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ジントシオが手がけた高校野球応援曲は、披露される日を待ち続ける

野球応援のスペシャリスト・ジントシオ氏が高校球界に新しい風を吹き込んでいる。

千葉ロッテ応援団長時代は多くの名曲を生み出し、独特の応援スタイルを根付かせる。その後の楽天では応援プロデューサーを務め、昨シーズン限りでNPBからは一度、離れる形となった。しかしスポーツ応援に対する愛と情熱を失うことなく、日々奔走している。

高校野球応援には数々の名曲があり、「魔曲」と呼ばれるものも存在する。

~奈良大附属高『青のプライド』は一躍、人気曲になった

高校野球応援とのつながりは2017年、夏の甲子園出場を果たした早稲田佐賀高に『チャンス早稲田佐賀』を提供したことから始まる。翌2018年には同じく奈良大附属高に『青のプライド』を作成した。同校が奈良県大会で『チャンス早稲田佐賀』を使っていた縁もあったという。

「同校関係者と共通の知人がいたため、当初は『チャンス早稲田佐賀』の楽譜を渡そうと思いました。ところが話がトントン拍子で進み、オリジナル曲の制作が決まりました。甲子園大会まで約1週間前という時期でした。翌日から動き出して関係各位の協力で1つずつ組み立て、納得いく仕上がりになりました」

「魔曲を作りたい、という野球部員のリクエストがありました。智弁和歌山高の『ジョックロック』のイメージを持ちながら、奈良大付属高らしい曲を考えました。また同校は1925年創立の伝統校でもあります。スクールカラーである青色を前面に押し出すことでプライドを表現したいと考えました」

「高校野球ファン、応援好きな方々から最高の神曲という賞賛がされ心底、嬉しかったです。また同じ青色をスクールカラーにする和歌山東高が22年春の選抜大会に出場した際に使用してくれました。同校は1回戦を勝ったことで(倉敷工業戦、8-2)大いに盛り上がり、『青のプライド』も話題になりました」

ジン氏は学校まで足を運び生徒との対話を大事にする。

~『めっ声東邦』は言葉にこだわった名曲(ジントシオ氏)

応援曲は陽の目を見れば幸せだが、そうでない場合もある。

2019年制作の愛知・東邦高『めっ声東邦』は、一度も実際の会場で演奏がされていない楽曲。マーチングバンド部の日程やコロナ禍など、いくつもの要素が絡み、演奏機会に恵まれないまま3年間という時間だけが経過している。

「本来は全国制覇をした同年春のセンバツ大会から生演奏する予定でした。しかしマーチングバンド部の海外演奏と甲子園の日程が重なり披露できませんでした。迎えた夏の愛知県大会、応援参加が決定していた試合の前にチームが敗退。翌年からはコロナ禍が世界中を直撃、高校野球も無観客開催となりました」

「制作過程はスムーズに進みました。生徒側からどんどん意見が出され、学校への思いや誇りの強さを感じました。学校へ伺った際、マーチングバンド部員から出てきたのが『めっ声(めっこえ)』です。めっちゃ声を出すことを縮めた言葉で、同校生徒には代々受け継がれている合言葉のようなものです。キャッチーな言葉が胸に刺さりタイトルがすぐに決定しました。素晴らしい楽曲ができただけに、演奏できなくて悔しい思いをしていました」

東邦高『めっ声東邦』は制作から3年経っても実際の演奏がされていない。

~『戦闘開始』と共に東邦の武器にする(同校マーチングバンド部・白谷峰人監督)

実際の現場では披露できない状況が続いたが、今夏は演奏機会がやってくるはずだった。ジン氏だけでなく学校関係者の喜びも大きかった。しかし愛知県大会直前、またしてもコロナ禍が再燃して応援人数が制限された。同校マーチングバンド部の白谷峰人監督は対応に追われつつ演奏できる日を待ち続けている。

「マーチングバンド部員は20名制限となりました。演奏できる可能性を前日まで探りました。しかしパート担当者が不足するため曲にならないので断念しました。クオリティを落としてまで演奏するものではありません。応援、マーチングバンド演奏、コンクールなどは全て同じですが、演奏というのは聴き手に届かないと意味がない。応援の場合は選手に音、気持ちが伝わらないような中途半端なものではダメです」

