Bリーグ・さいたまブロンコスが描く地域共生の理想像「埼玉の未来を、バスケで変える」
埼玉県さいたま市と所沢市をホームタウンとするプロバスケットボールチーム、さいたまブロンコス。1996年の創設から約30年、日本初のプロリーグ「bjリーグ」の発足メンバーとしての長い歴史を持ちながらも、その名が全国に広く知られているとは言い難い存在だ。
しかし今、このチームが大きく動き始めている。
2025-26シーズンのB3リーグにおいて、さいたまブロンコスは38勝12敗・勝率0.760という好成績で地区3位につけ(4月12日時点)、4月24日から始まるプレーオフへの進出が決まっている。昨シーズンの22勝30敗・17チーム中12位という低迷からは、まさに別チームのような変貌ぶりだ。
来シーズンからは、Bリーグが実施する大規模な組織改革「B.革新」のもと、さいたまブロンコスはB.LEAGUE ONE(以下、B.ONE)への参入が決定している。
現在のB3から事実上の上部リーグへ。チームは今、新たな時代の入り口に立っている。この劇的な変化の背景には何があるのか。クラブの代表取締役を務める小竹克幸氏に話を聞いた。

“人間力”の高い集団へ
「チームなので、“人”に尽きると思っています」
今シーズンの躍進の要因を問うと、小竹氏はそう言い切った。昨シーズンは資金面での制約もあり補強が思うように進まなかった。だが、今シーズンは開幕前の編成から年末の補強まで、すべてが噛み合った。そのなかでも、シーズン途中に加入した片岡大晴選手の存在が大きいという。
「誰よりも早く練習に来て、最後まで残る。試合前も試合後も、ボランティアやスタッフに丁寧に挨拶をしてくれます。試合中も誰よりも声を張り上げて、チームを鼓舞してくれる」(小竹氏)
その姿勢が若い選手たちに伝播し、チーム全体の空気を変えた。後から加入したケネディ・ミークス選手も同様に、精神的な大黒柱として機能している。
「人間力の高い集団ができあがったことが、今の成績に繋がっています」(小竹氏)
コート内外で高い人間力を発揮できる集団。それが今シーズンのさいたまブロンコスの正体なのだ。

“下剋上”を決意させた出会い
もう一つ、今シーズンの躍進を語るうえで欠かせないのが、2025年6月に実現した新オーナー就任だ。「バイトル」など人材サービスを展開するプライム上場企業、ディップ株式会社がさいたまブロンコスを運営する株式会社ブロンコス20を子会社化し、新たなオーナーとなった。
この変化がさいたまブロンコスにもたらしたのは、「安心感」だった。
「誰もが知るプライム上場企業がバックにつき、オーナーが選手ファーストで物事を考えてくれています。バス移動が新幹線に変わり、食事のサポートも倍増した。トレーニング施設も整えてもらえる。選手たちにとって、環境面でのストレスがなくなったことは大きい」(小竹氏)
その影響はフロントにも及ぶ。ディップの社員・営業スタッフがパートナー募集やチケット販売に加わり、「会場を真っ赤に染めよう」と一緒にクラブを作っていく風土が生まれた。
「大きな後ろ盾がありながら、一緒にクラブ経営をしている感覚。それが安心感に繋がっています」(小竹氏)
ディップの冨田英揮代表取締役社長兼CEOが記者会見で打ち出した「下剋上」という言葉と、「2030年にB.LEAGUE PREMIER(以下、B.プレミア)を目指す」というビジョンも、チームにスイッチを入れさせた。
「私たちの力だけではB3で戦うのが必死でした。でもプレミアを目指すとなった瞬間、クラブ全体が呼応しました。上位チームを倒してやろう、下剋上だと」(小竹氏)
両者を強く結びつけたのは、互いの理念だった。ディップが企業理念として掲げるのは「夢や目標に向け情熱を捧げる人々を応援する」という言葉。地域の子どもたちにバスケットボールを通じて生きる力を届けようとしてきたブロンコスの活動が、その理念と深く共鳴した。また、ディップはWBCのメインスポンサーを務め、大谷翔平選手をブランドアンバサダーに起用するなど、スポーツマーケティングを得意とする企業でもある。テレビ埼玉での放映や埼玉新聞への掲載など、クラブが単独ではなし得なかった「空中戦」の展開が始まったという。
「ディップが空中戦を得意とするなら、私たちクラブは変わらず地上戦で埼玉を盛り上げていく。私たちができなかったことをオーナーが得意としている。これがブロンコスの可能性の大きさだと感じています」(小竹氏)

900人が集うバスケ教室。子どもが立ち上がるきっかけに。
小竹氏のキャリアの原点は、教育にある。工業大学出身で技術科の教員を目指し、高校時代の塾講師アルバイトで子どもたちに「ありがとう」と言われた経験が、教育への思いを形作った。その魂は今も、クラブ運営の中心に息づいている。2021年に30人からスタートした地域の子どもたちを対象としたバスケットボールスクールは、5年で約900人規模に成長した。約30倍という急拡大の背景にあるのは、ただの「バスケ教室」とは一線を画すその哲学だ。
「技術を教えるのではなく、まずは楽しむことを目的にしています。できたことを褒めて自信を持たせ、自発性や自主性に繋げていく。ティーチングではなく、コーチングを重視しています」(小竹氏)
スクールの特徴はカリキュラムの随所に現れる。幼稚園生から参加できる合宿では、親元を離れて子ども自身が自分のことをこなす。自立心を磨くために、あえて幼稚園生のうちから合宿に連れていくという。練習メニューでは、コーチが「こうしろ」と命令するのではなく、子どもたちだけで「作戦会議」をする時間を設ける。また、補欠制度のないバスケット大会も実施しており、全員が同じプレータイムを分かち合う体験を提供しているという。

