壮大な完成図を奈良の地に描くことだ。目先の1勝だけでなく、10年後、20年後にクラブが地域にどう根付いているか。その「盤面」を読んだ上での一手が、現在のクラブ運営の随所に散りばめられている。

「非科学的」な教育への違和感が、奈良クラブの「論理的環境」を生んだ
留学先のスペインでの体験は、濵田氏の中に以前からくすぶっていたある感情に刺激を与えた。それは、自身が経験してきた日本のスポーツ教育における「非科学的な指導」への違和感である。
「意味のない長距離走を延々とやらされたり、指導者が少ないのに部員が膨大にいて一部の選手しか見られていなかったり。日本の育成がダメだと思っていたわけではなく、ただ純粋に『教育構造そのものがおかしいよね』と感じながら生活していました」
そんな中、たまたまFCバルセロナの育成手法を目の当たりにした瞬間、違和感の正体に気が付いたという。「自分の中で言語化できていなかった違和感が、バルサの育成を見たときに解消されたんです」
この時に気が付いた「論理的な育成」―つまり、意味のない根性論に頼るのではなく、目指すべき最終的なゴールを明確に設定し、そこから逆算して日々のトレーニングや指導プロセスを組み立てるアプローチ―の重要性が、現在の奈良クラブが掲げるメソッドの確立や指導体制の構築に直結している。同氏は、自身がかつて感じた非科学的で不条理な環境を、奈良クラブという場所でできるだけ排除しようとしているのだ。
濱田氏は、のちに世界的プレーヤーへと成長する久保建英選手のサポートに関わるなど、世界基準の育成現場を経験してきた。そんな濱田氏が奈良クラブで目指しているのは、才能ある若者が迷いなく成長できる環境を日本に作ること。かつてスペインで目撃した育成先進国との差を埋めるための取り組みを、今の奈良クラブで実践している。

「奈良の土壌」に合わせた独自のクラブ戦略
スペインで培った論理的育成は今、奈良クラブの経営において存分に発揮されている。濵田氏は、ただ欧州の成功例を模倣するのではなく、クラブの置かれた状況や「奈良という地域ならではの施策」に注力している。
「規模の小さな奈良県だけで考えるのではなく、広い視野を持つことが大切です。同時に、奈良には大きな資本が集中しているわけではないので、人と人との繋がりが非常に重要になります。一人一人としっかり向き合うことで、プラスの印象が口コミとして繋がっていくのです」 おもしろいのは、同氏が奈良の歴史や文化といった表層的なものではなく、奈良の土壌や県民性に着目している点だ。奈良出身の濵田氏いわく「派手なことをやりたがらない」「縛られたくない」という奈良県民のマインドを尊重しながら、まるで「奈良公園のような感じ」のオープンで自然体なクラブづくりを目指しているという。また、組織運営においても経営指標はしっかりと定量化(KPI化)し、少人数のスタッフでも最大の効果を生むような仕組み作りを進めている。

ハード面の整備が「マインド」を変える
若手選手の成長をクラブの成長に直結させるため、濵田氏が特に強いこだわりを持って進めているのが「インフラ整備(ハード面の投資)」である。その象徴が、拠点となる施設「ナラディーア」の開設や、専用の移動用チームバスの導入だ。
「ナラディーアなどの施設は、単なる練習場以上の価値を生み出します。練習に参加した選手にとても良い印象を与え、『プロになるんだ』というモチベーションを飛躍的に高めることができる。若手選手のマインドに直接的に良い作用をもたらすのです」
日本では、こうしたスポーツ施設は自治体が税金で作ることが多く、民間主導ではなかなか進まない現状がある。しかし同氏は「ちゃんと民間企業が回収できるビジネスモデルを組めば、もっと施設は造れるはず」と、ここでも独自のビジネス視点を光らせている。
さらに、移動用のチームバスも決してただの贅沢品ではない。「バスを用意するのは施設への投資と同じ感覚です。移動が快適になれば選手がより良いコンディションで試合に臨めるようになり、チームのパフォーマンス向上が期待できます。また、ブランディングの観点でも重要です。立派なチームバスでスタジアム入りすれば、サポーターの士気も間違いなく上がります」。これらはすべて、かつてスペインで見た「基準」を奈良に実装するための不可欠な投資なのだ。


整えたもん勝ち。奈良クラブが描く設計図
サッカー界において、育成に成功し優秀な選手が育てば、当然上のカテゴリーや海外のクラブに引き抜かれていく宿命にある。しかし、濵田氏はそれを悲観していない。
「良い選手は抜かれていくものです。だからこそ、下から良い選手が入り続ける『いい仕組み』を作ろうとすると、やっぱり施設を整えるなどの投資が必要になってきます。最近はJ1のチームも育成に相当な投資をしていますが、僕らはJ3であっても、ここに関してはJ1もJ2も関係ありません。環境を『整えたもん勝ち』なんです」
将棋の盤面を見つめるように、俯瞰的な視点から論理的にクラブの未来を描いてきた。「最終ゴールから逆算する」思考は、ナラディーアというインフラを生み出し、若手選手たちのマインドを変え、着実にクラブを前に進めている。短期的な勝敗に一喜一憂するだけでなく、中長期的なビジョンに基づいた育成とインフラにより、奈良クラブは成長を続けていくだろう。


