特別支援学校生で結成された「パラジャンク5エレメンツユース」Baseball5の大会で巻き起こした感動は、5年間にわたる苦楽の結晶
12月14日に行われたBaseball5の日本選手権予選。
ある試合を終えた後、会場となった明治神宮外苑室内球技場では、感動の涙と希望に満ちた笑顔が交差していた。
物語の主役である「パラジャンク5エレメンツユース」のメンバーは、アーバンスポーツとパラスポーツを掛け合わせた新たな道を創り上げていた。
(取材 / 文:白石怜平、写真提供:ジャンク5)
特別支援学校生だけのチームを結成した「ジャンク5」
特別支援学校に通う学生のみで構成されたBaseball5の「パラジャンク5エレメンツユース」。その母体となっているのが強豪チームである「ジャンク5」である。
現在世界80カ国以上で普及が進んでいる野球型アーバンスポーツ「Baseball5」のチームとして2020年に発足し、強化のみならず普及や教育の観点からも競技の浸透を図っている。
既存の枠にとらわれない新たな発想と実行力で、想像を形にしてきたのがチームの代表を務める若松健太さん(桜美林大准教授)。
24年には侍ジャパンBaseball5の代表監督としてアジアチャンピオン、ワールドカップでも世界2位へと導くなど、日本のBaseball5をさまざまな形で押し上げている。

昨年は特別支援学校や地方企業と連携を深め、競技を通じた社会的な結びつきも深めてきたジャンク5であるが、チーム運営においても大きな一歩を踏み出していた。
それが「パラジャンク5エレメンツユース」の結成である。昨年9月に立ち上がってから約3ヶ月で、日本選手権の予選に早くも出場を果たしていた。
ただ結成までの道のりは平坦ではなく、若松さんの長い年月をかけた入念な検証や行動の積み重ねが身を結んだ結果でもあった。
若松さんによるシミュレーションと実践が礎に
きっかけは2021年にさかのぼる。若松さんは、山形県新庄市に本社を構える「ユニオンソーシャルシステム株式会社」から相談を受けていた。
同社は障がいがある人たちへの自立・就労支援を事業の一つとしており、従業員も多様性ある人材が在籍している。従業員のために何か行いたいと考えていた同社に、若松さんが一つ提案を行っていた。
「従業員向けに健康イベントをできないかという話をいただいて、Baseball5の活用を提案しました。そこから3年かけて4回、新庄市と尾花沢市でジャンク5のメンバーと従業員で交流イベントを開催してきました。
ここでの経験で『Baseball5は障がい者スポーツとしての未来が今後あるな』と確信を持てたんです」
その確信と共に、強化と普及活動も重ねていったジャンク5。約5年の歳月をかける過程で、「ベースボール型スポーツを通じて共生社会を創る」という新たな理念が構築された。
そして、共生社会の創出に向けての動きは昨年さらに加速していく。1月に多摩地域の特別支援学校4校による体験会を開催。
Baseball5を特別支援学校生がプレーするというのは、世界初の取り組みでもあった。これを皮切りに、5月・7月と開催を継続し経験者が増えていく。

そしてこれらの活動が9月のパラジャンク5エレメンツユース立ち上げへと繋がっていった。結成に至った経緯についても若松さんが明かしてくれた。
「3年かけて山形でイベントを開催して、障がいのある人でもBaseball5はできると思っていたところで、24年に日本選手権が始まりました。
実はその時から私は監督として試合の戦況を見つつ、障がいのある人たちだけで大会に出られるのではとシミュレーションをしていたんです。
野球ですと高校野球の都道府県大会のように0ー60数点といった差がつくことがありますが、Baseball5はそれは起きないのではないかと。
競技特性である男女混合である点、自分で打ってアウトになる独自ルールがあることに着目して、極端な点差にはならないと感じていたんです」

Baseball5はフィールド上ではその名の通り5人でプレーし、うち男女各2名以上で構成される。
また、野球でいうファウルやホームランがアウトになるため、体格による差が競技に現れにくい。そのため、「誰でもできる点」が魅力の一つでもある。
障がいの有無を問わず同じルール・同じフィールドで真剣勝負ができると判断した若松さんは、体験会をスタートした1月から着々と準備を重ねてきた。
一番注力したのは選手集めであった。「途中、結成は無理ではないかと思った時もありました」と本音も吐露したが、半年間を通じて行った体験会が確かなプロセスとして繋がっていた。
「男女ともに選手が必要でしたので、イベントに来てくれたメンバーに声かけをしました。そしたら先に女子選手たちが集まってくれて、『これは出場できる!』と思えたんです。
男子選手については5月に『甲子園夢プロジェクト』と共催していて、野球経験者も参加してくれていました。
その選手たちがBaseball5をすごく楽しんでくれて『もっとやってみたい!』と話していたのでオファーしたところ快諾をもらいました。それで最終的に男女4人ずつの計8選手集まりました」
甲子園夢プロジェクトは特別支援学校に通う生徒たちが硬式野球に挑戦する取り組み。5月の体験会には同プロジェクトに参加している現役の学生や卒業生が参加しており、Baseball5の継続を希望していた。

