ソフトバンク・川口冬弥の武器は「『自分が何様か?』を理解していること」

ソフトバンク育成6位ルーキー・川口冬弥の勢いが止まらない。支配下登録を勝ち取っただけでなく、1軍ブルペンに欠かせない存在になっている。アマチュア時代から二人三脚で共に歩んできた、ハナマウイ投手コーチ・中山慎太郎氏に「今の川口をどう見ているのか?」聞いた。

~「未熟な投手」なのは自分が一番わかっている
川口はパ・リーグ優勝争いに絡むソフトバンクで注目の存在だ。昨年秋のドラフト育成6位で入団した25歳の新人は、「7月末の期限までに支配下登録されること」を目標に掲げていた。しかし当初の想定とは裏腹に、歯車は勢い良く回り始めている。
「(支配下登録の連絡は)突然のことで混乱しました。その後も日々、あっという間な感じで…」と川口は振り返る。
6月20日に支配下登録されると、翌21日の阪神戦(甲子園)で1軍デビュー。その後も1軍帯同を続け、マウンド上では無失点登板を重ねている。
「キャンプ、オープン戦、ファームと何も変わっていないと思います。自分のできること、目の前のことを1つずつやるだけ。未熟な投手、気を抜いたらめちゃくちゃに打たれるレベルなのは自分でわかっていますから」
「毎日、たくさんのことを学べています。それが経験というのかな…。 2軍にいた時から捕手の谷川原(健太)さんに本当に良くしてもらえて、大事なことを聞くことができるのが大きいです」
育成契約というプロ野球界のカースト最下層から、1軍という最上層へ上り詰めた。しかしここで満足する気などなく、「もっと上に行きたいです」と繰り返す。

~力を伝えるベクトルの方向を1つにする
「登板に向けてリリーフカーで出てきた時は、『トウヤ!』と絶叫してしまいました。今までは投手コーチ的立場から常に冷静に見ていたのに、自分でも驚きました」
ハナマウイ投手コーチ・中山慎太郎氏は、川口の1軍登板を初めて見た日のことを苦笑いで振り返る。6月28日のロッテ戦(ZOZOマリン)、8回裏のことを「一生、忘れない」と言う。
「ハナマウイ時代から、結果がどうなっても冷静に分析しつつ見ていました。甲子園でのプロ初登板を映像で見た時もそうだった。でも実際に生で見たら、感情が抑えれらませんでした」
「こんな姿、初めて見たかも…」と同行した妻にも驚かれた。出会った当初は、「球威はあるが投げ方がメチャクチャで、どこへ行くかわからない投手」(中山氏)の晴れ舞台に心が揺さぶられた。
出会いは川口が大学4年春頃、中山氏が通っていた初動負荷トレーニングジムだった。(中山氏が)鏡に向かいシャドーピッチングをしていると「あの、野球をやられているのですか?」と声をかけられた。
「高校、大学と満足に投げておらず、卒業後の進路にも迷っていると言う。ハナマウイへ誘うと二つ返事できてくれた。メカニクスなど考えず、強く腕を振るだけの投手だった
球速150キロ近くを計測することもあるが、良い球と悪い球の差が激し過ぎる。メカニクスをしっかり意識しつつ二人三脚で投球を作り上げていった。
「力を伝えるベクトルの方向を1つにまとめることを重視しました。具体的には体幹、お腹周り(=腹斜筋)、体重移動を大事にした。少しずつバランスが良くなって、どんどん伸びていきました」
川口はハナマウイに2年間在籍後、NPB球団へのアピール等も考えて独立・徳島インディゴソックスへ移籍した。しかし2人の関係性が途切れることはなく現在に至っている。
「所属球団でリアルタイムの適切な指導も受けています。だから僕が話すのは、ハナマウイ時代同様、ベクトルの向きを定めること。バランスを整えることだけに注力している感じです」
ソフトバンク入団後も毎日欠かさず連絡が来る。電話、LINE、リモートなどを通じ、「少しでも良い感覚を取り戻せるように…」(中山氏)会話を交わしている。

