一戦一戦強くなっていった昨夏の地方大会。技術でも精神力でも、成長を促す千葉県立木更津高校

広尾晃のBaseball Diversity タイトル写真は木更津高校提供
千葉県立木更津高校は、千葉県では3番目に古い県立高校だ。2016年にはスーパーサイエンスハイスクールに指定され、難関大学へも多くの生徒が進学する名門校だ。
野球では甲子園の出場経験はないが、強豪私学がひしめく千葉県にあって、強豪校に混じって好勝負を演じることも多い。
2018年の夏の千葉県選手権大会では、4回戦で東京学館高を破り準々決勝に進出。直近の2024年も4回戦で暁星国際を破り、5回戦に進出している。
プロ野球に選手を輩出したことはないが、千葉県の公立高校の中では「有力校」と言えるだろう。

「文武不岐」を掲げて
天野徳夫監督は語る。
「栃木県の進学校で、21世紀枠で甲子園に出たこともある県立石橋高校の福田博之監督は『文武不岐』と言われました。実は、うちも同じ言葉を使っています。『文武両道』とは、勉強と野球が別物だと言う考えですが、『文武不岐』は、とにかく野球も勉強も頑張ろうと。野球で手を抜く人は、勉強も手を抜くことにつながるし、両方とも一生懸命やろう、と言っています。
それから、自分勝手なプレーはしないようにしようと。周りに迷惑をかけるのは、社会に出てからも同じなので、周りと協力する姿勢は、社会に出てからも役に立つよ、と言っています」
どんなタイプのチームですか?
「守りのリズムから試合を作っていくタイプのチームですね。
今年に関しては、核になる選手がいない感じですね。みんなおとなしくて、いい意味で前に出てくる選手が少なくて、人が動くのを見ていて、それから動くような選手が多い状況なので、勝負がかかったときは自分から出てくる選手が出てきてほしいと思っています」
練習のペースはどのくらいですか?
「週に1回休みがありますが、土日も含めてそれ以外の日は原則として練習をしています。練習のプログラムは、主にキャプテンと話し合って決めています。今週はどんな練習をしようなどと短期的な目標を考えたり、一緒に相談してやっています。キャプテンが選手の意見をみんな集約してくれていますね」
木更津高校から大学に進んだ選手は、どんな進路を歩みますか?
「硬式野球部で野球を続ける選手は、1学年に1人いるかいないかというところです。今は筑波大学や順天堂大でプレーをしている選手がいます。あとは準硬式野球や軟式で続ける選手が多いです」

動作解析の専門家の指導を受ける
グラウンドの横では、足にゴムのバンドをかけて、踏ん張る動きを何度も繰り返している選手がいる。傍らには年配の男性がいて「もっと足を開いて」「力を入れて踏ん張れ」と声をかけている。
年配の男性は、片山宗臣氏。25年ほど前、データ野球の先駆者的な会社として、野球界に大きな影響を与えた「アソボウズ」の創業者だ。
もともとゴルフスイングのフォームをチェックするために開発した「動作解析システム」を、野球に転用した。投手が好調時と不調時のフォームを画面上で詳細にチェックできるなど、これまで経験則でしか語ることができなかった投球フォームを詳細に把握できるシステムだ。
さらに、野球のスコアブックをパソコンで入力し、多角的な分析用データを瞬時にディスプレーに表示する「スコアメーカー」も開発。これがメディアで活用され「一球速報」として現在に至っている。
各球団がこぞってシステムを取り入れ、一時期はMLBでも導入が検討された。まさに一世を風靡した技術者だったのだ。
現在は経営の一線を退いているが、指導者としては今も現役で、要請があれば全国の大学、高校などに指導に赴いている。
天野監督は
「片山さんに来ていただいたのは、昨年の9月からです。うちの成毛鴻史部長が、高校時代から指導を受けていたのですが『選手のフィジカルの強化のために動作解析の指導を受けてみれば』ということで、来ていただくことにしました。
主に投手について見ていただいていますが、今指導を受けている選手は、球速が15㎞/hほどアップしました。もっとも100㎞/hが115㎞/hになった程度ですから、まだこれからですが。片山さんのおっしゃることをまだ完全に体現することはできていませんが、トレーニングの仕方も含めて、いろいろな意味で『きっかけ』になっていますね」

成毛部長は
「片山さんには高校時代に指導を受けました。私は野手でしたので、主にバッティングを見ていただきましたが、バットは上から叩きなさいとか、下半身は股を割ってどっしり構えて懐を作り、ボールを呼び込んで打ちなさいとか、基本的なことを教わりました。
最初はなかなかできなかったんですけど、そのうち試合でも打てるようになってきた。球を上から叩くと低くて強い打球が打てて、長打が出るようになってきたんです。
その実感があったので、監督に提案しました。
昨年の新チームから来ていただいたのですが、投手は球速が上がっただけでなく、下半身の使い方が良くなって制球力も上がりました。
また、打者も上から打って、速い球でも振り負けない強い打球が打てるようになりました」

大熱戦を演じた昨夏の地方大会
前述のように昨年の夏の地方大会では、木更津は5回戦(ベスト16)まで進出した。
1回戦 〇木更津2-0市川東●
2回戦 〇木更津6-2四街道●
3回戦 〇木更津6-3我孫子●
4回戦 〇木更津6-1暁星国際●
5回戦 ●木更津7-8東京学館船橋〇
コールド勝ちは1試合もなく、5試合とも9回まで戦う熱戦だった。敗退した5回戦も5-0と先行されたが、最終回に3点を取って1点差に追い上げる粘りを見せた。
「うちは昨年夏、千葉県大会で5試合戦いましたが、公立高校が決勝まで進む8試合を戦うと言うのは、陣容を考えてもすごく苦しいことです。もちろん甲子園はめざしたいですが。
昨年は16強まで行きましたが、たまたまそこまでに公立高校が全部消えていたので、公立高校では一番だったと言われました。でも、そこまでの力はなかったですね。
接戦が多かったのですが、集中力が途切れなかったし、ずいぶんと我慢できるようになりました。特に初戦が一番苦しかったのですが、この試合を経験したことで、試合ごとに強くなった、成長したと思えましたね」
今夏の千葉県選手権大会では、どんな目標を持っていますか?
「選手のレベルとしては、技術的には昨年と大きな差はないと思います。むしろ今年の方がいいと思える部分もあるのですが、人間は最後の『勝負』というところになると、別種の力がモノを言います。その点では、昨年の選手の方が上でしたね。これから、そういう部分も強化していきたいと思います」
木更津高校は、専門家の指導で、技術面での進化も目指すとともに、一戦一戦、試合をモノにするためにレジリエンス(粘り強さ)を高めているのだ。
強豪私学がひしめく千葉県にあって、野球を通じて心身の成長を促す。木更津高校の活躍に期待したい。
