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羽生結弦さんがサプライズ登場したフィギュアスケート仙台市長杯 激励受けた後輩スケーターは歓喜のち熱演「同じ氷で滑っているんだよな?」

 12月18日、仙台市泉区のアイスリンク仙台で「仙台市長杯フィギュアスケート競技会」が開催された。競技の普及や次世代の選手育成を目的とした地方競技会で、今年で5度目の開催。フィギュアスケート発祥の地とされる仙台で鍛練を積む、小学生から60歳代までの約70人が出場した。

 開会式では、仙台が生んだ氷上のスター・羽生結弦さんがサプライズで登場。2014年ソチ五輪ショートプログラムで演じた「パリの散歩道」を披露し、自らの言葉で出場選手たちを激励した。会場は驚きと興奮に包まれ、後輩スケーターたちにとっては一足早い、最高のクリスマスプレゼントとなった。

 羽生さんは今年7月、競技者として一線を退きプロに転向することを表明。現在はプロスケーターとして日本各地でアイスショーを開催する一方、地元・仙台からの発信も精力的に行っている。8月にはアイスリンク仙台での練習を報道陣に公開し、自身の公式YouTubeチャンネルでライブ配信した。

 宮城県スケート連盟などによると、仙台市長杯の約2ヵ月前に同大会事務局が出演をオファー。本人が快諾し、今回のサプライズ登場が実現した。羽生さんが幼少期から練習を重ねてきたこのリンクでは、現在も多くのスケーターが育っている。羽生さんの背中を追い、仙台で己を磨く選手たちを取材した。(シニア、ジュニアはいずれもショートプログラム)

仙台の若き男子スケーターたちは成長真っ只中

 シニア男子に唯一エントリーした本田大翔選手(東北高)は、ソチ五輪での羽生さんの演技をテレビで観たのがきっかけでスケートを始めた。数年前にテレビ番組で共演を果たし、それ以降も憧れを抱き続けている。今年からは、羽生さんと同じ東北高に進学した。  

 実績も十分で、全日本ノービス選手権で2度表彰台に上るなど着実に力をつけてきている。しかし、今年は6月に股関節の疲労骨折が判明し、約2ヶ月半競技を離れることに。それでも復帰後の懸命な練習が実り、10月の東北・北海道選手権大会(ジュニア男子)で優勝、11月の全日本ジュニア選手権大会では自己最高21位に入った。

仙台を拠点に活躍を続けている本田

 仙台市長杯では、ヴィバルディ作曲「四季」の「冬」を披露。「切なさと、その中にある力強さ」を表現したスケーティングで魅了した。冒頭のトリプルループ、2本目のトリプルルッツ+ダブルトゥループを完璧に決めるなど、持ち前の高さのあるジャンプも評価され、52.67点をマーク。完成度の高さを見せつけた。  

 この日は入り時間の関係で羽生さんの姿を見ることはできなかった。ただ、少し前に羽生さんが立ったリンクで滑れたことについては「すごく誇らしいことだし、光栄なこと」と感無量。これからも東北の男子フィギュアを牽引するであろう高校1年生は、「羽生選手のように、綺麗なジャンプとスケーティングを見せられるようになりたい」と力を込めた。

今季からジュニア本格参戦している小山。現在中学1年生

 ジュニア男子に出場した小山蒼斗選手(仙台泉F.S.C.)も、羽生さんに憧れてスケートを始めた選手の一人。本田同様、出場予定時間が午後だったためサプライズ登場には立ち会えず、「まさか登場するとは思わなくて…。出ると知っていたら早めに行きたかった」と苦笑いを浮かべた。

 結果は尾形広由選手(東北高)に及ばず2位だったが、大会の約1ヵ月前に靴を替えてから一度も着氷できていなかったトリプルフリップ+ダブルトゥループを降りるなど奮闘。「羽生選手が滑ったリンクで僕も滑れて嬉しい」と声を弾ませた。

シニア女子、ジュニア女子はともに圧巻の優勝

 シニア女子では、藤﨑鈴選手(東北高)が他を圧倒し優勝した。黒い衣装を身にまとい、「マレフィセント」を熱演。「マレフィセントは悪役なので、『怖さ』を出すために睨みを利かせました」と振り返るように、映画の世界観を存分に表現した。  

 昨季シニアデビューし、現在高校3年生。年齢が上がるにつれ表現力に磨きがかかっており、大人っぽさや曲調の変化に合わせたメリハリのある滑りも観る者に強い印象を与えた。本来の強みである幅のあるジャンプも健在。冒頭のトリプルトゥループ+ダブルトゥループと後半のダブルアクセルを綺麗に降り、2本目のトリプルサルコーも乱れたものの着氷した。

43.55点を出し優勝した藤﨑

 来春からは県内の大学で競技を続ける予定。生まれ育った仙台で、スケートを極めるつもりだ。「ジャンプと表現力を並行して成長させて、大きな大会でも活躍できる選手になりたい」。マレフィセントを演じていた時とは打って変わった、明るい笑顔と口調で決意を語った。  

 ハイレベルな戦いが展開されたジュニア女子では、瀬川穂乃選手(仙台FSC)が2位と8.81点差をつけて優勝。安定して好成績を残している実力者で、今季は全日本ジュニアに出場し21位に入った。この日は今季挑戦し続けているトリプルルッツからのコンビネーションジャンプこそ失敗したが、トリプルループとダブルアクセルをほぼ完璧に着氷。得意のスピンではオールレベル4を獲得した。

力強く、美しいスケーティングを見せた瀬川

 ショートプログラムでシルク・ドゥ・ソレイユ 『キダム』をひょうきんに演じていた昨季から一変し、今季は「エメラルド・タイガー」を選曲し「力強い演技」を心がけている。今春から仙台白百合学園高の通信制に通っており、練習環境も大きく変化。中学生の頃は放課後の短い時間に食事や練習を詰め込み、「心身ともに落ち込んでいた」が、今年はスケートに専念できる時間が増え、心にゆとりができたという。  

 「以前はマイナスな面ばかり見てしまう癖があったけど、そうすると自分が楽しくない上に演技にも出てしまう。最近は(メンタル面を)改善したことで自分が楽しんで滑れているし、楽しんでいることが観ている人にも伝わっていると思う」。技術面はもちろん、自分らしく、楽しく滑る瀬川の姿にも注目だ。

仙台の地に脈々と受け継がれる、羽生結弦の思い

 藤﨑と瀬川は羽生さんのサプライズ登場を目撃。「全然知らなかったのでびっくりしました。初めて間近で見た4回転ジャンプは凄かった」(藤﨑)、「なんかもう…素敵だな、の一言です。『同じ氷で滑っているんだよな?』と不思議な感覚でした」(瀬川)と、興奮冷めやらぬ様子だった。羽生さんの存在は男女問わず、仙台のスケーターにとっての憧れ、誇りであり続けている。

ジュニア女子で優勝した瀬川(中央)。2位の上田愛佳選手(仙台泉F.S.C.、左)、3位の浦田実空選手(仙台 Pearl FSC、右)も好成績を残した

 地方競技会ながら、個性溢れる選手たちの好演技が続いた今大会。宮城県スケート連盟フィギュア部の船橋美結部長は、「羽生さんが来てくれたことで、選手たちのモチベーションは上がったと思う。これを機に、仙台でスケートを始める人も増えてくれたら嬉しい」と期待している。地元を愛する羽生さんの思いが、仙台の未来を創っていく。

(取材・文・写真 川浪康太郎)

読売新聞記者を経て2022年春からフリーに転身。東北のアマチュア野球を中心に取材している。福岡出身仙台在住。

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