釧路で再起したアイスホッケー「北海道GRUS」~チーム誕生とXHL参戦の軌跡
北海道の東部に位置する港町、釧路。この街において「アイスホッケー」は単なるスポーツの枠を超え、人々の生活に深く根ざした「文化」として息づいている。しかし、2024年に「北海道ワイルズ」が東京へ移転したことで、釧路からトップチームが消えてしまった。
失われた氷上の熱狂を取り戻すため、地元有志たちが立ち上がる。釧路で工務店を営む原輝樹氏らが中心となり、設立準備会を結成した。
2年後の2026年、ついに釧路の新たなアイスホッケーチーム「北海道GRUS(グルス)」がXHL(エクストリームアイスホッケーリーグ)に参戦することが決定。チームを運営するNPO法人の代表理事となった原氏の目線から、XHL参戦までの軌跡と、リーグに向けた意気込みを語ってもらった。
“マイナス”から始まった「北海道GRUS」結成への険しい道のり

釧路の発展は、常にアイスホッケーとともにあった。公営の屋内スケートリンクが3か所も存在し、夏には関東の有名大学や全国の強豪チームがこぞって合宿に訪れる。冬になれば小学校の校庭にホースの水でお手製のリンクが作られるなど、誰もが当たり前のように氷に親しむ環境が整っている。
釧路のアイスホッケーは、1949年の「十条製紙釧路工場アイスホッケー部」創部から70年以上にわたる歴史がある。社名変更に伴い1993年に誕生した「日本製紙クレインズ」は、日本屈指の強豪として君臨。氷都・釧路の象徴であり、市民の誇りであった。
しかし、2019年に運営体制が変更されて以降、給与遅配・未払い問題が表面化し、2024年に活動停止。さらには前述した後継チームの東京移転という試練に見舞われ、街からトップチームが姿を消してしまったのだ。
アイスホッケー連盟の立場で大会運営に携わり、チーム存続問題から今回の新チーム立ち上げに至るまで、釧路のアイスホッケーと深く関わってきた運営事務局の一人はこう語る。
「釧路はアイスホッケーの恩恵を多大に受けている街です。全国から合宿が来ることで地元経済が潤い、試合が行われることで街が活気づいてきました。アイスホッケーとともに育ってきた街だからこそ、これ以上の衰退を防ぎたかった。街おこしという側面も担っているんです」
釧路は育成年代のレベルも全国トップクラスを誇る。だからこそ、子どもたちの目標となるトップチームの不在は、街にとって大きな痛手だ。チームから給与が払われない選手たちを雇用するなど、釧路のアイスホッケーを支援してきた原氏は、当時の喪失感を次のように振り返る。
「心にポッカリと大きな穴が開いた感覚でした。そんな状況とは裏腹に全国レベルで戦っている子どもたちの姿を見ていたら『大人ももう一度奮起しなければ』と、強い使命感を感じました」
しかし立ち上げ当初、冷ややかな声があったのも事実だ。「釧路にチームは本当に必要なのか」「また同じことの繰り返しではないか」。過去の騒動に振り回された街は、新チーム設立に半信半疑だった。
「過去のネガティブな出来事があり、実際はゼロではなく”マイナス”からのスタートでした。話をする中で、アイスホッケーへの熱が冷めているのも感じました。チーム作り以前に、まずは市民の感情をフラットな『ゼロ』に戻すことが大きな挑戦だったんです」(原氏)
XHL(エクストリームアイスホッケーリーグ)参戦への決断
チーム再建へ向け、当初彼らが目指したのは国内最高峰の「ALIH(アジアリーグアイスホッケー)」参戦。だが、資金力、選手のレベル、地域密着の基盤など、クリアすべきハードルはあまりにも高かった。
「できればアジアリーグへ、というのが本音でした。ただ、参戦条件を完璧に揃えるにはかなりの年数を要し、その間に地元の指導者や選手層のレベルが低下してしまうという強い危惧がありました」(原氏)
無理をして持続性を失えば、釧路のアイスホッケー文化そのものが途絶えてしまう。そこで下した決断が、2025年に新設された「XHL(エクストリームアイスホッケーリーグ)」への参戦だ。

