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クラブ、サポーターにとってのクラウドファンディングの価値とは…【僕らだから繋げるパスがある ~ 大分トリニータ、クラウドファンディングでの挑戦(後編)】

7月20日、大分トリニータはクラウドファンディング第二弾として、「『次は 大分のために。 #ニータンの恩返し!』大作戦」の開始を発表した。

第1弾「『本当に無観客!?段ボールサポーター(愛称:トリボード)でゴール裏を埋めよう!』」での、選手やチームへの応援・支援とは変わって「大分への恩返し」というテーマで、勝利数に応じた地元への寄附やスポンサー商品の購入を行う企画となっている。

クラブが、本企画に込めた想いは何か。この挑戦は、クラブ・選手・サポーター・地域にとって、どんな意味をもっているのか。本特集では3回にわたって様々な視点から取り組みに光を当てる。

<各回テーマ>
(前編)プロジェクトに、クラブが込めた想い
(中編)地域、スポンサーが望む大分トリニータ
(後編)皆にとっての、プロジェクトの意味

前編中編では、クラブ、行政、スポンサーそれぞれの視点から、プロジェクトに対する想いや期待について話を伺った。後編では、大分トリニータに関わる皆にとって、クラウドファンディングがどのような意味をもっているのかを、それぞれの言葉から考える。

大分県民から愛されてきたトリニータ


 利に聡く、商売上手。自主独立志向が強く、まとまろうとするよりは、ともすればお互い競い合う――九州の中では、大分県民の特徴として、こんな文脈で語られることも多い。しかし、そんな大分県民から、利益から少し離れた世界で応援・支援されているプロスポーツクラブが存在する。大分トリニータだ。

競技の成績だけ見ると、決して強豪クラブとは言い切れない。カップ戦での優勝経験はあるが、近年ではJ3への降格も経験した。財政上の問題でクラブ破綻の危機に瀕したこともある。しかし、その度に、県民やスポンサー含む地元経済界、行政らと共に、苦境を乗り越えてきた。大分トリニータは、大分という地域と深く深くつながってきた。

新型コロナ感染症拡大が奪った「つながり」

 2020年4月7日、新型コロナ感染症拡大に伴う緊急事態宣言により、大分の街、そして大分トリニータを取り巻く環境は一変した。試合の実施はおろか、外出すらも自粛が求められる状況。コロナは、人と人、人とクラブとのつながりを破壊した。緊急事態宣言が解かれ、公式戦が再開された今もまだ、元には戻っていない。

 大分トリニータのスポンサー企業、リブサル株式会社の代表であり、自身もコアなサポーターの一人である渡邊 陽一郎(わたなべ よういちろう)氏は、気持ちを伝える機会や方法が減ってしまった、と語った。

「ホームでの試合には、これまでほぼ欠かさず行っていました。(無観客試合で)私たちの気持ちを伝えられなくなってしまい、フラストレーションがたまっています。再開後も応援に行っていますが、大声が出せないなど、やはり今までとは異なる部分を感じています。それでも、気持ちを伝えなくてはならないし、伝わっていると信じたいですが…」

(無観客で行なわれた試合会場。スクリーンには、気持ちを伝えたいサポーターから届いた声が映されていた)

 選手達も同様に感じている。ファンとの触れ合いを大切にしてきた、岩田 智輝(いわた ともき)選手は、トレーニング後の風景でも、ふと思い起こすことがあると言う。

「自分にとっては、トレーニング後などに直接、『頑張ってね』とか声を掛けていただくことが励みになっていました。毎日来てくださっていた方や、土日に必ず顔を見せてくれていた方が(本当なら来ているであろうタイミングで)いないのを見ると、ああ、今はこういう時期なんだなと(寂しく)感じることがあります。」

(サポーターとのエピソードを語る岩田選手。練習場によく顔を見せるサポーターは、すっかり覚えてしまっています、と語った)

 新型コロナ感染症の拡大は、クラブと地域、県民との関わりの機会を奪ってしまっていた。

トリボードの実施で感じた、新たなつながり


 そんな中、大分トリニータは一つのクラウドファンディングのプロジェクトを実施した。「【第1弾】大分トリニータ 『本当に無観客!?段ボールサポーター(愛称:トリボード)でゴール裏を埋めよう!』」プロジェクト。クラウドファンディングでの支援を元に、サポーターの分身である段ボールサポーターを、無観客試合でのスタンドに設置をする取り組みだ。12日間の募集にも関わらず、2,810体、840万円を超える支援が集まった。

 無観客試合実施に伴う減収部分に対する支援のお願い、という部分も大きいプロジェクトだった。しかし、それ以上に感じるものが大きかった、とクラブ関係者は口を揃えた。トリボードのプロジェクトをリードし、スタジアムでの設置にも携わった水島 伸吾(みずしま しんご)氏はその時を振り返ってこう語った。

