羽生結弦さんからの寄付に現役選手も「ありがたい」 フィギュアスケート七夕杯に見た、仙台が育んだ名スケーターたちの偉大さ
8月11日、仙台市泉区のアイスリンク仙台で「七夕杯フィギュアスケート競技会」が開催された。荒川静香さんがトリノ五輪で金メダルを獲得した2007年に、「荒川杯争奪」を冠してスタートした今大会。15回目の開催を迎えた今年も仙台を拠点とするスケーター約80人が参加し、美しき氷上の戦いを繰り広げた。
「偉大な先輩方をお手本に」逆境乗り越え得た自信
ジュニア女子では、瀬川穂乃選手(仙台FSC/仙台白百合学園高2年)が2位の常田香穏選手(東北高2年)に26.96点差をつけて優勝した。
冒頭のトリプルルッツ+ダブルトゥループ+ダブルループを完璧に降りると、その後もトリプルループ、トリプルサルコーと3回転ジャンプを立て続けに着氷。「ジャンプはフィギュアスケートの一番の得点源。特に前半に基礎点の高いジャンプが続いたので、重点的に練習してきました」。その言葉を裏付けるような、加点のつく華麗なジャンプを連発した。フリーの構成に入れるのは初めてだというトリプルループも見事成功させた。
トリプルルッツで転倒があったもののそれ以外はほぼノーミスの演技で、スピンもオールレベル4を獲得。新プログラム「エリザベス:ゴールデン・エイジ」の曲に乗せた「大人っぽく、流れのある」スケーティングも高く評価され、95.30点と高得点をたたき出した。
アイスリンク仙台は今夏、電気代高騰の影響で一般営業の中止や営業時間短縮を余儀なくされている。夜間や早朝の貸し切り営業は継続して行われているものの、その余波が選手に及んだ時期もあり、大会前、練習時間を制限されて通常の半分以下である1時間ほどしか氷に乗れない日もあったという。
瀬川は「練習時間が短い中で工夫しないといけないのは大変でした」と話す一方、「この状況下で自分にできることをやって、乗り越えられたのは自信になった」と手応えも口にした。練習時間が限られるからこそ、「『こうしなければいけない』という常識、練習方法にとらわれずに、自分に合った練習方法を探って実践することができた」。自らの努力で、逆境をプラスに変えてみせた。
目標とするスケーターの一人に、今季から仙台を離れ木下アカデミーに移籍した千葉百音選手の名前を挙げる。「ジャンプだけでなくスケーティング、スピンにおいても指先まで神経が行き届く、見ていて『綺麗だな』と思える演技をする。大きな大会で力を出し切って結果を残す勝負強さも流石」と絶賛する千葉とは、今年1月の国体に少年女子宮城代表としてそろって出場。ともに実力を発揮し、団体2位に輝いた。
「たくさんの偉大な先輩方がこのリンクを巣立っている。皆さんをお手本にして頑張りたい」。それは、仙台でスケートに打ち込む者にしか言えない言葉だ。
男子は羽生結弦の背中追うスケーターが続々台頭
ジュニア男子にただ一人エントリーした尾形広由選手(東北高2年)は「(一人は)寂しかった。複数人いた方が『負けたくない』という気持ちになってやる気が出る」と胸の内を明かしつつ、昨年の七夕杯を上回る87.75点をマークした。
冒頭のトリプルルッツ+トリプルトゥループや後半の最初に跳んだトリプルルッツは完璧な出来。練習でイメージしていた通りのスピードを生かした大きなジャンプを披露した。この日演じた「ラストサムライ」は昨季からの継続とあって、全体的な完成度も高まってきている。コレオシークエンスや細かい振付には昨季以上にこだわり、「曲に負けないくらいの『強い男』」を表現した。
一方、後半はミスが目立ち、時折苦しそうな表情を見せる場面も。尾形は「生まれたての子鹿みたいに足がブルブル震えながら滑っていた。もっと体力をつけないと」と悔しがった。営業時間短縮の影響で午前中や夕方以降に滑れない日があるなど、練習不足は否めず、不安を抱えながら臨んだ大会でもあった。リンクは9月以降、通常営業に戻る予定。練習できる喜びを噛みしめ、今季の目標としている全日本ジュニア選手権出場に向け突き進む。
3人がエントリーしたAクラス男子は、トリプルトゥループを決めるなど圧巻の演技を見せた河本英士選手(仙台FSC/聖ウルスラ学院英智小6年)が制した。昨年12月の「仙台市長杯」にサプライズ登場した羽生結弦さんのスケートを目の当たりにした際、「羽生君を目指さなければいけない」との思いが芽生えたと語っていた有望株は、着実に成長を続けている。
佐々木雄大選手(宮城FSC/仙台市立七北田中1年)は3位に終わり、「いつもは跳べるジャンプが跳べなくてスケーティングもブレブレだった」と唇を噛んだ。今春に入学した地元の中学校はアイスリンク仙台から遠く、スケートに集中するため5月中旬に泉区の七北田中に転校。所属クラブも中学校も羽生さんと同じで、「羽生君に少しでも追いついて、(将来的に)全日本選手権に出たい」と志を高く持っている。
理想とする選手像は「決める時は決めて、面白い時は面白い、見た人の記憶に残る選手」。この日は「ルパン3世」のテーマ曲に乗せて表現力を発揮し、かっこよさだけでなく、「ジャッジに笑ってもらう」ことを意識したコミカルな演技でも会場を沸かせた。大先輩の背中を追い、個性を磨く日々を歩んでいく。
聖地・仙台に根付くフィギュアスケートの歴史
アイスリンク仙台は7月、羽生さんからリンクへ5588万1272円の寄付があったと発表した。これで羽生さんからの寄付金の総額は8733万406円に到達。寄付金はこれまで送迎バスの導入や選手の強化・育成に活用されており、故郷への貢献度は計り知れない。また羽生さんは寄付のみならず、宮城県内でのアイスショー開催やアイスリンク仙台での練習公開など、プロ転向後も地元のための活動に精力的に取り組んでいる。
今回の寄付に対しては現役選手たちも感謝の思いを持っており、瀬川が「羽生さんは偉大な先輩で、そういう方が寄付してくださるのは本当にありがたい」と目を輝かせれば、尾形も「寄付はありがたい」とした上で「リンクが広くなったり、氷の質がもっと良くなったりしたら嬉しい」と期待を膨らませていた。
今や世界的なスケーターとなった羽生さんや荒川さん、京都への移住を決断した千葉選手。フィギュアスケート発祥の地・仙台から巣立ったスケーターたちの影響力は想像以上に大きい。彼ら、彼女らが仙台フィギュアスケート界にとって欠かせない存在である一方、その未来をつくるのは仙台を拠点に活躍する現役選手でもある。明るい未来をつくるため、手を取り合って逆境を乗り越える。
(取材・写真・文 川浪康太郎)