「王貞治ベースボールミュージアム」 王会長が描いた栄光の足跡と”野球を広めていきたい”想いを具現化した体験型施設の歴史
みずほPayPayドーム福岡に隣接する「BOSS E・ZO FUKUOKA」。その4階には「王貞治ベースボールミュージアム Supported by DREAM ORDER」がある。
2010年ドーム内にオープンし、移転を経ながら今年で15年目を迎えた。ここには福岡ソフトバンクホークス代表取締役会長である、王貞治氏が積み上げてきた功績、そして想いが形となった場になっている。
今回は館長である福岡ソフトバンクホークスの道広康則氏にお話を伺い、ミュージアムのこれまでの軌跡をエピソードと共に紹介していく。
(取材 / 文:白石怜平)
2010年7月にグループの記念事業として開業
ミュージアム設立のきっかけは15年前の09年、球団幹部にある相談がきた時のことだった。
「当時の笠井(和彦)球団社長が、外部施設の方から『王会長のトロフィーをお借りしたい』と相談を受けたのが最初でした。球場の中に飾っている場所もなかったので、孫正義オーナーに相談したところ、『これはしっかりとした施設を作らないといけない』ということで動き出しました」
翌年にソフトバンクグループ創立30周年を控えていたため、その記念事業としてミュージアムを設立することになった。
ここから球団側はスピーディーに準備を進めていき、東京に点在していた王会長の所蔵品約2,500点ほどを各所から見つけ出し、何度も福岡へと運びこんだ。
そして10年7月3日、「王貞治ベースボールミュージアム」がドームの外野エリアにオープンした。
移転後は、王会長の想い「野球を広めたい」を実現する場所に
ミュージアムが現在の場所に移転したのが20年。BOSS E・ZO FUKUOKAの開業に伴い、この4階へと構えた。
現在のミュージアムは、ドーム内で運営してた時と大きな違いがある。道広氏は王会長が抱くある思想に基づいたものとして、こう説明した。
「王会長の足跡を紹介するゾーンの構成比が決定的に違います。前者は8割が展示コーナーで残りは野球体験のアトラクションゾーンとなっていましたが、移転後は構成を逆転させました。
エリアのうち約7割が野球体験ゾーンにしています。王会長の足跡は3割ほどではないでしょうか。
会長がよく仰っている言葉で一番の想いというのは『野球を広めていきたいんだ』と。そのためには子どもたちにたくさんボールやバットを持ってもらって、野球を体験する機会を創出することだと考えたのです」
王会長の想いが込められたエリア。それが野球体験ゾーン「89パーク」である。ここでは、毎週末に野球振興を目的として活動を行っているNPO法人ホークスジュニアアカデミーのコーチによる野球指導も開催されている。
コーチ1コマ2時間で、一人3分間受けることができるマンツーマン指導。約30人のこどもたちが行列をつくる日もあるほどの人気コーナーとなっている。
今年の5月には髙橋純平コーチが自ら企画を持ち込み、10人ほどを集めて座学と実践を組み合わせてプログラムを展開するなど、コーチの思い入れも強いものになっている。
自ら「教えたい!」と手を挙げて企画を持ち込んだ髙橋純平コーチ(©SoftBank HAWKS)
ミュージアムがつくられる頃から携わってきた道広氏は、89パークの様子を見て感じたことを話してくれた。
「初めてボールを握る子もたくさん来てくれています。王会長がよく仰っているのが、『野球を知らないお子様には野球を知ってもらいたい。野球が好きなお子様には、野球をもっと好きになってもらいたい』。その想いに応えられるよう、今後もより充実させていきたいです」。
王会長の功績を表す展示品とテクノロジーの融合
続いては、王会長の足跡をたどる展示コーナー「王貞治ヒストリーゾーン」へ。
道広氏は「決して中身は小さくはなっておらず、深みを持たせています」と語るように、面積の縮小の代わりに濃密さを出している。
ここには約300点ほど飾られており、現役時代に愛用した野球用具や監督時代の用具・プライベート品などを公開している。
選手や監督での成績を年表に沿って掲載し、他にも記録やパーソナルデータのグラフを大きなパネルで掲示することで、さらに迫力を生み出している。
加えて大きな特徴は最新テクノロジーが盛り込まれていることである。王会長が積み上げてきた数々の記録をその場で表示できるようになっている。
それが「OH DATA TABLE」。これは選手のオブジェをテーブルに置くことで、データを一覧で表示できる。
これには、一つのディスプレイ上で同時に何人でも操作ができるマルチタクションという技術が用いられている。王会長や長嶋茂雄氏、多くの名勝負を生み出してきた江夏豊氏や星野仙一氏との対戦成績も一目でチェックできる。
