パラアイスホッケーの日本代表選手を送り出す東海アイスアークス

「氷上の格闘技」とも呼ばれるパラアイスホッケー

那須選手(右端)。車いすバスケットから転向。チームで最初に代表選手に選ばれた

激しい体当たりもなんのその、1点を競うスピード感あふれる試合運びから「氷上の格闘技」とも呼ばれるパラアイスホッケー。

もともとは下肢に障がいを持つ人のためのスポーツとして考案された。スケート靴の代わりにスケートの刃を2枚取り付けた、スレッジと呼ばれるそりに乗って競い合う。障がい者スポーツであるにもかかわらず、ボディチェック(体当たり)が認められた過酷な種目でもある。

ルールは基本的に通常のアイスホッケーと大きく変わらない。違うのは道具立てだ。ギザギザの金属とブレードを付けたスティックを左右に1本ずつ持って試合に臨む。選手はそれらを操り、そりを漕ぐ要領で前進。巧みなパス回しや繰り出すシュートで敵ゴールに攻め込む。

日本代表候補、正橋幸夫選手(中)。車いすバスケットから転向。20歳台の期待の若手

わが国におけるパラアイスホッケーの歴史は比較的浅い。源流を辿ると、1998年の長野パラリンピック大会に向けてノルウェーから講師を招いて開いた1993年の講習会に行き着く。その後、2010年のバンクーバー大会では銀メダルを獲得するまでに力をつけた。

当面の目標は2022年の北京大会に向けて予選を通過し、本大会に出場することだ。この大会に出場できるのは8カ国である。世界選手権Aプール1~5位は無条件。同プール6~8位とBプール上位3カ国で行う最終予選の上位2カ国及び、開催国枠で中国が出場する。

晴れの舞台を目指す日本代表強化指定選手に3人を送り出しているのが名古屋に本拠を置く東海アイスアークス(以下、アークス)である。同チームを運営する東海パラアイスホッケークラブ代表の星剛史さんは「基本姿勢は選手ファースト。伸びしろのある競技だけにトップを目指せる」と期待を寄せる。

星さん(右)と那須選手

花形とはいえ日本ではまだ低い認知度

パラアイスホッケーは1994年のリレハンメル大会からパラリンピックの正式種目として採用された。すでに触れたように、日本では長野大会を見越して、講習会を催した翌年である。すでに素地があった海外と比べ、日本ではようやく準備に取り掛かった段階であったといえる。

この競技は正式種目に認められて以来、スピード感のある試合運びや選手同士のぶつかり合いなどから「冬季パラリンピック大会の花形」と称されることもある。しかし、競技人口2000人超と言われる北米に比べ、日本の選手層は薄い。

ちなみに、海外では18カ国がチームを保有。一方、日本の競技人口は約140人で、チーム数は7。このうち、2020年のクラブ選手権に出場できたのは4チームであった。

「少しずつ競技人口は増えているが、まだまだ認知度は低く、全国的なアイスリンク不足も相まって思うように活動できない」。一般社団法人日本パラアイスホッケー協会は国内の現状をそう憂える。

自らも大学時代にアイスホッケー選手としてスティックを握り、リンクを滑走していた星さんも同じ思いを抱いていた。「2018年に日本代表の合宿を見に行ったのですが、海外勢に比べて平均年齢が高い上に、活動できるチームも少ないことに驚きました。そこで、自分なりに競技のすそ野を広げようと考えたのです」

選手層を厚くするためにチームをつくる

パラリンピックに出場できるのは世界選手権の上位8カ国。日本チームは2010年に銀メダルを獲得したものの、星さんが代表合宿を見学した2018年の平昌大会で8カ国中8位に後退していた。

「パラアイスホッケーの競技人口を増やすには新たな戦力となる選手を入れればいい。しかし、チームがないので入れない。人が集まらないのでチームができない……。堂々巡りです。ではどうするか。受け皿となるチームを作ればいい」。星さんが導いた結論は単純にして明快だった。

星さんは北海道・釧路市出身だが、大学入学を機に名古屋に居を定めている。「名古屋といえばフィギュア王国ですが、同じリンクを舞台にしながら、パラアイスホッケーの存在はほとんど知られていません。せっかくリンクがたくさんあるのにです。まずい、という危機感と共に恥ずかしい気持ちが募りました」

星さんは2018年の秋、日本代表合宿に見学を申し入れた。奇遇なことに、時を同じくして名古屋市内の他のアイスホッケー関係者も星さんと同様の連絡をしていたことが後で分かる。連絡を取り合った3人は意気投合し、地元でのチーム結成を誓い合う。こうして2019年9月に発足したのが アークス である。

正橋選手(中)

