中学硬式野球にも様々な課題が

広尾晃のBaseball Diversity

中学野球界では、中体連に所属する中学野球部の競技人口が、15年前に比べて60%近くも減少したことは、前回に紹介した。

このために、地域によっては、中学野球の大会が成り立たない事態になっている。

このことは野球普及の上でも、深刻な影響を及ぼしている。今、NPB球団や大学野球部、地域の野球クラブなどが小学生以下に野球教室を実施し、野球好きの子供を増やそうとしているが、野球を始めた小学生が中学で野球をしたいと思っても、その地区の公立中学に野球部が無かったり、あっても部員数が集まらず試合ができないなど、各地の中学で「野球ができない」事態になっている。

「野球離れ」は各世代で深刻な問題だが、中でも「中学世代」が一番深刻だと言えよう。

「ヘビーユーザー」を対象とする中学硬式野球

一方で、中学硬式野球は、異なるニーズの親、子どもを対象としてここ30年ほどの間に全国に組織を広げた。

公園での「ボール遊び」が不可能になって、昔のように公園での「野球ごっこ」から入って、徐々に野球という競技に親しむような「ライトユーザー」は、ほぼ姿を消した。

これが、中学軟式野球の競技人口減の大きな要因になっているのはすでに述べたが、一方で小中学校の段階から「本格的に野球をやらせたい」という「ヘビーユーザー」的な家庭が増えた。中学硬式野球は、野球の強豪高校から大学野球部、プロ、社会人などを目指したいという親、子どものニーズに応える形で、増加したと言えよう。

高額の費用が掛かること、そして明確な目標があることなど、中学硬式野球は「野球塾」的な性格を帯びていると言えよう。

硬式球を使う中学野球もある

中学硬式野球の競技人口

NPBの「野球普及活動調査」による主要5団体の2010年と2022年の競技人口は

ボーイズリーグ

10年 2万304人

22年 2万2751人

リトルシニア

10年 2万1128人

22年 2万1123万人

ヤングリーグ

10年 4809人

22年 5834人

ポニーリーグ

10年 1411人

22年 3025人

フレッシュリーグ

10年 1980人

22年 830人

5団体合わせては

10年 4万9632人

22年 5万3563人

中学軟式野球の競技人口が激減している中で、硬式野球は増加している。

しかし、5団体すべてが増加しているのではなく、ボーイズリーグとヤングリーグは増加、リトルシニアは横ばい、ポニーリーグは倍増、フレッシュリーグは半減しているのがわかる。

ポニーリーグの大会

特色あるポニーリーグ

ポニーリーグは、リトルリーグの系統から生まれたボーイズ、リトルシニア、ヤングリーグとは異なり、アメリカのポニーリーグの理念に基づいて運営されている。

「Protect Our Nation’s Youth(国の宝である青少年の成長を守る)」というスローガンを掲げ、野球を通じて青少年の健全な心身の育成を目指している。

そして

1野球を通じた成長

2機会均等と育成

3国際的な視野

という3つの理念を持ち、「原則として選手は全員試合に出場」「リエントリー制あり」「球数制限」などの方針を早くから打ち出し、他の4団体とは明確な差別化ができていた。

近年、日本野球の「勝利至上主義」「投手の酷使」「スパルタ指導」などが大きな問題になっている。従来の中学硬式野球も、そうした傾向が強かったが、ポニーリーグは、既存の日本野球とは一線を画した指導方針だったことから、人気を集めたものと考えられる。

近年のこの流れに対応する形で、ボーイズリーグ、リトルシニア、ヤングリーグ、フレッシュリーグなども「球数制限」を導入するなど、指導内容の改革を推進しているが、今の野球界のトレンドという意味では、ポニーリーグが一歩先んじていると言えよう。

親の負担の問題

ただ、硬式野球は、軟式野球より親の負担が大きい。

グローブやバット、ボール、ヘルメットなども硬式は軟式よりも高価だし、サポーターや捕手の防具なども高価だ。

また、中学軟式野球の場合、練習は学校のグラウンドを使用する。試合も学校グラウンドを使うことが多いが、中学硬式野球はクラブチームなので、学校は使えない。専用球場を持っているクラブもあるが、使用料を払って球場を借りている場合も多い。

