なぜ、いま、FC町田ゼルビアなのか【前編】
―都道府県リーグ4部の市民クラブが、36年でアジア2位となった―
※本コラムは、FC町田ゼルビアHPでのブログ記事をもとに、コラムとして再構成・編集したものです
2026年4月25日、サウジアラビア・ジッダ。
約5万9千人の咆哮のど真ん中で、青いユニフォームの一群が、アジアに向けて熱気を放っていた。まさに「青き熱気」であった。
FC町田ゼルビア。AFCチャンピオンズリーグエリート(ACLE)決勝。アジアの舞台に初参戦で、決勝まで上り詰めたわが国では史上初のクラブとなった。
延長前半、1点を許して0-1。前回王者アルアハリ・サウジに敗れ、アジア初制覇には届かなかった。それでも、町田のゴールキーパー谷晃生は大会最優秀GKに選出された。“あと一歩”―その言葉が、これほど誇らしく響くシーンもめずらしい。

―実はこのクラブが、わずか3年前まで何をしていたか、ご存知だろうか?
J2で15位。Jリーグ60クラブの中で、ほとんど誰も注目していなかったチームの一つだった。たった数年前である。
時間軸を、巻き戻そう。
1989年。町田サッカー協会の小学生選抜チームのトップチームとして「FC町田トップ」が発足した。母体となる企業を持たない、純然たる市民クラブである。出発点は、東京都リーグ―日本サッカーの最も下のカテゴリー、都道府県リーグ4部である。
そこから最上位のプロリーグ1部・J1まで、自力で這い上がった。
4部から最高峰までの距離を市民クラブとして登り切り、アジアチャンピオンズリーグのファイナリストになったチーム―それは日本に、FC町田ゼルビア、ただ一つしかない。
「残留」ではなく「優勝」を狙った新参者である
このクラブの何が特別なのか。ひとつの言葉に凝縮するなら、Hungryである。

2024年2月、J1初挑戦のシーズンが開幕する直前。主将・昌子源の頭の中には、後にこう振り返ることになる、極めてまっとうな感覚があった。
「シーズンが始まる前は、正直、ここまで優勝争いができるとは思っていませんでした」
これが、J1昇格1年目のクラブの「普通」である。多くのチームの目標は、ただ一つ。「まず、残留」。降格を避け、来年もJ1に居続けること。多くの場合、ファンもそれを許容してくれる。
しかし、町田は違った。
黒田剛監督は開幕前、「あわよくば、5位以内、ACL圏内という高い目標を掲げていた」と公言している。初挑戦のシーズンから、アジアの舞台を狙っていたというのだ。
その言葉通り、開幕後にチームは破竹の4連勝で首位に躍り出て、最終節まで優勝争い。結果は3位、ACL出場権獲得―。
翌2025年の新体制発表会見では、さらに驚くことが起きる。スローガン『BE HUNGRY FOR VICTORY』の下、黒田監督が「リーグ戦では最低でも5位以上。ただ、そこは遥かに超えていきたい」「ACLでは決勝進出を狙いたい」「カップ戦も含め、何かタイトルを獲りたい」と、具体的な目標を次々に言い切った。
結果はどうだったか。
J1リーグ6位。天皇杯、クラブ史上初の優勝。ACLE決勝進出。
言ったことを、やった。有言実行である。
ちなみにこの監督、プロサッカーの指導経験がまったくのゼロで町田の監督に就任した人物である。それまでの28年間、青森山田高校サッカー部を率いていた「高校サッカーの名将」だ。就任発表時、SNSは「Jリーグを甘く見ている」と荒れに荒れた。その批判を、結果だけで、完全に黙らせた。

(後編に続く)※執筆:上野直彦