さらには小久保裕紀監督を始めとした”王チルドレン”、さらには柳田悠岐選手といった現役選手もあり、歴史を超えた比較が可能となっている。
道広氏は、テクノロジーの導入についてこのように話した。
「マルチタクションは、お子さまでも使いやすいということで導入しました。移転までの約2年間、有識者などを交えて何十回も議論を重ねましたね。その時にお互いに案を出し合って今の形になりました。
あともう一つのテクノロジーとしては、『デジタルコレクション』という画面に映ったものをタップして見れるものを導入しています。現物が今ここにないものでも、デジタル上で楽しむことができます」
現代に再現された一本足打法の原点「荒川道場」
展示コーナーでは、王会長を語る上で外せないエピソードが再現されている場所がある。それが”荒川道場”。王会長の代名詞である”一本足打法”が誕生した伝説の道場である。
恩師である荒川博コーチとの二人三脚でつくりあげ、”世界の王”へと繋がったたこの場所を、特別映像と共に見ることができる。
この再現には、ある人物の尽力を欠かすことはできなかった。
「荒川道場の再現は、荒川博コーチのご親族にもご協力いただいています。荒川日誌の展示をしているのですが、こちらも荒川氏のご親族の皆様のお力添えを頂いております」。
この日誌では2人との間にどんなやりとりがあったのか。努力の軌跡の一端を知ることができる。
特別展示は内川聖一選手への取材がきっかけ
ミュージアムにある展示コーナーには、王会長の足跡をたどるもの以外のエリアも存在する。
それが、期間限定の特別展示である。主に現役選手や監督にフォーカスしたもので、関連する選手の戦利品や写真などを交えて紹介している。
特別展示が誕生したきっかけは、ドーム内にミュージアムがあった2017年にさかのぼる。当時は主力選手をピックアップした展示を行っていたが、あの選手と話をしたことで発想が広がった。
「内川聖一選手と春季キャンプでお話する機会をいただいたんです。そこで聞いたのは高校時代のことでした。
足を手術した影響で2年生の時に全くプレーできず、野球を辞めようと何度も考えていたそうです。それでもご両親や弟さんの支えがあって、野球を続けて今があるんだと。
私もそういったお話を表現できればいいのではないかということで、テーマとストーリー性を持った企画展にしようと考えました」
現在のチームメイトによる甲子園での対戦秘話
テーマはタイミングを逃さぬよう逆算をしながら、綿密に練って実現まで持って行っている。
「かかりきりで3ヶ月、2本ほど並行して進めています。私が選手に取材していて、当時の記憶を呼び起こして言葉を引き出してもらうので、写真を事前に集めて見ながら取材します。なので写真をどれだけ集められるかが勝負なんです」
ここで、今はチームメートの選手同士がかつて大舞台で対戦した時のエピソードを披露してくれた。
「高校野球をテーマにしたもので、明豊高校(大分)の今宮健太選手と沖縄尚学高校の東浜巨選手が甲子園で対戦した企画がありました。
マウンド上に東浜選手・二塁ランナーが今宮選手だった場面があったんです。
それで、東浜投手はこれまで投げていなかったスライダーを投げたそうなのです。次の回の攻撃で明豊高校の投手は今宮選手。そしたらいきなりスライダーを投げたそうなんです。
東浜投手もおかしいなと思ったそうで、今宮選手が二塁からスライダーの握りを見たのかをお2人に訊いたらその通りだと。そんなエピソードを盛り込みました。
投手のボールの握りを二塁から見ないですよね。さらに投げたことない球を次の回、しかも甲子園でいきなり投げられる度胸。それを展示コーナーでご紹介しました」
9月23日に4年ぶりのリーグ優勝を果たしたホークス。現在はパーソル パ・リーグ優勝特別展示が12月初旬頃まで開催されている。
今後も話題に合わせた企画を出していくとし、道広氏は日々構想を練っているという。
「BOSS E・ZO FUKUOKAでも期間限定で催しを行っていますし、王会長の展示を活かしながら真新しさをどんどん出していきたいです」
「野球色をもっと発信したい」
オープンから15年目を迎えている「王貞治ベースボールミュージアム」。
道広氏ら球団のたゆまぬ知恵と汗により、若いファンから王会長の現役時代を知る往年のファンまで老若男女問わず訪れている。
今後のミュージアムの展望について最後に語ってもらった。
「エンターテイメントビルなので、野球以外にもカルチャー系など多くあります。その中でドームに隣接している唯一の野球を題材とした施設になります。
なので、この施設を牽引しないといけない使命感があります。もっとE・ZOの中で野球色を発信していきたいと思います。野球好きの方にもっとE・ZOをアピールしていきたいです」
野球界の歴史と未来への道筋は、ここ福岡の地からしっかりと発信されている。
(おわり)