野球経験もある男子選手たちが加わり、12月中旬の日本選手権予選に向けてパラジャンク5エレメンツユースがいよいよ本格始動した。
練習は桜美林大学で毎週行われた。同大の体育館には若松さんの尽力でオリジナルのフィールドが構築されており、ジャンク5や桜美林大学Baseball5部が練習や授業で活用している。
日本代表選手や現役の大学生たちから教わりながら切磋琢磨し、上達するにはベストな環境が用意されていた。
新たに打ち込むものと出会い、高いモチベーションで参加したユースメンバー。選手たちは毎週成長を重ねていることが明確に伝わったと若松さんは語る。
「捕る・投げる・打つ ・走るといった一つ一つのプレーに対して真剣でしたし、指導者の話にもしっかりと耳を傾けてくれました。
会う度に表情が豊かになって選手同士の会話も弾んでいましたし、自ら指導者に話しかけてくるなど回を追うごとに練習の雰囲気も良くなっていきました。
練習だけでも進化がとてつもないイメージで、当時から『この子たちが特別支援教育やパラスポーツの新たな扉をこじ開けるんだろうな』と感じられるほどの熱気が伝わってきました」

会場全体の涙と喜びを呼んだ4試合
そして迎えた12月14日、15歳〜18歳が対象のユースの部として選手権予選に参戦。選手たちはそれぞれのプレーをフィールドでいかんなく発揮した。
選手たちは緊張などなく、試合に出られる喜びを全身で表現していたと若松さんは試合を振り返った。
「予選本番では会話・連携・一つひとつのプレー・試合中の声掛けさらには試合後に自立したミーティング、全て練習以上のものを見せてくれました」
今回参加した他チームは全選手健常者。本予選では、若松さんが幾多の試合を見て重ねた検証の成否を問う場でもあった。
「1日4試合戦いましたが、私がさまざまなシミュレーションをした通りでした。数年経験を積んできている健常者が相手でしたが、点差は最大でも1セット20点未満でした。今後健常者の大会でも対等に戦えるという確かな可能性を感じました」

パラジャンク5エレメンツユースが予選に参加した大きな意義がもう一つあった。それは息子・娘の躍動を見守った保護者たちの姿にあった。
「保護者の方々は本当に心から喜んでくれていて、自分の子どもたちが楽しんでプレーしている姿を一時も目を離さないぞという気持ちが本当に伝わってきました」
一つのアウトを取った時や、ヒットを打った時そして得点を挙げた時にベンチ一体が喜びを共有し、いつしか会場全体が応援する雰囲気に包まれてい
た。保護者たちから若松さんには、
”今まで娘には色んな経験をさせたいと思ってやってきましたが、この一日で娘の変化の目まぐるしさにとても感動しました。色んな方々から沢山の愛情を注いでもらって、大きく花開けた1日でした”
“部活もない高校で、夢プロジェクトしか楽しみがない息子でしたが、素敵なご縁と機会に恵まれ、貴重な経験をさせていただきました。とても温かく最高な環境の中で、大きく成長できたように思います。ありがとうございました”
“Baseball5を通じてたくさんの仲間と出会わせていただいたこと、自分達の言動を認めてくれて、その力を発揮させてもらえる環境作りに多くの人がいるということ、この先社会に出る前に本当にいろいろなことを学べる時間を過ごすことができ、親子共々貴重な経験をさせていただき感謝の気持ちでいっぱいです”
といった感謝のメッセージが多く寄せられていた。
大会を終えた時には保護者そして運営スタッフも涙するなど、希望と感動をもたらしたパラジャンク5エレメンツユース。
若松さんたちは早速次の目標を見据えていた。苦楽を共にしたスタッフたちとある約束をし、さらに結束を高めている。
「もちろん継続しなくてはこれまでの活動の意味がありません。予選を終えてスタッフみんなでミーティングをしましたが、全員次の目標が自然と出てきまして、『来年は絶対1勝したい!』と、同じ意見でした。なので、その目標に向けて今から動き出しています」
2025年、ジャンク5は教育×普及×強化の3軸それぞれを強めながら、地方創生やアーバンスポーツの他競技への展開も推進してきた。そして12月は一年の集大成として、特別支援教育の可能性を拡げてみせたのだった。
(おわり)

