自転車競技・シクロクロスの本場で、経験を伝えるチームを組成―梶鉄輝―

 自転車競技には、多くの種目が存在する。トラックやロードなど舗装された道を走る種目がある一方で、舗装されていない場所(オフロード)を自転車で走る種目もある。

 今回の記事で取り上げる梶鉄輝(カジ・テツキ)氏は、シクロクロスという自転車競技の選手である。シクロクロスとは、ベルギーやオランダが本場の、冬に泥や砂といったオフロードのコースを自転車で走る競技である。

 梶氏は自身が自転車選手であると同時に、Olanda Base/Watersley(オランダ ベース/ウォータースレイ)というチームの発起人でもある。現役選手でありながらチームも運営する梶氏は、自転車競技の本場であるヨーロッパで、どのようなことを考えながら日々活動しているのだろうか。

 かつてパラトライアスリートとしてパラリンピックを目指し、今はヨーロッパで競技とチーム運営に奮闘する梶氏に話を聞いた。

2025年1月にスペイン・ベニドルムで開催されたシクロクロスのレースで力走する梶氏

シクロクロスはベルギーの文化

Olanda Base/Watersley(オランダ ベース/ウォータスレイ)とは、どのような自転車チームですか。また、このチームを作ろうと思ったきっかけを聞かせてください。

梶鉄輝氏(以下、敬称略)「ヨーロッパで主にオフロードの自転車レースを走る日本人選手をサポートしている自転車チームです。Olanda Base/Watersleyとして自転車チームとしてUCI(国際自転車連盟)にも登録しており、Olanda Base単独としてはヨーロッパのレースを走る自転車選手のエージェントと拠点としての役割を兼ねています。

 Olanda Base/Watersleyを作ったきっかけは、自分自身の経験がベースになっています。私は高校3年生のころから毎年冬にはベルギーに来て、シクロクロスのレースに出場していました。今年(2026年)でヨーロッパのシクロクロスのレースに出るようになって9年目になります。

 自転車レースはヨーロッパが本場ですが、例えばロードレースなどでは、数が少ないとは言え、日本人選手がヨーロッパに来てレースをすることも増えてきました。でも、シクロクロスを始めとするオフロードの自転車競技をヨーロッパで走っているアジアの選手は、いまでもほとんどいません。

 幸い私は今までの9年間のヨーロッパでのシクロクロスのレースをしてきた経験があり、加えてベルギーやオランダを中心にした生活も長くなりました。そうした経験を他の人と共有するために、Olanda Base/Watersley を立ち上げました。今シーズンが2年目となります。」

オランダに移住されて長いのでしょうか。

「2022年からオランダに移住しました。それまで私は夏はパラトライアスロンの選手をしていて、冬にシクロクロス選手としてベルギーに来るという生活を送っていたんです。2020年の東京パラリンピックの時に出場を目指していたのですが、結果として出場できなくて、その後2022年にオランダに来ました。」

ベルギーやオランダはシクロクロスの強豪国です。その理由はどこにあると、梶さんは思われますか。

「ベルギーやオランダでは、シクロクロスは文化のひとつなんです。

 もともとシクロクロスって異常なスポーツなんだと思うんです。冬の寒い中、選手が泥だらけになりながら、自転車で雪の中を走ります。それだけじゃなくて、場合によっては自転車を降りて押すこともあるし、自転車を担いで階段をダッシュで登ったりします。

 そんな変わったスポーツを寒い冬に喜んで見に行くのが、ベルギーやオランダの人たちなんです。特にベルギーでは、自転車競技はサッカーと同じように国技ともいえるスポーツなので、シクロクロスの認知度も高いし、実際にシクロクロスのレースに出たことがある人も多いです。

 というのも、ベルギーでは、シクロクロスのレースの数がとても多いんです。レースの種類が3つに分かれていて、一番上がUCIがオーガナイズするワールドカップレベルの大きな国際大会、その次がベルギー国内の自転車連盟がオーガナイズする大会、一番身近なのが町や村の自転車サークルがオーガナイズする大会です。日本に中継されているベルギーのシクロクロスのレースのほとんどは、一番上のUCIオーガナイズの国際大会です。でも一番身近な町や村の大会になると、10ユーロの参加費で子供たちが自転車で泥遊びをする気軽な大会がたくさんあります。そして、このような気軽な大会は、冬になるとほぼ毎週のように開催されます。

 自転車で泥遊びをしていた子供たちが成長し、シクロクロスをレースとして走るようになると、町や村の自転車サークルがオーガナイズする大会以外にも、ベルギー国内の自転車連盟がオーガナイズするレースに出るようになります。このレースの数もベルギーではとても多く、週に3回くらいはレースがあります。週に3回レースを走れば1か月で12レース、シクロクロスのシーズン全体でだいたい40回くらいのレースを経験することになります。

 日本でシクロクロスの大会が開催されるのは、1シーズンで多くて十数回ほどでしょうか。そうなると、ベルギーのシクロクロス選手は、日本選手の約3~4倍レースの数を、1シーズンで経験していることになります。この数字だけ見ても、日本国内でシクロクロスを走る選手と、ベルギーで走る選手の間に経験の差が生まれてしまうのは明らかです。

 レース経験が少ないということは、走ったことのあるレースの数が少ないことを意味します。そして同時に『レースに向けて体調を整える経験の少なさ』や『次のレースに向けて気持ちを切り替える経験の少なさ』という問題も生み出します。

 毎年開催されるシクロクロスの世界選手権では、ジュニア世代の日本人選手はそこそこ良い順位でレースを終えることができます。でもアンダー23以上のカテゴリーの日本人選手は、レースの完走すら難しくなるのが現状です。その理由として、日本人選手のシクロクロスのレース経験の少なさが挙げられると思います。」

