衝撃の”11人連続安打”で7点差逆転 火付け役になった外野手兼捕手「野球って怖い」
「野球って怖いな…」。入社11年目のベテラン社会人野球選手が思わずそう漏らすほどの死闘だった。6月28日に行われた都市対抗東北二次予選、第2代表決定戦。勝った方が東京ドームへの最後の切符を手にする一戦で、日本製紙石巻と七十七銀行が激突した。
6回までは七十七銀行が7-0とリード。試合が大方決まったと思われた7回、ここまで無安打に封じ込まれていた日本製紙石巻の打線が爆発する。水野隼翔(32)のソロ本塁打を皮切りに、何と11人連続安打で一挙10得点を奪い逆転したのだ。冒頭の言葉は火付け役となった水野の口から発せられた。
日本製紙石巻の32歳・水野隼翔「ようやく終わった」
水野は捕手として日本製紙石巻に入社し、数年前から外野手に専念している。現在は捕手の練習をほぼしていないというが、伊藤大造監督からは「絶体絶命の場面では(捕手起用が)あるから頭の準備だけはしておいてくれ」と常々言われており、まさに「絶体絶命」だったこの日は「6番・中堅」でスタメン出場して6回からマスクをかぶった。
「僕自身の難しさは全くありません。ただ、ピッチャーは練習ですら僕に投げていないので、その不安を与えさせないよう、包み込んであげたいという思いはあります」。外野手と捕手の”二刀流”についてそう話した水野。投手に積極的に声をかけて気持ちを落ち着かせた。

7回はソロ本塁打と適時二塁打、その後1点差に迫られた9回は再びソロ本塁打を放ち、バットで貢献。捕手としては柳沼勇輝(24)、甲斐一馬(23)という若手投手二人を巧みにリードした。最後の打者を打ち取ると、天を仰ぎながら、歓喜の輪ができるマウンドにゆっくりと歩いて向かった。どんな心境だったのか。
「すごいな、勝てたな、と…。『うわー!』という感じではなく、『ようやく終わった』という気持ちでした。こんなに点を取られることも、取ることもある。ひっくり返した側ですが、『野球って怖いな』という感情も湧いてきました」
11人連続安打は水野の長い野球人生の中でも初めての体験だった。32歳のベテランでさえも野球の怖さと面白さを再確認する瞬間があるのが、社会人野球の面白さだ。
誰一人諦めないベンチで芽生えた「俺が火を付ける」
水野は橋本優哉(32)と並んでチーム最年長。「最年長として意識していることはあるか」と尋ねると、「ありません」ときっぱり答えた。
「自分自身が必死にやるだけです。周りが関係ないとかではなく、自分自身が必死にやっていないとそういう姿は伝染していくので。仕事として野球をやっている自負もあります。トレーニングも、自分の体と向き合うことも、仕事のうち。戦力になれなければ切られるだけ。『これくらいでいいや』と妥協することなく、毎日の準備を積み重ねています」

とはいえ、伊藤監督からは「水野も橋本も後から行く選手ではない。スタートから出続けてレギュラーとしてチームを引っ張る存在だ」と期待を寄せられている。グラウンドに立ち続け、背中で見せる意識は自然と芽生える。
第2代表決定戦の試合中、主将を務める佐藤晃一(26)と宮川将平(26)が「諦めずに粘っていこう、つないでいこう」とナインを鼓舞した。控え選手もベンチで声を枯らした。5回終了時には、中嶋政弥コーチが「誰かが火を付けないと」と発破をかけた。劣勢でも誰一人闘志を絶やさないチームを目にした水野の心には、「俺が火を付ける」との思いが静かに宿っていた。
水野は自身5度目の都市対抗に臨む。昨年はTDKの補強選手として出場し、鷺宮製作所との初戦で好左腕・竹丸和幸(現・読売ジャイアンツ)から本塁打を放った。「東京ドームで試合ができるのが社会人野球選手の一番の醍醐味。1試合ずつ必死に戦いつつ、東京ドームの舞台を楽しみます」。特別な舞台でもいつも通り、チームを引っ張る。
指揮官が実感した「メンタルトレーニング」の効果
この大逆転劇について、伊藤監督も「まさか11連打で10得点なんて…。今は(11連打の場面を)あまり覚えていないです。次から次へとクリーンヒットが出るのを、今まで野球をやってきた中でも見たことがありません」と驚きつつ、「選手の思いが力に変わったのだと思います」と胸を張った。
日本製紙石巻は今年から専門家を招いて本格的にメンタルトレーニングを取り入れた。指揮官はその効果も実感していた。

「とにかく、自分のできることにどんなことがあっても集中する。野球は間のあるスポーツで、ミスのあるスポーツ。それをどう次につなげるか。どう切り替え上手になるか。時間をかけて何回も取り組んできたのが今日に生きたのだと思います」
今年のチームスローガンは「Affirmation~自分を信じろ~」。これもメンタルトレーニングで登場する「言霊」と似た意味を持つ言葉で、伊藤監督が自ら考案した。自分たちの取り組みや考えを信じ、全員で黒獅子旗を目指す。
(取材・文・写真 川浪康太郎)
