「遠隔部活動」がもたらす“新しい価値”とは? 東京学芸大学・松山直輝講師が見出した可能性
オンラインでスポーツを指導する「遠隔部活動」の可能性が広がっている。公立中学校の部活動を地域クラブや民間事業者に委ねる部活動の「地域移行」は、今年からよりその動きを促進する「地域展開」という新たなフェーズに移った。今後、各自治体で動きが活発化することが予想される。2022年3月からそのモデルケースとなりうる遠隔部活動の実証事業研究を行っている東京学芸大学・松山直輝講師(アート・アスレチック教育センター所属)に、現状と展望を聞いた。
八丈島やベトナムでも…実施回数は約200回に到達
松山さんは部活動の地域移行(展開)に向けた運用モデルの提唱を目的として、東京学芸大学陸上競技部に所属する大学生が広島県在住の知的障害特別支援学校生を遠隔で指導する実証研究に取り組んできた。
一昨年末からは広島に加えて東京・八丈島の八丈高校陸上競技部とベトナムのホーチミン日本人学校中学部陸上競技部でも遠隔指導を開始した。また、例えば広島と八丈島の生徒を同時に指導する「2拠点同時指導」も不定期で行っている。

開始から3年以上が経過し、遠隔指導の実施回数はまもなく計200回に到達しようとしている。通常、同様の実証研究の実施回数は多くても10回にも満たない。松山さんは「活動のバリエーションも増えて、ノウハウはある程度蓄積されてきました」と手応えを口にする。
広島の知的障害特別支援学校生は、やり投げの記録が2年で31m73から47m03まで向上。ジャパンパラ陸上競技会で2位に入るほどの成長を遂げ、現在は働きながら競技を継続している。また八丈高校の選手は円盤投げの記録が1年で17m60から28m51まで伸び、ホーチミンの中学生15人は50m走のタイムが平均0.6秒短縮された。遠隔指導の効果は数字を見るだけでも明らかだ。
「遠隔で教えるのは難しい」は過去の話
「教える側と現地の子どもがオンラインだけで信頼関係を構築し、数字を伸ばせることが証明された。これまでは『遠隔ではうまくいかない、できない』で終わって限界を決めつけていたのが、今は『どう展開するか』という段階に入ってきています。『遠隔で教えるのは難しい』というのは過去の話です」
指導者不足が顕著な山間地や離島、そして海外で数字上にとどまらない成果を得られたことには大きな意義がある。また2025年10月からは長野県が全国に先駆けて「ICTを活用した地域クラブ活動(オンラインクラブ活動)トライアル事業」を開始。対象競技は陸上、ダンス、バドミントン、バスケットボールと多岐にわたり、松山さんは監修に入って事業を支える役目を担う。
「蓄積したノウハウを地域に落とし込み、行政主導の事業を支える段階までこられたことで、地域差や指導者の有無に縛られない新しいスポーツの形が、少しずつ現実になってきたと感じます」と松山さん。遠隔指導が部活動の地域移行(展開)に寄与する可能性を肌で感じている。

一方、部活動の地域移行(展開)の枠組みを超えた「新しい価値」も見出している。例えば、広島と八丈島の2拠点同時指導を行った際は、普段、「やり投げ仲間」のいない選手同士がやり投げを通じてコミュニケーションを深めた。そこには障害の有無関係なく教え合う「インクルーシブ部活動」の側面もあった。広島の知的障害特別支援学校生は「僕もこんなに教えることができるんだ。楽しかった」と目を輝かせ、八丈高校の選手は「障害に関係なく、広島の先輩はやり投げが上手いし、学ぶことが多い、一緒に運動ができるし、またやりたい」と声を弾ませたという。
さらにホーチミン日本人学校の生徒を対象とした遠隔指導では、「日本文化の継承」「日本の部活動の再現」という目的も浮かび上がった。日本とは日差しや交通量、部員数の違いがあり苦労したというが、モバイルモニターやスピーカーフォンなどのICT機器を駆使して対処。その中で、日本の部活動ならではの統率感や礼儀正しさが醸成されていったという。
部活動の地域展開促進へ、掲げる3つの課題
もちろん、部活動の地域移行(展開)への寄与という側面に話を戻せば課題は残る。松山さんは①指導者のクオリティーをどう保証するか②教育的な価値をどう保証するか③遠隔指導の方法をどう体系化するか、の3つを挙げた。
今後、遠隔部活動の導入を検討する自治体が増えた場合、①遠隔指導を行える人材の確保②ホーチミンの例のような教育的価値の追求③遠隔指導の方法論の確立ができていなければ発展は見込めない。指導方法をまとめた資料を作成して共有し、研修制度やライセンス制度を設けるなど、対策を模索している最中だ。

実際、松山さんの実証研究で用いられている「ダブルコーチングシステム」(選手が大学生からスポーツを教わり、大学生が監督(大学教員)から指導方法を教わる)の効果も着実に表れている。その様子を目にした現地の指導者にとっての学びの機会になっているのも確かだ。機材の準備や引率を行うマネジメントスキルを要する人材の育成、現地での安全管理や緊急時の対応を行う事務局のような存在の確立など、現地や企業との連携が進めば、動きはより加速するだろう。

遠隔指導がもたらす「新しいスポーツ文化や価値」
「これまでの対面指導の部活動でも成し得なかったような取り組みが出てくると、そこに新しいスポーツ文化や価値が生まれる。それを検証するのは大切なことだと思います」。松山さんは検証を続けることに意味があると確信している。
「部活動は必ずしも中学生だけが参加できるものでなくてもよい。中学校を卒業した高校生や大学生でも参加できる場があってもいいと思う」と視野を広げつつ、「最終的な展望は、遠隔部活動が中学校、高校のスポーツ文化の一つの領域として地域に根付くことです」と当初の目的は揺るがない。

「さまざまな人がつながり、高め合える、新しいスポーツ環境の創造がゴール。地域ごとの取り組みを増やし、成功例を積み重ねていきます」。地道な研究を積み重ねた先に、思い描く未来が待っている。
(取材・文 川浪康太郎/写真 松山直輝さん提供)
