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試合のメンバー表は誰が書いている? 美文字は武器のひとつ、流通経済大の3年生主務 

 試合前に審判立ち合いのもと、両チームが交換するメンバー表。 

 チームや主催団体によっては、このメンバー表を写真に撮って、誰でも見られるSNSなどで公開することもある。記者、カメラマンなどの報道関係者にはコピーを配ってくれることが多く、スコアをつけるときや試合中に選手の情報を確認したいとき、試合後の記事を書くときにも大変役に立つ。 

 先日行われた横浜市長杯争奪第18回関東地区大学野球選手権大会で、整った美しい文字が並ぶメンバー表を目にした。字が上手いというだけでなく、きちんとした姿勢で丁寧に書いたであろうことが想像できるものだった。そんな美文字の主、流通経済大の市村浩一主務(3年・叡明)に話を訊いた。 

メンバー表で負けたくない、得意を仕事に生かす

 大学野球では、主に「主務」と呼ばれる役職の学生がメンバー表を書いている。主務はマネージャーのリーダー的存在で、多くの場合、試合中はベンチに入りスコアをつける。それ以外にもこなさなければならない業務がたくさんある中で、大学名をはじめ、選手たちのポジション、氏名とフリガナ、出身校とフリガナ、背番号などを試合のたび手書きするという業務は、少々負担ではないだろうか。 

 だが、個人的には、メンバー表が手書きであることをありがたく思っている。文字には性格が表れるからだ。筆者は書道を教える資格を持ち、筆跡診断も学んだことがあるため、文字から得られる情報を日頃から大切にしている。メンバー表も、出場する選手の情報だけではなく、書いた人物の性格やチームへの関わり方を想像し、それを取材に生かすこともある。 

 この日もいつものように各チームのメンバー表を眺めていると、ひと際美しい文字が目に飛び込んできた。教科書に出てくるお手本のような文字たち。バランスが良く、クセもない、雑に書かれた文字もひとつもない。書いた人はどんな性格なのだろうと想像する間もなく、本人に直接話を訊きたい、そんな思いに駆られた。 

 それは、流通経済大のメンバー表だった。中央学院大との試合後、メンバー表を書いた市村浩一主務のもとへ向かった。 

枠に対しての文字のバランスまで考えて丁寧に書かれたメンバー表

 開口一番「字があまりにもキレイだったので、どうしても書いた人に会って話を訊きたいと思いました」と伝えると、市村は少し戸惑いながらも「ありがとうございます」と笑顔を見せてくれた。 

「メンバー表で負けたくないという気持ちがあるので、リーグ戦のときも全部自分で書くようにしています。今回も気合いを入れて書きました。こどもの頃は、字が上手に書けなくて、習字を習って直しました。小学4年生くらいから中学3年生まで、7年近く習っていました」 

 埼玉県出身の市村は、地元の叡明高校に進学。1年時は内野手だったが、2年時には試合に出られないことを条件に、1年間マネージャー・記録員としてAチーム(一軍)に帯同することになった。そして、最後の1年は再び内野手に戻ったという。 

 なかなか見ない経歴だが「字を書くことが得意というのが、マネージャーの始まりでもありました。スコアを書くことも好きです」と、大学にはマネージャーとして進学することを決めた。流通経済大で3年目のシーズンを終え「今思うと、一番いい選択をしたなと思います」と話す。東京ヤクルトスワローズファンでもあることから「大学野球をやるなら神宮球場で」との思いも、今春の大学選手権出場で叶った。来年も、大学選手権、明治神宮大会への出場を目指す。

地方の強豪チームで頑張るという選択

 流通経済大は、この秋の東京新大学野球リーグ戦で3季連続33回目の優勝を果たしたチームだ。市村は、そんなチームを今年は主務として支えた。 

 流通経済大のマネージャーは今年、男性が4年生1人と3年生の市村、女性は4年生4人、3年生1人で、2年生、1年生は男女ともひとりもいなかった。主務は毎年4年生のマネージャーが担う。「選手をやめる4年生も(候補として)いたんですけど、そういう人が急に主務をやるのではなく、マネージャーとして入学して2年間やってきて、ある程度チームを知った自分がやった方がチームのためにもいいのではないかと思いました」と、今年は3年生の市村が志願して務めた。また、市村には社会人野球でもマネージャーを続けたいという思いがある。「社会人のマネージャーは狭き門ですが、周りに勝てる部分を考えたときに、2年間主務をやった経験があればと思いました」。 

 今年は、監督も交代し髙野重弘氏が就任。市村は「個性の強い代だったんですけど、監督さんも加わって、練習はしっかりやりながらも個性を生かすようなのびのびとした野球ができたと思います。どちらかがずば抜けているわけではないですが、ピッチャーとバッターが噛み合って、さらにメンタル的な部分も噛み合っていたと思います」と昨秋に続き、春・秋とリーグ連覇をしたチームの1年を振り返った。 

 そんな流通経済大だが、2022年のシーズンが終わった今、マネージャーは新4年生のふたりだけになってしまった。「地方の大学というのもあって、マネージャーとして目指してくれる人がなかなかいないですね。来年の志望者も今のところゼロです。魅力があともうひとつという感じですかね」。市村は、そう苦笑いする。マネージャーの醍醐味を尋ねると「大会が終わったときの、これまでいろいろやってきたことが無事に終わって良かったなという安心感、小さな達成感が好きです。周りにすすめるならそういうところを言います」と答えた。 

試合中はベンチに入りスコアをつける市村主務

 市村の業務は多岐に渡るが、120人近くが住む寮でのマネージャー業務もひとりでこなしている。最終学年を迎える市村と共に「強豪チームを支えたい」という熱い思いを持った学生が、ひとりでも多く入部してくれることを願わずにはいられない。 

 せっかくなので、最後に市村が普段使っているペンを紹介したい。キレイな文字を書くためには自分に合った筆記用具を選ぶことも大切だ。「去年の春まではシグノのキャップつきのペンを使っていたんですけど、今はジュースのノック式のペンを使っています」。書きやすいペンを探している人は、参考にしてみてはいかがだろうか。 

 野球に限らず当たり前のことだが、試合に出ている選手だけがすべてではない。選手たちがのびのびとプレーできるように、見えないところでたくさんの人が動いている。どんなに小さな仕事でも、誰かが見ているかもしれない。それが未来に繋がるかもしれない。自分のやるべき仕事を地道に丁寧に続けている人が、ここにいる。 

好きな時に好きなだけ神宮球場で野球観戦ができる環境に身を置きたいと思い、OLを辞め北海道から上京。 「三度の飯より野球が大好き」というキャッチフレーズと共にタレント活動をしながら、プロ野球・アマチュア野球を年間200試合以上観戦。気になるリーグや選手を取材し独自の視点で伝えるライターとしても活動している。 大学野球、社会人野球を中心に、記者が少なく情報が届かない大会などに自ら赴き、情報を必要とする人に発信する役割も担う。 面白いのに日の当たりづらいリーグや選手を太陽の下に引っ張り出すことを目標とする。

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