このスクール活動の中で、小竹氏ら運営スタッフが忘れられないエピソードがある。
以前、別のミニバスケ教室に通っていた一人の男の子。そこで、指導者から暴言・暴力を受け続けたことが原因で、バーンアウトしバスケットを辞めかけていたが、ブロンコスのスクールに入ったことで楽しさを取り戻した。その後、その子はミニバスでトップクラスの選手になり、後にブロンコスのU-15のトライアウトを自ら受けに来た。結果は合格。その男の子のスキルであれば、もっとレベルの高いチームも目指せたのだが、ブロンコスのトライアウトを受けに来たのには理由があった。
「ブロンコスに『恩があるからここでやりたい』と話をしてくれた。驚いたし、本当に嬉しかった」(小竹氏)
活動の成果は数字にも表れている。アカデミー事業の売上はBリーグ全55クラブ中7位、利益に至っては5位。しかもB3・B2の中では断然トップであり、総売上に占めるアカデミー収入の割合は30〜40%に達するという。通常のプロチームでは10%にも満たないスクール収入が、ブロンコスの主要な収益の柱となっているのだ。
小竹氏はスクール事業を単なるビジネスとして見ていない。
「スクールで収益を立てているという見られ方もあるかもしれない。でも私たちは社会課題に向き合っています。子どもの遊び場がなくなっていること、心のコミュニケーション不足が深刻化していること。そこに向き合ってスクールをやっているので、未来で活躍できる人材を育てるという価値を付与しています」(小竹氏)
さらに、地域の幼稚園や保育園、小中学校に選手やスタッフが直接出向きバスケの魅力を伝える「ワイルドパワープロジェクト」も展開。スポーツの楽しさや仲間の大切さを届ける活動は、地域との接点を着実に増やしている。また、試合当日の会場も教育の場として活用している。試合前には地元の小中学生による「前座試合」を、ハーフタイムには地元ダンスチームの発表を、試合後には出場機会の少ない高校生Bチームの「後座試合」を実施する。「コロナ禍で発表の場を失った子どもたちに、自己表現の場を提供することを大切にしている」というこの取り組みはブロンコスが先駆けとなり、現在B3リーグ全体に広まりつつあるという。
こうした地域共生を目指す活動は共感の輪を広げ、「ブロンコスの地域訪問活動を応援したい」という企業が協賛することも珍しくなくなった。さいたま市に本社をおく新明電材や進学指導塾の国大セミナーもその一つで、無償で行っている事業を手厚くサポートしてくれているという。

ブロンコスが“みんなのもの”になる日まで
来シーズンからのB.ONE参入を前に、小竹氏に10年後・20年後の姿を問うと、言葉の出だしは意外にも柔らかかった。「まとまらないかもしれないですけど……」と前置きしながら、しかし語られた内容は確かなビジョンを持っていた。
「プロのバスケットボールクラブは全国に55しかない。ものすごい価値があるものだと思っています。でも私は、さいたまブロンコスは誰のものでもないと思っている。株式会社である以上ブロンコス20という運営会社名はあるものの、この地で生まれ、地域で育くまれ、30年の歴史の中で多くの人が関わってきた。みんなのものであるべき存在です」(小竹氏)
目指すのは、プロ野球でいうタイガースやカープのような存在感だ。
「これがなかったら生きていけないとまでは言えないけれど、その人の日常になっている。試合がないと何かおかしい、そんな存在になりたい」(小竹氏)
ビジョンの中心に置くのがアリーナだ。「アリーナが地域のプラットフォームになる。試合日を楽しみにする人々が集い、地域が活性化される。ブロンコスがそのハブになる」という未来像が、ディップとの協働を通じて輪郭を帯びてきた。そして、子どもたちへの教育は、この未来像と直接つながっている。
「スクールで育った子どもたちが社会に出て活躍する。礼儀やマナーを身につけ、自発性やリーダーシップを磨いた人材が埼玉を動かしていく。そういう社会の循環を、私たちが担っていきたい」(小竹氏)
次なる目標として、中学校の部活動の地域移行への参入も視野に入れている。教員の働き方改革が進む中、クラブが部活動を担うことで、先生が本来の教育に専念できる環境を整える。教育の出発点からプロチームが関わるという、他に例を見ない地域共生の形だ。
「来シーズンからB.ONEに参入しますが、それはゴールではありません。2030年のB.プレミア参入を見据え、地域の応援を力に変えながら、一歩ずつ上を目指していく。埼玉の10年後・20年後の明るい未来のために、さいたまブロンコスは走り続けます」(小竹氏)
暴れ馬を意味する“ブロンコス“の名の通り、新たなステージでの躍動を誓った。
(取材協力/写真・さいたまブロンコス)