「正直、プロジェクト自体がどこまで皆様に支援してもらえるか半信半疑でした。でも、蓋を開けてみれば、2,810体という凄いサポートが集まり、驚きました。

 当日は(大分トリニータ運営会社代表取締役の)榎社長らと一緒に、一体一体、クラブメンバーの10人程で並べていきました。だんだん席がボードで埋まって青に敷き詰められていく光景を目の当たりにして、その凄さやありがたさ、支援してくださった皆様の想いが本当に胸に染み込んでいく感覚がありました。自分だけでなく、関わったスタッフ全員が感じていたと思います。

試合も接戦で勝利。試合後の話でも、監督・選手が声を揃えて、トリボードの存在の大きさを語っていました。支援してくださった皆様の気持ちを感じていたのだと思います」

 実際にトリボードの元でプレーした岩田選手も、その力を感じ取っていた。

「応援してくれているんだ、というのが、(トリボードという)形になって見えている、というのは本当に大きかったです。勇気をもらいましたし、何より頑張らなくてはいけない、という気持ちにしてくれました。

 応援って、自分にとっては、ギリギリのところでもう一つギアを上げてくれる、必要不可欠な存在なんです。そこを(トリボードを通じて)感じられた、ということが、大きな違いを生んでくれた、と感じています」

(敷き詰められたトリボード。そこに込められた想いは選手・クラブの皆に確かに伝わっていた。)

 コロナで絶たれた直接的なつながり。クラウドファンディング・トリボードは支援ではなく、想いを伝えるものになっていた。


積み重ねてきたつながりと新しいつながり


 第一弾の成功を受け、大分トリニータはクラウドファンディング第二弾、「『次は 大分のために。 #ニータンの恩返し!』大作戦」を開始した。そこには、財政危機の時、J3降格の時、そして第一弾の支援。積み重なってきた地域やサポーターへ恩を返したい、というクラブの想いが込められていた。これまでに地域・サポーター・スポンサーと共に積み重ねてきた歴史は、断ち切られていなかった。

 クラブは、新しいつながり方を模索していく。水島氏は語る。

「今回、コロナによる活動のストップで、時間ができました。新しい事業、考え方…改めて新しく考える機会になったと思っています。自分たちに何ができるのか。どんな問題を解決できるか。もしこの機会がなければ、ここまで色んなことを掘り下げて考え、試しに具体化してみる、というのは、もっともっと先になっていたかもしれません。そういう意味では、決してマイナスなことだけではない、むしろプラスになりえると思っています。この機会を活かせるかは、自分たち次第。いかに具体化に向けて、前に進めるか、だと思っています」

 その一歩目が、今回の第二弾クラウドファンディングだった。

 発信力を活かし、前線に立って旗を振ること。支援を集めて、大分の街、人に循環をさせていくこと。

 お金の流れは、試合中のボールの流れにも似ている。何かが上手く行かなくなり、ボールがつながらなければ、苦しい時間が続く。しかし、ボールがつながりだせば、皆が楽になる。自分たちでコントロールして、皆で前に進んでいくことができる。

 大分トリニータは、ボールを呼び込むことができる。8年前に受け取ったボールもある。僕らだから、繋げるパスがある。クラウドファンディングは、一つのパスの方法だ。


サッカークラブとして、見て欲しい景色

 
 大分トリニータは新しい関わり方に挑戦していく。しかし、それと同時に、忘れてはいけない、見せたい景色があるという。それは『歓声に包まれた、満員のスタジアム』だ。

 水島氏が、インタビューの最後に、その想いを語ってくれた。

「サッカークラブとして、サポーター・観客の皆様に是非経験してほしくて、取り組んできたことがあります。3万人の満員に埋まったスタジアムの中、歓声に包まれる瞬間です。それは、サッカーの醍醐味なんです。

 やりたいと言い始めて10年掛かりましたが、(25周年記念Tシャツ配付を実施し)昨年の鹿島アントラーズ戦で、28,574人を動員し、サッカーの醍醐味である、臨場感・一体感の光景を実現することができました。1年に最低でも1回は、そういうスタジアム空間を作り上げ、その体験機会をスタジアムに来場いただいた皆様に感じてもらいたいと思っています。

コロナの状況も有、少し先になるかもしれません。でも、そこを目指して、一つひとつ前に進めて、やれることを積み重ねていくことが大事だと思っています。

満員のスタジアムで、皆さんと共に笑いあえる日を見据えて、取り組んでいきます。」

 リブサル社の渡邊氏も、言葉を重ねる。

「(今はまだ難しいですが)若い世代も含めて、大分県中からスタジアムに人が集まってくる姿を見たいと思っています。その為には、役割分担で、我々もできることがきっとあると思っています」

 コロナによって、直接的なつながり、これまでの日常は絶たれた。しかし、大分トリニータと地域が積み上げてきた歴史、日常のふれあいから重なった愛情、お互いへの想いは決して絶たれていない。

コロナ禍を乗り越え、新しい日常が生まれ、人々がスタジアムに集う。

クラブ、スポンサー、行政、そしてクラウドファンディングに想いを込めたサポーター…。

トリニータの名前に込められた三位一体。これを武器に、大分トリニータはその景色を共に築いていく。

(この景色をまた皆で見る為に。大分トリニータの挑戦は続く)

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