「推し活」と「応援」に応えるチーム作りを ベテランブースターが語る新潟アルビレックスBBの今と昔
新潟県長岡市をホームタウンとするプロバスケットボールチーム「新潟アルビレックスBB」。2018-19年シーズンにB1中地区優勝を果たしたが、2023-24年シーズンにはB2降格、そして翌シーズンにはB3降格を余儀なくされた。酸いも甘いも知る10年来のブースター・小林有希子さんは、現在もホームゲームはほぼ全試合観戦している。なぜ、熱は冷めないのか――。小林さんと新潟アルビレックスBBの糸満盛人社長に話を聞いた。
常連になったきっかけは「地元のヒーロー」の帰還
長岡市在住の小林さんが新潟アルビレックスBBを応援し始めたのは、Bリーグ初年度の2016年。日本代表としても活躍した新潟県上越市出身の五十嵐圭選手が加入したのがきっかけだった。「地元のヒーローが帰ってくる」。小林さんはそう心を躍らせ、ホームアリーナであるアオーレ長岡に足を運んだ。
弟が大学までバスケをプレーしていたためバスケ観戦の経験こそあったものの、プロの試合を見るのは初めて。ハリセンを叩きながら声を枯らすブースターが一体となる光景に圧倒された。「もう一回行きたい」とすぐに2回目の観戦が決定。人気クラブの千葉ジェッツが相手とあってアリーナは満員で、アウェー側の後列に座って見守った。この時もやはり応援の雰囲気に魅了され、「もう一回行きたい」を繰り返すうちに今に至る。

「長岡にいると、冬にやることがないんです。家でじっとして、雪をどかして、灰色の空を見上げてため息をつくつまらない日々。そんな時にバスケ観戦に行ったら、暖かいし、汚れないし、美味しいものを食べられるし…毎週お祭りがある感覚を味わえました。しかも当時はB1の名だたる選手が目の前でプレーしていた。楽しくて、どんどん沼にハマってしまいました」
冬に同じ悩みを抱える同世代の女性が多かったからか、仕事仲間でもママ友でもない、バスケを通じて出会った「純粋な友人」が増えた。アリーナで大きな声を出して応援し、試合後は友人と飲みに行って語り合う。そんな「非日常」がいつしか「日常」になった。
集客拡大へ、「4回」アリーナに来てもらうための秘策
糸満社長も「小林さんのように常連のお客様として毎試合お越しいただく女性ファンは多い。それも『最初は全く興味がなかったが、たまたま観戦したらハマった』というケースをよく耳にします。映画鑑賞に行く感覚で見て、映画以上にストレス発散になって感動もできるという意味では、エンタメ産業に近いと思っています」と話す。
バスケには「4回観戦すると常連化する」というデータもあるといい、小林さんが感じたような「もう一回行きたい」をいかに引き出すかがブースター獲得の鍵を握る。そこには試合の勝敗に関わらない要素もあると、糸満社長は実感している。

「経営目線の話をすると、勝敗の影響で(集客が)増減するのは不安定なんです。勝敗に関係なく来てくれる層をどう増やすか。長岡駅で降りた瞬間から感動体験を与えようと知恵を絞っています」
例えば、アオーレ長岡には「ナカドマ」の愛称で知られるJR長岡駅直結の屋根付き広場がある。雨や雪をしのいで待機できるメリットがある一方、空間を生かしきれていないのも事実。グッズや飲食物の販売、長岡市の観光コンテンツと絡めた催し、パブリックビューイングの開催など、集客拡大の秘策はまだまだ練っている最中だ。
華々しいB1時代を知るブースターが求める「強さ」
とはいえ、スポーツである以上、「強さ」を求めるのがブースターの本音。小林さんは「B1中地区優勝した時がピークでした。その後、チームがぎくしゃくしているのがコート内でも見えるようになって成績が落ちると、ブースターが次々といなくなってしまったんです」と明かす。
小林さん自身もB2、B3降格時は熱が冷めかけた。「義務感」でアリーナを訪れ、応援するどころか試合を見ていられない状況に陥った。2021年に移籍した五十嵐選手が2024-25年シーズンから復帰したことでモチベーションは保てたが、B1時代を知るがゆえに、「あの時代を見てきた私としては、アルビBBに元いた位置へ戻ってもらって、その時代を知らない若いブースターにもトップクラスのバスケを間近で見てもらいたいし、私もまた見たいです」と吐露する。

「バスケ観戦には『推し活』と『強くなってもらうための応援』の両面がある。推し活も大切ですが、強ければお金もスポンサーもついてくる。チームが強くなるのが一番だと思っています」と小林さん。糸満社長もある程度の強化費をかけながらも27勝25敗に終わった昨シーズンを「やや誤算」と捉えている。「非日常」を楽しみつつ、輝かしい舞台に戻ってくるのを心待ちにしているブースターは少なくないはずだ。
「地元の誇りに、おらが町のチームにはなりきれていない」
糸満社長は「(新潟アルビレックスBBは)まだまだ地元の誇りに、おらが町のチームにはなりきれていないという感覚があります」と危機感を募らせる。「推し活」と「強くなってもらうための応援」の両面の期待に応えるべく、草の根の活動に奔走する。
社長に就任して間もない頃、長岡市の街中で、あるブースターに「よろしく頼みます」と涙ながらに訴えかけられた。背筋が伸びる思いがしたのを今でも鮮明に覚えている。「新潟アルビレックスBBはブースターさんに支えられています。ブースターさんの声を聞くと、折れかけた心も元に戻るんです。『一生懸命やらねば』という気持ちになります」。クラブの成長にブースターの存在は欠かせない。
「こんな田舎の町に『JAPAN』と書かれたユニホームを着るような選手が来て、汗が飛び、手が届く場所でプレーを見られるのはなんて幸せなことか」。B1時代、小林さんは毎週末、幸せを噛みしめていた。きっかけを与えてくれた五十嵐選手の存在が大きいとはいえ、今でも熱が冷めないのは、もう一度その幸せを味わわせてくれると期待しているからだ。新潟アルビレックスBBが長岡市の「誇り」と呼ぶにふさわしいクラブになる日を信じ、声援を送り続ける。
(取材・文 川浪康太郎/写真 新潟アルビレックスBB提供)

