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センバツ出場・東北高校のグラウンドに”金子・平沢の壁”  「淡々と、楽しむ」野球の体現

 3月18日開幕の第95回記念選抜高等学校野球大会に出場する東北高校。硬式野球部が練習する仙台市泉区のグラウンドには、選手の努力を証明する壁がある。グラウンド内に設置されている壁の一部が、緑色の塗料が剥がれるほどボロボロになっているのだ。

他の箇所と比べて劣化が進んでいるグラウンド内の壁

 「金子・平沢の壁です」

 佐藤洋監督が、そう教えてくれた。「金子・平沢」とは、二塁手・金子和志内野手(2年)、遊撃手・平沢快留内野手(2年)の二遊間コンビのこと。二人は昨夏から毎朝、この場所で壁当てを行っており、ボールのぶつかる箇所が他と比べて劣化したという。  

 佐藤監督がゼロからチームをつくる際、最初に決定するのが二遊間だ。二遊間は守備の要で、両者の呼吸が完全に合うようになるまでには膨大な時間を要する。佐藤監督は昨年8月の就任当初、金子・平沢に「二人が中心になって引っ張ってくれ」と真っ先に伝えていた。

「努力している感覚はない」毎朝グラウンドに向かう理由

 佐藤監督の言葉を受け、金子はすぐに壁当ての練習を始めた。午前6時半頃に起床した後、寮と同じ敷地内にあるグラウンドに直行。約30分間、壁に向かってボールを投げ、跳ね返ったボールを捕球する一連の動作を何度も繰り返す。最初は金子一人で練習していたが、気づけば毎朝、隣に平沢がいた。  

 雪でグラウンドが使えない時期は、室内練習場でノックなどを行い補完してきた。「毎日やることに意味がある。眠い日も、寒い日もあったけど、洋さんに言われた『淡々と』という言葉を大事にして、毎日グラウンドに向かっている」と金子は話す。

キャッチボールをする金子

 金子は長打力を秘める両打ちのリードオフマン。昨秋は「1番・二塁」で打線を牽引した。東北大会準決勝の聖光学院戦では、同点の8回に右打席で2点本塁打を放ち、これが決勝点となった。

 一死一塁の場面で迎えたこの打席、直前の守備中に右膝を痛めていたこともあり、佐藤監督からは送りバントを提案された。しかし、金子は「打ちたいです」と直訴。結果的に値千金の一打となったが、佐藤監督が金子の思いを受け入れることができたのは、毎朝努力する姿を目にしていたからこそだという。  

 ただ、金子本人は「練習している、努力している感覚はない。ただ好きだからやっている」と笑みを浮かべる。金子にとって毎朝の壁当ては、好きなことを、淡々と楽しむだけの時間だ。選抜に向けても「夢の舞台を最高の仲間と楽しめたらいいなと思う」と目を輝かせた。

キーワードは「楽しむ」 息ぴったりの二遊間に注目

 平沢も二遊間の重要性を理解した上で、守備練習に重きを置いてきた。金子に続いて壁当て練習を始めたのは、自然の流れだった。

 「一歩目が一番大事。一歩目が遅れると守備範囲が狭くなってしまう。バットがボールに当たる瞬間の一歩目と、体をリラックスさせて優しくボールを捕ることを大事にしている」。そんな意識を持ちながら、毎朝丁寧に動作を確認してきた。  

 遊撃手にとって、二塁手との密なコミュニケーションももちろん重要。金子とはグラウンドだけでなく、普段の寮生活でも、休みの日でも行動をともにしている。「和志とは仲が良いし、すごく信頼している」と話すように、昨秋以上に息が合うようになってきた。

昨秋の県大会決勝で打席に立つ平沢

 打撃面では昨秋は調子が上がりきらず、下位打線を打つことも多かったが、本人は金子の後を打つ2番にこだわる。目指すのは強打の2番打者。昨秋の県大会準決勝の利府戦で満塁本塁打を放ったように、パンチ力には自信がある。この冬は下半身の強化に努めたことでスイングが速くなり、より大きな打球を飛ばせるようになった。  

 そして金子同様、選抜では「野球を楽しむ姿を全国の人に見せたい」と意気込む。攻撃も守備も、活気あふれる「金子・平沢」コンビが引っ張ってくれるはずだ。

指揮官に「絶対に必要」と言わしめる万能内野手の存在

 二遊間のバックアップも充実している。小野洋一郎内野手(2年)は、主将・佐藤響内野手(2年)との三塁のレギュラー争いに全力を注ぐ一方、二塁、遊撃の守備練習にも励んでいる。  

 1年秋は「4」、2年春は「6」、2年夏は「5」。背番号の変遷に伴い、高校入学後の主な守備位置は二塁、遊撃、三塁と変わっていった。昨秋は「15」で一桁背番号を勝ち取ることはできなかったものの、東北大会は全4試合にスタメン出場。3割を超える打率を残したほか、状況に応じて三塁、遊撃を守り攻守にわたって勝利に貢献した。

三塁の守備練習に取り組む小野

 佐藤監督は、小野を「チームに絶対に必要な選手」と形容する。プロ野球・巨人でプレーした佐藤監督自身も、現役時代は投手以外のすべてのポジションを守れるユーティリティプレーヤーだった。そんな指揮官から重宝されていることは自信につながっており、「(複数ポジションを練習することを)負担には感じない。むしろうれしい」とはにかむ。

 昨夏の経験も今に生きている。県大会期間中、チーム内で新型コロナウイルスの陽性者や濃厚接触者が続出し、ベンチメンバー12人を入れ替え臨んだ準々決勝でコールド負けを喫した。レギュラーとして最後まで戦いきった小野はこの時、「選手層を厚くすることの大切さを感じた」と自身の存在価値を再認識していた。

 「この春は守備はもちろん、打撃や走塁でもチームを引っ張りたい」。聖地のグラウンドを駆け回る小野のプレーに注目だ。

鉄壁の二遊間に挑む1年生が胸に秘める思い

 1年生の鳥塚晴翔内野手も二遊間を守ることができ、金子・平沢を脅かす存在となっている。昨秋は要所要所でスタメン起用され、県大会準々決勝の仙台二戦では2安打2打点と結果を残した。  

 東北大会も4試合中3試合に出場。下級生ながら確かな存在感を示した。だが、昨秋の最も印象に残っているシーンを尋ねると、意外な答えが返ってきた。鳥塚が挙げたのは、東北大会で唯一出場機会のなかった準決勝・聖光学院戦での一場面。金子が右膝の痛みを押して決勝2ランを放ったシーンだ。

粘り強い打撃が持ち味の鳥塚

 二塁のスタメンを狙う鳥塚にとって、金子は最大のライバル。「嬉しさもあったけど、それ以上に『自分も頑張らないといけない』と思った」。バックアップ要員という立場に満足はしていない。ライバルの渾身の一本を目の当たりにして湧き出た感情を忘れずに、春に向け鍛錬を積んできた。

 佐藤監督の就任以降、坊主頭をやめたり、練習中にBGMをかけたりといった自由度の高いチームカラーが大きな注目を集めている。一方、選手たちは自由だからこそ、己の役割や課題を自ら熟考し、これまで以上に真剣に野球と向き合ってきた。12年ぶりとなる選抜の舞台で、楽しみながら勝つ、東北高校の新たな野球を展開する。

  (取材・文・写真 川浪康太郎)

読売新聞記者を経て2022年春からフリーに転身。東北のアマチュア野球を中心に取材している。福岡出身仙台在住。

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