シクロクロスのシーズンは冬、観客も厚着でレースを観戦する

基礎的なコミュニケーション能力と人脈の重要性

梶さんは現役のシクロクロスの選手であると同時に、Olanda Base/Watersley の発起人でもあります。日本人がヨーロッパで自転車チームを運営するとき、一番重要なこととは何でしょうか。

「現地でのコネクション、別の言葉で言うと人脈です。具体的には、自転車連盟の人や他のチームの知り合いがどれだけいるか、ということです。そうした人は相談に乗ってくれたり、いろいろな情報を持ってきてくれたりします。ただ、特にオランダやベルギーの人は、人としてはとてもシンプルで付き合いやすい人なのですが、こちらが、彼らに相談するときや情報をもらうには、お金をきちんと支払う必要があることもあります。

 でも、シクロクロスのレースの現場に自分が通うことで知り合った人からの情報というのは有用なものが多いですし、やはり現場で直に出会った人との人脈は大事だと思います。」

Olanda Base/Watersleyの発起人ということで、サイクリストはもちろん、マッサージャーやメカニックと話す機会も多いと思います。日本人のマッサージャーやメカニックがヨーロッパで働くには、どのような特性が必要だと思いますか。

「基礎的なコミュニケーション能力でしょうか。というのも、日本人のマッサージャーやメカニックといったスタッフ、サイクリストは『自分は結果さえ出せばよい』と考えるためか、基礎的なコミュニケーション能力が足りない人が多いんです。

 自分の持っている技術や実力に自信を持つのは良いのですが、簡単な挨拶などの基本的なコミュニケーションを軽視すると、なかなか自分の持っている技術をアピールする場にたどり着くことはできません。

 外国に出ると、日本にいたときより、多くの人と付き合う機会が増えます。その時自分が持っていることをいかに他の人と共有することができるのか、自分のことをいかに憶えてもらうのか。そのためにも基礎的なコミュニケーション能力というのは、外国ではより一層必要になります。」

自転車でジャンプしたり、時には自転車を肩に担いで走ることもあるシクロクロスのレース

チームカー盗難事件からのシーズンスタート

シクロクロスのシーズンが始まる前に、チームのバンが盗まれたと伺いました。大変でしたね。

「スペイン・ジローナで開催されたグラベルレース(未舗装の道路を長距離走る自転車レース)に出場した後、もう1人のチームメイトと一緒に、チームのバンでオランダに帰る途中でした。ピレネーを超えて、フランスのリオンの南にある町で夜の7時くらいに高速を降り、夕食を食べようとレストランに入りました。

 30分後くらいに外に出てみたら車がなくなっていることに気が付いたのですが、最初は警察にレッカー移動されたと思ったんです。そのあたりは郊外型のショッピングセンターで近くに大きなお店もあったので、そのうちの1件のお店に入って事情を話したら『この駐車場の中に車を止めてたら、レッカーで持っていかれることはない』って言われ、その時初めてチームのバンが盗まれたことに気が付きました。

 その時、軽く夕食を食べるために車の外に出たので、自分が持っていたものは携帯と車のキーと財布ぐらいしかなかったんです。バンの中にはパスポートをはじめとする重要書類や自転車数台が置かれたままでした。バンを盗まれたことに気が付いて、警察に電話をして現場に来てもらっていたら、突然パリの日本大使館から私の携帯に電話が入って、『○○さん(一緒にバンでオランダに帰っていたチームメイトの名前)、パスポートなくされていませんか?』って、聞かれたんです。というのも、フランスの憲兵隊がその友人の名義のパスポートを見つけた、という話でした。その日は警察に近くのホテルに送ってもらい、次の日にレンタカーを借りてそのフランス憲兵隊の所在地まで行ったところ、見つかったのは残念ながら国際免許証でパスポートではなかったんです。また、パソコンやスペインで生活するために持って行ったものはすべて盗まれてしまっていました。その後も、盗まれたバンは見つかっていません。

 この事件をSNSで公開したところ、ありがたいことに日本はもちろん世界中からたくさんの方が支援してくださり、車に関しては保険もあったので、なんとかチームとしてある程度準備ができた状態で、シクロクロスのシーズンを迎えることができました。」

最後の質問です。将来のOlanda Baseは、どのような存在になっていてほしいですか。

「ヨーロッパで活動したいという、個人競技の日本人選手をバックアップできるようになっていたいです。自転車競技もそうなんですが、ヨーロッパでものすごく人気のあるスポーツでも、日本では競技人口も少なくあまり注目されないスポーツって、たくさんあります。例えば、スキー競技全般・スピードスケート・ホッケーなどの競技は、ヨーロッパではとても人気がありますが、日本で大きく注目されることは少ないですよね。

 でも、こうした競技の本場はヨーロッパなので、本場で経験を積みたいと考えている選手は少なくないはずです。

 そうした選手のヨーロッパでの活動をバックアップできる組織にOlanda Baseがなっていると良いな、と考えています。」

ヨーロッパのレース会場で声援を送る梶氏の応援団

  シクロクロスの本場のヨーロッパで、選手としてやっていくことは簡単なことではない。それだけでなく、積極的に他の日本人選手に自分の経験を伝えていこうとしている梶氏。シーズンイン直前にチームのバンを盗まれるという大事件も笑い話に変えてみせるような、しなやかで強い人柄が伺えた。

 Olanda Baseはこれからも、ヨーロッパで活動したいと考えるスポーツ選手にとって、心と体の大切な拠点となっていくことだろう。その活動の幅を広げ、多くの日本人スポーツ選手のヨーロッパでの活動を後押しする存在となるはずである。

(写真提供 梶鉄輝/對馬由佳理)  (インタビュー・文 對馬由佳理)

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