日本アイスホッケー連盟が主催するXHLは、アジアリーグに届かない選手の受け皿を作るだけでなく、競技全体の普及を理念に掲げている。「子どもたちが目指せる場所を作り、ホッケーの裾野を広げる」という北海道GRUSの想いとも通じていた。
実際に現地へ足を運び試合を視察した原氏は、新興リーグXHLに確かな情熱と未来を感じ取っていた。
「準備や一つひとつのプレーに対して真摯に向きあっているチームの姿はすごくリスペクトできるものでした。リーグ全体では東京ワイルズが頭一つ抜けてはいますが、他チームも少しずつ差を縮めてきています。その結果の裏側には各チームの地道な努力があり、そうした姿勢にリーグの未来を感じました」
ゼロから歴史を創る、初代メンバーの覚悟

結成初年度のチームに加入することは、選手にとっても将来の保証がない大きな賭けとなる。クラブ側は耳当たりの良い言葉を並べるのではなく、厳しい現実をありのままに伝えた。だからこそ、原氏は自発的に集まった初期メンバーたちに大きな期待を寄せている。
「一年目のチームなので、茨の道しかないんだと伝えました。僕から頭を下げて来てもらった選手は1人もいません。大変な状況を十分に理解し、自分から『やりたい』と熱い思いで来てくれた選手が集まってくれました」(原氏)
そんな選手たちを支える仕組みに「デュアルキャリア制度」がある。競技専任のプロ契約ではなく、地元企業の社員として働きながらプレーする。これは選手の生活基盤を確保するだけでなく、地元企業の人材確保やチームの持続可能な運営にもつながり、選手・企業・チームの三者にメリットがある。
「釧路のような地方都市では、現場を支えるマンパワーが不可欠です。現在も地元企業様へ説明に回っており、来年以降はより地域と密着した取り組みにしていく予定です」(原氏)
釧路で選手としてプレーしながら地元企業に就職する。そしてその会社の同僚が応援に来てくれる。釧路からホッケー界全体を盛り上げ、いつか「アイスホッケーの活動だけで選手がご飯を食べていける未来」を創るという大きな夢もある。

そして、氷上の戦士たちを束ねる初代監督には、元日本製紙クレインズの“鉄人”小林弘明氏が就任。原氏とは高校時代の同期であり、就任までに何度も熱い対話を重ねた。あらゆる関係者から「小林なら間違いない」と太鼓判を押された新監督を迎え入れ、7月5日からチームは本格的な練習をスタートさせた。
街のシンボル「GRUS(タンチョウ)」は再び大空へ

過去のチームを教訓とし、NPO法人として透明性を担保しながら、健全なクラブ運営を徹底する北海道GRUS。いよいよ今秋から開幕する初年度の戦いに向け、最後にチームが目指す姿を伺った。
氷上で体を張る選手たちと同様に、代表理事としてクラブを背負う原氏もまた、フロントの最前線で情熱をたぎらせている。
「私自身が諦めの悪い人間なので、選手たちにはどんな試合になっても最後まで絶対に諦めない試合をしてほしいですね。XHL参戦決定の際、全国のアイスホッケーファンの皆様から大きな反響をいただき、身が引き締まる思いです。その期待を裏切らないよう、一歩ずつ着実に北海道GRUSが成長していく姿を見ていただきたい。より一層応援してもらえるような、熱いチームを作っていきます」
そして、長期的には「文化としての定着」と「循環型育成モデル」の構築を見据えている。
北海道GRUSを引退した選手が地元の子どもたちを指導し、成長した子どもがGRUSで活躍する。トップチームがなければ、この育成の連鎖も途絶えてしまう。勝敗以上に、街中で大人も子どもも「次も頑張れ」と気軽に声をかけてくれるような、地域から愛されるチームになることが目標だという。
チーム名の「GRUS(グルス)」は、ラテン語で釧路のシンボルである「タンチョウ」を意味する。厳しい冬を耐え抜き、美しく羽を広げるタンチョウのように。消滅の危機を乗り越えた北海道GRUSは、市民の希望と誇りを背負い、新たな氷上の歴史を熱く、そして泥臭く刻み始める。