こうした施設使用料も親の負担となる。

さらに体力づくりのために摂取するプロテインの費用も馬鹿にならない。

中学硬式野球は「親の負担」が大きかった。

練習場や試合会場へ選手を送迎するのも親の役割。練習や試合の時の「水分補給=お茶当番」も親の役割。

なかには「指導者の弁当を親が作る」ことになっているチームもあった。代々、指導者の好みは、担当する親が申し送りをして、指導者が好む弁当を作るなどの習慣もあった。

10年程前は

「子どもが朝早くから起きて、野球に行くのに、親が寝ているなんて考えられない、親が子供の応援をするのは当たり前だろう」という団体幹部もいた。

しかし、共稼ぎ世帯も増える中で、こうした「親の経済、労力の負担」がネックとなって、子どもに少年硬式野球をやらせない家庭も出てくるようになった。

現在では、5団体ともに「お茶当番廃止」「親の負担軽減」をアピールするようになっている。しかし、それでも中学硬式野球をすることができるのは、経済的に余裕のある家庭になっているのは間違いないところだ。

かつてのように、経済的に苦しい家庭の子が、野球で頑張ってプロに入って親に恩返しをするようなストーリーはあまり見られなくなっている。

硬式野球は使用する用具も軟式とは異なる

硬式野球は高校からでも遅くない

さらに近年、成長過程にある中学生が重たくて硬い硬式球を使って野球をするのは適切か?という議論が盛んになっている。

特に投手は、全国大会などで多くの球数を投げるなど集中的に肩肘を酷使することで、上のクラスに進むときに悪い影響があるのではないか、と言われている。

今のプロ野球選手の中にも、中学まで軟式野球をしていた選手がたくさんいる。

2019年は、12球団の開幕投手のうち外国人投手を除く11人がすべて「軟式野球出身」で大きな話題となった。

広島:大瀬良大地(大村市立桜が原中)

ヤクルト:小川泰弘(田原市立赤羽根中)

巨人:菅野智之(相模原市立新町中)

DeNA:今永昇太(北九州市立永犬丸中)

中日:笠原祥太郎(新潟市立新津第二中)

西武:多和田真三郎(中城村立中城中)

ソフトバンク:千賀滉大(蒲郡市立中部中)

日本ハム:上沢直之(松戸市立第一中)

オリックス:山岡泰輔(広島市立瀬野川中)

ロッテ:石川歩(魚津市西部中)

楽天:岸孝之(仙台市立柳生中)

この例からも「硬式球に触れるのは高校からでも決して遅くない」という指導者もいる。

こうした声を受けて、中学硬式野球では、球数制限を設けたり、登板間隔を開けたり、変化球を禁止にするなど、様々な取り組みを始めている。

5団体のチャンピオンを決める「エイジェックカップ」

もう一つ、中学硬式野球の場合、主要な団体だけでも5つあり、これらの団体の交流はほとんどなかった。

近くにあるチームでも、所属団体が異なれば試合をするのは難しい。指導者などの人的交流も少なく、全国大会も別個だった。

こうした団体の分立が、中学野球の普及、発展の大きな妨げになっていた。

2023年、スポーツ人材関連ビジネスの大手、株式会社エイジェックが中学硬式野球5団体のスポンサーとなり、5団体の全国大会勝利チームによる「エイジェックチャンピオンシップ 中学硬式野球5団体日本一決定戦」(現エイジェックカップ)を始めた。テレビ局が中継するなど、大きな大会となり、世間の注目を集めている。こういう大会を通じて、中学硬式野球の交流が進むことを期待したい。

それとともに「中学野球の競技人口の減少」という共通の課題に、軟式野球、硬式野球の各団体が、組織の壁を越えて取り組む時期が来ていると痛感するところだ。

2023年エイジェックチャンピオンシップの記者会見

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