延長12回、逆転3ランで劇的なサヨナラ勝利 柳、若山、大松、東海大に現れた救世主たち
その日、プロ野球では、東京ヤクルトスワローズがセ・リーグ2連覇を決めた。横浜DeNAベイスターズとの一戦、0-0で迎えた9回裏。1死二塁としたヤクルトの次の打者は、途中出場のルーキー・丸山和郁だった。
ベンチには、代打の神様とまで呼ばれた川端慎吾もいる。川端を出しても申告敬遠の可能性があるとはいえ、髙津臣吾監督は、優勝が決まる重要な場面でルーキーの丸山をそのまま打席に向かわせた。カウント1ボールからの2球目だった。丸山の打球は左中間を破り、ヤクルトはサヨナラ勝ちで優勝を決めた。
その数時間前、等々力球場では昨秋、今春とリーグ連覇し、この秋も優勝を狙う東海大が筑波大との一戦を繰り広げていた。ここまで明治学院大に2勝、武蔵大に2敗で、勝ち点1・勝率0.5の東海大。筑波大に2勝して勝ち点を獲得しなければ、優勝争いから一歩後退してしまう。
大事な筑波大1回戦。初回に2点先制した東海大だったが、6回に筑波大が追いつき延長戦へ。「無死一、二塁・継続打順」のタイブレークで進む試合、両軍とも1死二、三塁を狙う犠打がなかなか決まらない。12回表、ついに筑波大が1死満塁とし、エラーで2点が入った。
その裏、東海大の先頭打者は柳元珍(りゅう・げんじん)捕手(1年・八王子)だった。スタメンマスクを被る日もあるが、まだ1年生で経験も浅く、今季はここまで7打数無安打と結果が出ていない。勝負を大きく左右するこの場面では、代打を出されてもおかしくなかった。
それでも井尻陽久監督は、ルーキーの柳をそのまま送り出した。2ボール1ストライクからの3球目、インコースのストレートにバットを振り抜くと、柳の打球は右中間へと弧を描き、逆転サヨナラ3ランとなった。大事な場面でルーキーを信じて打席に送り出す。そんな采配が見事に当たったサヨナラゲームを、同じ日にふたつ見ることになるとは思わなかった。
あの場面、柳はどんな気持ちで打席に立ったのだろうか。この試合では、柳の他にもふたりの新戦力が大きな活躍を見せた。今回は、そんな三人の救世主たちに迫った。
初スタメンで3安打の大松
この日、リーグ戦初出場にして八番・指名打者でスタメンに大抜擢されたのが、スラッとした長身の右打者、大松柾貴(まさき)内野手(2年・東海大甲府)だった。
開幕からここまで、なかなか得点力が上がらない東海大。「JR東日本との練習試合で、3-4で負けている9回に代打で大松を出したんです。2アウトランナー二塁で、左中間にカーンと打った。向こうの選手が背走しながらダイビングキャッチをしてアウトになったんだけど、これホームランじゃない? という当たりだった。積極性があるから(リーグ戦で)使おうと思って。あの体の割には変化球にもついていくんですよ」。そんな井尻監督の思いを受けて、3回裏に初打席を迎えた大松は、自身初であり、この試合チーム初でもある左前安打を放った。
見事なクリーンヒットでデビューを飾った次の打席には初球を右前に運び、今度は左翼線に二塁打を放った。すべてランナーなしの場面で後続も倒れたため、得点に絡むことはできなかったが、大松はリーグ戦初出場で3打数3安打と最高の結果を出した。1死二塁で打順が回ってきた9回裏には、申告敬遠も経験。観る者にも強い印象を残すデビュー戦となった。
いそうでなかなかいない「大松」という名字。「東海大の大松」と言えば、卒業後ロッテ、ヤクルト、BCリーグ・福井などで活躍し、現在はヤクルト打撃コーチの大松尚逸氏が思い浮かぶのではないだろうか。大松柾貴は大松氏の兄の息子、つまり甥にあたる。
前日、叔父にスタメン出場が決まったことを告げると「失敗を恐れずに積極的にいけ」とアドバイスをくれた。その言葉通り、積極的にバットを振った結果が猛打賞だった。試合後には「緊張してちょっと震えたんですけど、なんとか自分のできることだけしようと思って頑張りました」と、控えめな言葉と共にさわやかな笑顔を見せた。
高校のときは打率が2割にも満たなかったという大松は、大学生になってから打力を上げるためにタイミングの取り方を勉強した。東海林航介外野手(3年・星稜)や森球紀内野手(3年・東海大静岡翔洋)などいろいろな人に話を聞いて試行錯誤し、自分に合ったタイミングを見つけた。「ピッチャーがグローブからボールを離した瞬間にバットを引いています」。
「右中間、左中間に抜けるツーベースを打てるようなバッターを目指している」と言うが、すでに広角に強い打球を打てるということを見せつけた。将来は「社会人で長くできる選手になりたい」と言う。まずは、大学での大きな一歩を踏み出した。
無死満塁を無失点で切り抜けた若山
まさか、あの場面で1年生投手がマウンドに送られるとは思わなかった。
2-2で迎えた9回表、守備についていた東海大は無死満塁のピンチを迎えていた。すでに4番手が投げており、残っているのは経験の浅い投手ばかり。そんな中、東海大ベンチから小走りで出てきたのは、若山恵斗投手(1年・東海大甲府)だった。
若山といえば、春のセンバツ。東海大相模との “東海大対決”で11回まで投げ抜いた投手だということを記憶している人もいるのではないだろうか。エースとして厳しい場面もたくさん経験してきた投手であることは確かだが、大学では春に1イニングを投げた経験しかないルーキーだ。少し荷が重いのではないか……などという考えは一瞬で吹き飛んだ。