「本当に盛り上がる曲だと思います。当初はストレートな応援曲ができるのを予想していましたが、A、Bメロ、サビと移り変わっていく曲調に意外性すら感じたほどです。試合展開によって様々な使い方ができます。また生徒たちも野球応援での演奏を楽しみにしていたのもあります。特に今年3月の卒業生は、コロナ禍の最中で1度も野球応援ができなかった。部として演奏披露する場所が1つ減ったわけです」

「技術的な部分ではコールや拍数の確認は定期的にやっています。コロナ禍等の状況が許せばすぐに演奏できる状況は整えています。甲子園出場すれば、春のレギュレーションでいうとマーチングバンド部員は50名制限なのでパート担当も整って演奏できます。先行きはどうなるかわかりませんが、常に準備万端にしておきます」

「名門校と言われるところはオリジナル曲をいくつも持っています。東邦には『戦闘開始』という応援曲も存在しますが、それと同じような武器にしていきたいです。『めっ声東邦』を磨き上げて、他校がコピー演奏してくれるまでの曲になってくれれば嬉しい。それだけの素晴しい曲になれると信じています」

今夏地区大会直前にコロナ禍が再燃、愛知大会では応援人数が制限された。

~転調が入ったハーモニーが素晴らしい、ジンさんらしい曲(同校吹奏楽部顧問・熊谷和彦氏)

同じように、岩手・専大北上高も制作された応援曲を現場で披露する機会なく今夏を終えた。同校マーチングバンド部は、7月末から東京で開催される高等学校総合文化祭(=高総祭)で県代表として出場が決定していた。練習時間確保などの日程調整がうまくいかなかった。同校吹奏楽部顧問・熊谷和彦氏が苦渋の決断について胸の内を語ってくれた。

「マーチングバンド部の全国規模の発表会として高総祭があります。岩手大会初戦が体育館での全体練習と重なりました。マーチングバンドは演奏しながら動くので、広い会場で本番同様の練習が必須になります。しかし他部活との絡みもあって場所の確保が難しい。初戦は全校応援ではなかったため、本業(高総祭の準備)に専念する決断を下しました」

「子供の頃から野球好きだった私は、常にジンさんの応援をチェックしていました。メロディラインが素晴らしくて、いつも感動していました。昨年70周年を迎えた、母校を盛り上げようという気持ちでした。雲の上の存在の人だと思っていましたが、思い切って制作依頼をしたところ素晴らしい曲を作ってくれました」

「応援の一体感を生んでくれ、選手も乗っていけるキャッチーなフレーズです。専大北上高らしさが出ていて予想を遥かに上回っていました。偉そうな言い方になりますが、転調が入っていてハーモニーが素晴らしいです。今夏は演奏できなくて残念でしたが、長く受け継いでいける名曲だと思います」

何も心配せず思い切り応援できる日が早く訪れて欲しい。

~野球だけでなく、様々な競技で応援曲を披露して欲しい(ジントシオ氏)

「専大北上高が今夏に披露できなかったのは残念でした。でも野球だけで完結することなく、他競技でも使えるように曲を作りました。秋のサッカー、高校選手権予選で披露したいということでした。『めっ声東邦』など、他の学校に作った曲も同じですが、野球だけでなく色々な部活で使って欲しいです。吹奏楽部がいなくてもアカペラで歌うこともできると思います」

「高校生活はいろいろなことがあります。また3年周期で生徒は必ず入れ替わっていきます。そういった意味でも学校の応援曲は時間と共にどんどん熟成していくものです。何年経っても歌い継がれていく曲になって欲しいと思います。また今後もそういった曲の制作に携わっていければ嬉しいです」

高校生活や部活動の思い出は、仲間と過ごした日々や残した結果だけではない。無意識のうちに様々な記憶も刻まれている。競技中のプレー、選手たちの声、応援などの音も鮮明に残る。胸に刺さる応援曲も同様で、時間が経過してもその曲を聴くだけで当時の風景が鮮明にフラッシュバックする。

ジントシオ氏が作り出す楽曲は学校を応援するだけのものではない。生徒、関係者など、携わる人たちの人生に彩りを加える手伝いをしている。今後、どのような楽曲を作り出してくれるかに注目したい。そして東邦高、専大北上高の応援曲が演奏される日が1日も早く訪れてほしいものだ。

(取材/文・山岡則夫、取材/写真協力・東邦高、専大北上高)

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