~自分を俯瞰視できて弱みを受け止められるのが武器
「最大の武器は、野球に取り組む姿勢と性格だと思います」と、中山氏は人間性にも太鼓判を押す。
「調子に乗ったり天狗になったりしない。NPB選手になったことでのプライドや見栄もない。『できないことはできないです』と、自分の弱さを認められる部分が素晴らしいと感じます」
ドラフト指名時から端正なルックスが一部で話題となり、一部では“絶対顔面”と呼ばれていたほど。それでも浮わつくことなく、地に足をつけて野球に取り組んでいる。
「休日に出掛けても早めに寮へ戻り、夕方には必ず連絡してくる。ソフトバンク寮に併設のジムから、『こんな感じですけどバランス崩れていますか?』とリモートで質問してくることもあります」
「できないことがあると、『まだ全然ダメだ、頑張ろう』と前向きに取り組む。『上手くなるには、自分がやらないと…』と自責の意識が強いのも変わらない部分です」
伸び悩んだり、成績が伴わないと、周囲や環境のせいにする人は少なくない。「全ては自分の責任」ということが刷り込まれていることが大きな武器なのかもしれない。
「初めて出会った時に大学卒業後の進路に関して、『僕なんか本当に行くところがないんです』と真顔で話していた。自分を客観的に見れて、何様なのかがわかっている。そこが最大の魅力かもしれないです」
練習後の疲れている時でもファンサービスを絶対に欠かさない。「いつまでプロ野球選手でいられるかわからないから…」(川口)というコメントも、「本心だと思います」と中山氏は笑う。

~必要最低限のパフォーマンスを維持すること
「『いつ投げるかわからない』という高い緊張感の中にいる。投げなくても肩を作る日もある。肉体、精神の両方で相当な疲労が溜まっているのではないか…」
これまでの野球人生とは異なり、連日試合が組まれているNPBでのプレーは想像以上にタフだ。「ここからが本当の勝負」と教え子の今後を気にかける。
「球速等は変わらなくても、身体の可動域が狭まっている部分も見かけます。ケア、強化を継続してしっかり行うことで、コンディション維持と故障の防止が大事です。ここから先、勝負の夏場以降に備えて欲しいです」
「もちろん、球速150キロを常時投げられるためのレベルアップも必要。でもそこだけでなく、最低限必要なパフォーマンスを絶対に下回らないことも考えたい。平均点を常に維持しつつ、調子が良い時にすごくハマる方が使いやすい投手だと思います」
「川口冬弥」の名前も少しずつ野球ファンに認知されつつある。誰よりも知り尽くしている中山氏に、「『背番号95』右腕のここに注目」というポイントも聞いた。
「独特の投球フォームが武器です。アウトステップしつつも、上半身で身体の開きを抑えて投げ込む。真っ直ぐは抜け気味ながらも斜め上へホップする軌道です。投球フォームと球の軌道のギャップができるので、打者が面食らうはずです」
「声も大きな特徴です。気持ちが高まると自分の世界に入ってしまい、自然に声が出る。これは以前から変わらず、練習中でも追い込む時は、信じられないほど大きな声を出す。演技ではなく自然に出る雄叫びなので、そこにも注目して欲しいです」
学生時代は決して注目される投手ではなかった。クラブチーム、独立リーグで大きく成長をして辿り着いたNPBの舞台。「何があってもしがみつく、という思いは誰よりも強いはず」と付け加える。
「学生時代から野球では悔しい思いしかしてこなかった。『周囲を見返してやろう』という気持ちは強い。だから、プロ野球選手になったからといって満足していない。野球への思い、ハートの強さは心配ないと思います」
25歳でプロ野球選手になった“遅咲き”右腕は、ここまでは素晴らしいものを見せている。このまま立ち止まることなく走り続ければ、“ジャパニーズ・ドリーム”と呼ばれる日もくるはずだ。

7月17日のロッテ戦(北九州)、プロ初失点となる2点本塁打を浴びたが雨天コールドで記録上は無失点のままとなった。
「(無失点が続いたのは)ラッキーとは思わないけど、次の試合に向けてしっかり準備しないといけない」(川口)
結果オーライで済まさず、今後へ向けての姿勢が垣間見えるコメントを出した。川口自身が、「自分が何様か?」を理解できているからだろう。更なる飛躍の可能性を感じさせる“オールドルーキー”、これから何を見せてくれるか注目していきたい。
(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力/福岡ソフトバンクホークス、中山慎太郎)