• HOME
  • コラム
  • 野球
  • 「お前らは補欠じゃなくて切り札なんだ」9年ぶり全国8強の仙台大、控えメンバーを奮い立たせた指揮官の言葉

「お前らは補欠じゃなくて切り札なんだ」9年ぶり全国8強の仙台大、控えメンバーを奮い立たせた指揮官の言葉

 仙台大は8年ぶりに出場した全日本大学野球選手権で2勝し、9年ぶりの8強入りを果たした。準々決勝で明治大に敗れ初の4強入りはならなかったものの、仙台大の強みを表現するには十分すぎるほどの戦いぶりだった。

 打ってはプロ注目遊撃手・辻本倫太郎内野手(4年=北海)、投げてはスーパールーキー・佐藤幻瑛投手(1年=柏木農)が期待通りの活躍を見せた中、仙台大らしい「全員野球」が光ったからこそ手にした2勝は、森本吉謙監督が思い描く理想を体現する2勝でもあった。

6回コールド勝利も、止まらなかった指揮官のぼやき

 今春の仙台六大学野球リーグ戦を取材する中で、強く印象に残った試合がある。4月16日。仙台大が宮城教育大相手に12-2で6回コールド勝ちを収めた試合だ。2回に7点を奪うなど序盤から着実に得点した仙台大が圧勝した一戦だが、試合後の取材時、森本監督は選手たちへの苦言を並べた。

 「話にならないゲーム。これだけいる選手たちの代表として出場している中で、1週間どんな準備をして試合に臨んでいるのか…」

チームを率いる森本監督

 この日は大量リードを奪った4回以降、継投や代打で多くの選手を起用した。しかし目立ったのは、制球難をきっかけに失点を喫する投手や、ボール球に手を出して凡退する野手の姿。森本監督は名指しこそしなかったものの、与えられたチャンスをものにできなかった控え選手たちへの言葉であることは明確だった。仙台大は244人の部員を抱える大所帯。選手たちにとっては、ベンチに入ることさえ容易ではない。そんな中で出場機会を得た者たちの「準備不足」を憂いていた。

 「(選手を)使った方が悪いですけど。チャンスの作り方を間違っている。もっと見直さないと」。指揮官は自らに言い聞かせるように、そんな思いも口にした。

途中出場組の「準備」実ったタイブレークの攻防

 リーグ優勝を果たし、迎えた全国の舞台。1回戦の桐蔭横浜大戦は、0-0のまま延長戦のタイブレークに突入する大接戦となった。

 10回表、仙台大の攻撃。先頭・伊藤颯内野手(3年=鶴岡東)が犠打を決め、1死二、三塁と好機を広げた。ここから森本監督は代打攻勢に出る。まずは左の強打者・田口大智内野手(3年=田村)が四球を選び満塁に。続いてユーティリティプレーヤーとして重宝されている高田直輝内野手(4年=西脇工)が登場し、右翼方向へ外野フライを飛ばす。これが決勝の犠飛となり、その後も打線がつながってスコアボードに「4」を刻んだ。

1回戦で四球を選び好機を拡大させた田口

 その裏、マウンドには川和田悠太投手(4年=八千代松陰)。そしてスタメン出場した坂口雅哉捕手(4年=八王子学園八王子)に代わって、唐澤愛斗捕手(3年=前橋商)がマスクをかぶった。大舞台、しかもタイブレークという緊迫の場面で冷静にリードし、エース右腕と二人三脚で試合を締めくくった。

 田口は今春リーグ戦で一度もベンチ入りすることのできなかった選手。高田は開幕スタメンに名を連ねるも、2戦目以降はベンチを温める試合が続いた。また唐澤は、大学入学後リーグ戦出場経験がなかった捕手だ。まさに、控え選手の「準備」が実った10回の攻防だった。

作ったチャンス、チャンスをものにした選手

 「試合に出られない選手には、『お前らは補欠じゃなくて切り札なんだ』という話をしてきた。試合に出られない時間は選手にとって一番悔しい時間。その時間で腐るのか、前を向くのかで、チームに与える影響は変わる。試合に出られなくてもコツコツ練習して、チームを救ってくれた。本当によくやってくれた。感動します」

 熱戦を終え、森本監督は約2か月前とは大きく異なる穏やかな表情を浮かべていた。特に称賛したのは10回に得点を生み出した代打陣。田口に対しては「使いどころはあそこしかなかった。よく四球を選んだ。苦労している姿を見ていたので、たまらないです」、高田に対しては「練習ではずっとよくて、使いどころを探っていた。あのドラマチックな場面で出したら絶対結果を残してくれるという練習をしていた。素晴らしいの一言」と賛辞を贈った。

リーグ戦未出場ながら全国の舞台を踏んだ唐澤

 決勝犠飛を放った高田は「大事な試合を決めるのは自分しかいないと思って準備していた。気持ちが切れそうになったこともあったんですけど、いつか絶対自分にチャンスが回ってくると信じてずっと我慢していました」と胸の内を明かした。森本監督から言われ続けた「切り札」という言葉が背中を押したといい、「『切り札』とよくおっしゃってくれることで、自信を持って打席に立つことができました」とも話した。

 控えメンバーやBチームのメンバーを常に気にかけ、「チャンスの作り方」を探ってきた指揮官。「準備」を重ね、大一番で指揮官の思いに応えた選手たち。理想を実現した会心の初戦突破だった。

誰一人欠かせない仙台大の野球、秋も神宮で

 2回戦の東日本国際大戦では、変則左腕・樫本旺亮投手(2年=淡路三原)が勝利を呼び込む好救援を披露した。樫本は昨年、春の開幕戦でデビューするも秋のリーグ戦は登板機会を得られなかった投手。それでも焦ることなくオーバースローとサイドスローを投げ分ける独自の投法を極め、今大会チーム唯一の3連投をこなすほどの信頼を首脳陣に与えた。

2回戦で最後の打者を打ち取り雄叫びを上げる樫本

 ベンチ入りできず、スタンドでの応援に回った部員らの力も欠かせなかった。アニメ「SPY×FAMILY」の人気キャラクター・アーニャに扮した池田亮太投手(3年=千葉敬愛)の応援が話題を呼ぶなど、工夫を凝らしたパフォーマンスで仙台大特有の雰囲気を作り上げていた。主将の辻本が「最強の応援団」と呼ぶスタンドのメンバーもまた、「準備」を怠らなかったチームの一員だ。

 大舞台で連勝できたのは、レギュラーメンバーが普段通り、それぞれの役割を果たしたからでもある。特に1回戦のタイブレークでの攻防や、2回戦で追いつかれた直後の7回に5連打などで5点を挙げた攻撃は、リーグ戦同様の集中力をいかんなく発揮する場面だった。しかし明治大戦は打線が2安打無得点と沈黙し、3失策も響いた上での完敗。秋に向け、乗り越えなければならない課題も見つかった。ここからまた、244人の「準備」の日々が始まる。

(取材・文・写真 川浪康太郎)

読売新聞記者を経て2022年春からフリーに転身。東北のアマチュア野球を中心に取材している。福岡出身仙台在住。

関連記事