「優勝したのになぜ?」関メディベースボール学院が選んだ新たな道とは
野球専門校・関メディベースボール学院中等部が4月からポニーリーグでの活動を始めた。ヤングリーグ全国制覇を成し遂げた直後の変化には、どういった意図があるのか。同学院総監督・井戸伸年氏に新たな試みについて語ってもらった。
「Value(価値)とWin(勝ち)を求め続けます」
井戸氏はヤングリーグ(以下ヤング)からポニーリーグ(以下ポニー)転籍の理由を明確に語ってくれた。
「選手たちが成長してレベルアップすれば、勝ちたい気持ちも強くなる。そのために最適な環境を選びました。ヤングでは様々な経験を積めて選手も成長できました。次のステップを考えてポニーという選択肢になりました」
関メディはヤングに8年間在籍、3月に行われた第31回ヤングリーグ春季大会(倉敷)で悲願の初優勝を果たしたばかり。ポニー転籍には驚きの声も上がったが、井戸氏には明確なビジョンがあったという。
~実戦での成功体験が重要
「(ポニーは)選手の出場機会が多いのが一番の理由です。大会へエントリーできるチーム数が多くて、1団体から最大で4チームを出せる。ベンチ入り人数25人なので、最大100人が出場できて実戦経験が積めます。ベンチ外選手を極限まで減らせるので、個々のレベルが当然上がります」
日本の学生スポーツには補欠文化が存在する。強豪校では100人を超す部員を抱える場合も多く、卒業するまでベンチ入りすらできない選手もいる。それでも日々の活動に真摯に向き合い引退まで全うすることが美徳とされてきた。
「上達するには実戦経験を積むことが最も重要。技術習得のための反復練習は必要ですが、それを実戦で試さないと自分自身の現在地がわからない。練習のための練習で終わってしまう。できるだけ多くの試合を経験させてあげたいです」
「選手たちの成長が一番の目的。チームが勝つことは必要ですが、個人の成功体験を積み重ねることも大事です。ボールが飛ぶようになる。ヒットを打てるようになる。球が速くなる。そういうところが実は一番重要です。できなかったことができるようになると楽しくて、やる気も出ますから」
~インプットとアウトプットの両方が必要
関メディは、高校、大学という次カテゴリーで通用する選手を育てることを目指す。そのために選手自らが考えることの重要性を説き、大人がそういった場所を提供するようにする。そのためには出場機会を増やすことが大事で、ポニー転籍は必然だったとも言える。
「自分で考えることの重要性を伝えます。中でも試合中に考えることが一番、効果があると思います。グラウンドで起こっていること全てについて、観察して考えていて欲しい。考えられないミスが生まれるのは、それができていない時が多い。1つ1つのプレー結果には必ず原因があります」
「野球を学ぶことが重要です。関メディでは中学1年から野球教本を使っての座学をやっています。そこで得た知識を持って、数多く練習をして試合に挑む。グラウンド上での身体を使ってやる練習だけでは、成長に限界があると思います」
「勉強する、学ぶ、知識を得るのはインプット。グラウンドでのプレーはアウトプット。インプットしないと頭で理解できていないので、『わかったんか?』と聞かれて『はい』としか言えなくなる。だから同じミスが何度も起きてしまいます」
「インプットとアウトプットのバランスは、野球だけに限ったことではありません。知識を持った上で自分で考えて行動に移す。これは実社会で何をするにしても必要なこと。いつの日か野球選手を上がって(引退して)も、必ず活きてくることだと思います」
ポニーは1950年に創設、世界50か国に50万人を超える登録選手がいる団体である。日本では1975年に日本ポニーベースボール協会が作られた。年齢別などで分けた8つのカテゴリーでの「ポニー・ワールドシリーズ(米国開催)」で、毎年の頂点が決定する。
「これからどんどん大きくなるリーグだと思います。日本国内では新しいリーグですが、世界的にはかなり大きな組織。WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が盛り上がって、米国内でも話題になりつつある。野球の国際化がどんどん進む中、ポニーには大きな可能性を感じています」
~海外を知ることが野球にもプラスになる
ポニー転籍だけでなく、国際化につながる試みも積極的に行っている。4月10日には米国IMGアカデミー・ベースボールコーチのジョン・フォード・グリフィン氏から指導を受ける機会にも恵まれた。
IMGは世界的なスポーツマネージメント会社。タイガー・ウッズ(ゴルフ)、錦織圭(テニス)など、多競技のトップ選手たちと契約を結んでいることが有名だ。また選手育成のためのアカデミーも開校しており、プロモーションで来日したタイミングだった。
「知人を通じて縁があったのでお願いしました。技術的に参考になることもあるでしょうが、それより外国の方々との交流が大事だと思いました」
グリフィン氏はフロリダ州立大時代に米大学史上1位の打率.427を記録。2001年ドラフト1巡目指名でヤンキース入り、その後もドジャース、カブスなどで10年間プレーした名選手。技術的に学べることも多いだろうが、今回、大事にしたのは「米国人と接する」ことだった。
「自分自身も米国で1年間プレーしたことで、外の世界を知る大切さを知りました。例えば、誰もが話しやすい環境を作るのが米国の良いところ。そもそもマイナス、引き算がない文化です。全てをポジティブに考えながらお互いが接して生活しています」
「ジュニアの早い段階で米国人と接して、考え方やコミュニケーションの方法に触れることが大事だと思います。考え方が柔軟になり、視野も広がり、野球にもプラスになるはず。言葉はわからない部分があっても、米国人はシンプルなことしか言わない場合が多い。どんどん触れ合って欲しいです」
~チームもリーグも参加者が選ぶもの
ポニー転籍を含め、全ては選手の成長のため。全国制覇という結果を出しても歩みを止めない関メディへの入校希望者は後を絶たない。来年2024年度生募集が3月末から始まったが、1週間で定員60名中40名ほどが埋まってしまったという。
「希望者は先着で全員受け入れます。そのための個別面接、説明会の日程調整が大変です(笑)。選手と保護者がチームを選ぶべきなので納得した上で来て欲しい。それはチームが参加するリーグ選びも同じです。我々はポニーでやりたいと思ったので転籍しました」
ポニーが掲げる「未来の宝である子供たちを守ろう」という理念と関メディの目指すものは合致する部分が多い。
「選手を育てることで関メディ自体の価値が高まる。試合では常に勝ちを目指して貪欲に戦う。その両方を求めていきたい。選手個々のレベルが上がれば、野球強豪校へも進めて甲子園出場のチャンスが増える。その先にはプロ、メジャーリーガーの可能性も出てくる。関わる人みんなの未来が明るくなれば最高です」
「コンプライアンス重視となり甲子園常連校の多くは、環境も劇的に良くなっている。野球はもちろん、人間としても成長できます。そして甲子園へ行けば、その後の人生が間違いなく変わります。そういう選手が増えれば、関メディの活動もどんどん広がるはずです」
Value(価値)とWin(勝ち)の両方をバランス良く両立することで、関わる人の誰もが幸せになれば言うことはない。
関メディはポニー参戦とともに次のフェーズに進み始めた。今後も選手たちの成長を第一に考え、新しい風をどんどん吹かせてくれるはずだ。
(取材/文・山岡則夫、取材/写真協力・関メディベースボール学院)