発足に先立ち、2018年冬から2019年夏にかけて選手を募るために計3回の体験会を催した。参加者はいずれもアイスホッケーの初心者ばかり。日本パラアイスホッケー協会の協力を得て、代表選手によるデモンストレーションも披露した。

「チームを運営していく上で心がけているのは選手ファーストです。筋道からいえば、この競技が好きで、本当にやりたい選手がチームをつくるのが本来です。しかし、うちは、まずやりたい運営がいて、選手を集めた。誤解を恐れずに言えば、ボランティア精神や障がい者のため、という気持ちは二の次。大学時代からアイスホッケーに親しんできた人間として、パラアイスホッケーならではの素晴らしさや楽しさを伝えたいからです」

公務員の職を投げうったマネージャーも

さまざまな障がい者スポーツと同じように、パラアイスホッケーにも世界の檜(ひのき)舞台で戦える潜在的な力がある。「日本のパラアイスホッケーには銀メダルを取る実力があります。つまり、トップを目指せるのです。だから、そこに選手を送り込みたい」。星さんが目指すのは代表選手として認められる選手を アークス から一人でも多く出すことだ。

パラアイスホッケーの試合は15分×3ピリオドで行われる。1チームはフォワード3、ディフェンス2、ゴールキーパー1の計6人で構成。激しい運動量をこなすため、頻繁に選手交代する。1分で入れ替わることも珍しくない。それほど過酷ということだ。このため、フォワードもディフェンスも入れ代わり立ち代わりリンクに臨む。

星さんが狙うのは控え選手を含む代表メンバー17人のうちの5人以上を常に アークス から出すことだ。すでに、 アークス 出身者が代表選手チームのマネージャーとして活躍している。月に2回、金曜日から日曜日まで代表合宿に帯同する。この仕事を全うするため、公務員職を投げうって参加しているそうだ。

日本代表マネージャー兼アークス選手、西野浩平さん。2つの顔でパラアイスホッケーを支える

パラアイスホッケーはスレッジに乗れば健常者も試合に参加できる。実際、このマネージャーも普段は選手としてリンクを駆け巡る。しかし、規約上、国際大会には出場できないため、マネージャーとして参加しているわけだ。

他競技からアスリートを招き強化図る

「アークス の選手は全員が素人ですからアイスホッケー歴は揃って2年未満。にもかかわらず、今年度の日本代表合宿にはマネージャーのほか、TIAから日本代表選手が3人選ばれました。運営の手腕というより、ひとえに選手の努力の結果」と星さんは言い切る。

日本代表候補、森紀行選手(手前)。チェアスキーでパラリンピックに出場した

アークス には独自の練習方法がある。通常のアイスホッケーチームとの積極的な合同練習の導入だ。1973年に設立された地元の名門社会人チーム「ホワイトキックス」の代表を星さんが務めていることによる。

スケート靴を履く通常のアイスホッケーチームと交わることで一種の異種格闘技のような実戦的な練習ができるのが強み。星さんの後輩にあたる大学1、2年生のチームや他チームと合同で練習試合することもある。こうした“他流試合”が地力をつける格好の機会となっているようだ。

大学生チームとの合同練習

チーム力のさらなる強化のために挑んでいるのが、他競技からアスリートを招くことだ。 アークス の場合、通常のアイスホッケーをしていた選手はいない。全員が他種目からの転身組で、ほとんどが車いすバスケットやチェアスキーの経験者で占められている。

「一緒に夢を紡いでくれる、障がい者スポーツの経験者を一人でも多く募って、世界の舞台に送りたい」。星さんの願いに揺らぎはない。

デュアルキャリアが認められる環境を

アークス から代表選手を送り出すことと併せて星さんが力を入れているのは選手として安定的な生活を送れるような環境を整えることだ。アークス はプロチームでも実業団チームでもない。強いて言うなら任意団体のチームである。

当然のことながら、各選手は昼間の本業を持ち、終業後に練習に参加する。始まるのはおおむね午後10時。終わるころには日付が変わる。好きでなければ続かぬだろう。

選手と雇用者との関係はさまざまだ。カギを握るのは選手に対する雇用者の理解の度合いである。こうした中で最近、出始めている動きがデュアルキャリアという考え方だ。

「職業人とアスリートの両立を目指す仕組みです。 アークス に入ってから転職してアスリート雇用という形で仕事に支障なく練習に打ち込めるようになった選手もいます」。こういう働き方が特別なことではなく、当たり前になる環境づくりを星さんは目指す。

「ひとたびリンクに立つと、凛(りん)とした空気に包まれ、氷の削れる音の他には何も聞こえない。何もかも忘れられる、この空気感が好きだからこそ、のめりこんでいるのかもしれません」。星さんを駆り立てる原動力は競技経験者としての熱い思いに他ならぬようだ。

東海アイスアークス( cearcs.localinfo.jp/

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