とんでもない場面での登板なのに、かたくなっているようには見えない。球速こそ140キロに満たないが制球良くストレートを投げ込み、変化球も巧みに操る。最初の打者から空振り三振を奪うと、大きなガッツポーズを見せた。残りふたりを連続で一ゴロに打ち取り無失点でこの回を切り抜けた若山は、小さな体を大きく弾ませながら、はしゃぐチームメイトたちの輪の中に入っていった。
東海大は9回裏、1死一、二塁のチャンスを生かせず、そのまま延長戦へ。10回からは「無死一、二塁・継続打順」のタイブレークで行われる。引き続き若山がマウンドに上がった。10回は併殺打と空振り三振、11回は投手への犠打をすかさず三塁に投げ進塁を阻止、後続を左飛に打ち取った。決着がつかないまま延長戦は12回に突入。再び犠打での三塁進塁は阻止したが、次の打者に初めて安打を許した。無死満塁を無失点で切り抜けた男は、そんなことで崩れない。1死満塁でも落ち着いた投球で内野ゴロを打たせた。ところが、思いがけぬ味方のエラーで2点を献上することに。それでも若山は得意のけん制で一塁走者を刺し、この回を締めた。
あとは野手がなんとかしてくれるのを待つだけ。バッテリーを組む同期の柳がやってくれた。12回裏、先頭でバッターボックスに向かった柳は、夜空を引き裂く3ラン本塁打を放った。若山はのちに、この瞬間のことを「泣きそうだった」と語った。
絶体絶命のピンチで登板しただけではなく、いつまで続くかわからないタイブレークでも辛抱強く投げ続けた。173センチと小柄な体のどこに、あのパワーと度胸があるのか。「レベルが高い中でやっていて、タイブレークといっても簡単に点が入るわけではない、と気持ちを切らさずにいることができました。 高校から大学に向けてもピンチをどれだけ抑えられるか、どれだけ相手を圧倒できるかというのを考えてやってきたので、緊張もしましたけどいい緊張感でやれたと思います」そう、堂々と言い切った若山。ひとりでもくもくと走り込みをやってきたため、スタミナにも自信があった。
プレーでピンチを救っただけではなく、打者を抑えるたびにガッツポーズを見せ、大きな声でチームを盛り上げた。「高校からそういうスタイルでやっていて、自分が弱気になっていたら相手のペースに飲み込まれると思っていたので、自分を貫き通してやりました。石田隆成さん(内野手/3年・東海大菅生)、濵松晴天さん(内野手/4年・下関国際)に『おまえがスピーカーになってこい』と言われていたので、そうすることを心に決めていました」。
春に1イニング登板し「変化球では抑えていけないからまっすぐで押す」という大学でのプレースタイルが固まった。特に、筑波大はバント、スクイズなどを仕掛けてくるチームなので「とにかくまっすぐで押して、バントを強くやらせて失敗させる」ということを頭に置いて投げた。
今季の東海大には、今のところ「この投手に任せておけば大丈夫」と言えるような絶対的な投手がいない。若山の存在が、今後の東海大の勝敗を左右するかもしれない。
柳が放った逆転サヨナラ3ラン
冒頭で書いた通り、この日は柳元珍捕手(1年・八王子)の逆転サヨナラ3ランが勝負を決めた。打撃の調子はずっと良かったが、なかなか今季初安打が出ず苦しかった。2点ビハインドの12回裏。大事な場面で、自分を信じて「いくぜ!」と送り出してくれた監督の思いにも応えたい。「何としても」という気持ちだった。
筑波大の捕手が、投手に「絶対(打者の)頭にないボールだぞ」と声をかけているのが聞こえた。もし自分が相手捕手の立場だったら、インコースのストレートを選ぶだろう。読みを信じて、バットを強く振り抜いた。「打った瞬間もういったなという感じでした」。打球はフェンスを越え、ダイヤモンドを一周してホームベースを踏んだ柳は、チームメイトの祝福を受けて涙を流した。
中学1年までは内野手だった柳。所属していた稲城リトルシニアの遠征で捕手がいなかったときに「お父さんがキャッチャーなんだからやってみろ」と言われた。柳の父は、巨人の柳桓湊(りゅ・ふぁんじん)ブルペン捕手だ。「正直、あまりやりたくなかったんですけど」と笑う柳だったが、内野手より適性があったためにそこから捕手となった。
東海大に入学してからは、白川航也捕手(3年・東海大札幌)にたくさんアドバイスをもらいながら配球などを学んできた。春の開幕戦で9回に初マスクを被り、その後も少しずつ経験を積んできた。打撃も6打数3安打 打率.500と結果を残したが、リストの強さ、ボールへの押し込みなど課題を見つけて夏の間に強化した。
高校時代、本塁打は練習試合で1本しか打っていない。「課題を明確にしてやってきたことがこういう結果に繋がったのかなと思います。最高の場面で最高の結果が出て良かったと思います」と、満足そうな表情を見せた。1年春からリーグ戦に出場し、守備でも攻撃でも結果を残していくことは容易ではない。それでも柳は「夢を叶えるためには絶対にクリアしなければいけないこと。父の背中を追いかけて、4年後は同じユニフォームを着ることを一番の目標にしています」と上を目指して戦っていく。
大松、若山、柳が、優勝への道を繋いだ。苦しい戦いが続いている東海大だが、このサヨナラ勝ちでチームに勢いがついたことを願うばかりだ。
東海大が本来の力を見せるのはここからだ。