ベンチに掲げられた「背番号18」 エース不在の危機救う奮投と“涙”に見た未来
サヨナラ勝利を決める打球は、無情にも右翼席へ着弾した。打たれた2年生右腕はその場に泣き崩れ、しばらく涙が止まらなかった。
10月24、25日に盛岡市で開催された明治神宮野球大会東北地区大学野球代表決定戦。リーグ戦準優勝のため初戦での連勝が必須だった青森大は1試合目を7対5で制したが、2試合目はサヨナラ負けを喫して敗退した。2試合目の9回、マウンドには7回から好投を続ける佐藤佑樹(2年=酒田光陵)。1死一、二塁から東日本国際大・伊藤航大(4年=東海大相模)に一発を浴び、先輩の木村駿介(4年=東奥義塾)に体を支えられながら整列に参加した。
エース不在の中で見せた投手層の厚さ
今大会は10月22日のプロ野球ドラフト会議でDeNAから4位指名を受けたエース・小金井凌生(4年=日体大荏原)が肘痛の影響で登板を回避した。ベンチには小金井が身に着ける背番号18のユニホームが掲げられた。

春秋のリーグ戦で計8勝を挙げ、今秋は最優秀防御率賞とベストナインに輝いた右腕の不在は大きな痛手。その状況下で、青森大は投手層の厚さを見せつけた。1試合目は小原昇羽(3年=平塚学園)、及川蓮志(1年=日本航空石川)、松井琉都(4年=帯広緑陽)、木村とつないで逃げ切り。2試合目は先発した斉藤主眞(4年=北星学園大付)が6回途中1失点と好投し、後を受けた津田快成(1年=横浜創学館)と佐藤も粘投した。
同期の指名に「自分も頑張らないと」
木村は1試合目の7回2死から救援登板し、最後まで投げ切った。武器は大学4年間で磨いてきた力強い直球。8回は2死満塁のピンチでロッテからドラフト4位指名を受けた黒田義信(4年=九州国際大付)を迎え、ここでも直球勝負を貫いて左飛に抑えた。「開き直って、自分のボールで勝負して打たれるなら仕方ないと思って投げました」。今は自信を持ってそう言えるが、大学ラストイヤーの今年は苦しむ時間の方が長かった。
昨年の全日本大学野球選手権で最速149キロを計測して注目を集めるも、今年は春先から不振にあえいだ。コンディション面の不調が長引き、春のリーグ戦はクローザーの役割を果たすことができなかった。「一時期は練習も『これくらいでいいや』と投げやりになってしまって……春が終わってからは『辞めてしまいたい』とさえ思いました」。焦りと不安で極限状態に陥った。

プロ志望届を提出するも指名漏れ。「今年の働きぶりからしたら納得というか、受け入れるしかない」と現実を受け止めた。一方、ドラフト当日は嬉しい出来事もあった。大学の同期である小金井と高校の同期である富士大・角田楓斗(4年=東奥義塾、オリックス1位指名)が指名を受けたのだ。
「小金井と角田の名前が呼ばれて、『自分も頑張らないと』と気が引き締まりました。野球に対しての熱をもう一度燃え上がらせてくれたというか」。切磋琢磨した二人のおかげで尻に火が付いた。そして今大会は、「みんなで小金井を神宮に連れて行こう」と仲間を思って全力で腕を振った。
「小金井の偉大さが分かる2試合」
2試合目で140キロ台の直球と多彩な変化球を織り交ぜて好投した斉藤も、ドラフトで指名漏れを経験した。「もちろん指名されたかった」のが本音。ただ、「2年後にもう一度注目されて指名されるという新しい目標ができたので、ポジティブに捉えています」と後ろ向きにはならなかった。
小金井の指名は「素直に嬉しかったです」。ベンチに「お守り替わり」として背番号18を掲げたのは、小金井からユニホームを受け取った斉藤だった。「今まで小金井におんぶにだっこの状態でした。自分と小原が先発で引っ張って、(小金井を)全国でもう一回投げさせてあげられたらと思って挑みました」。熱い思いを胸に秘めてマウンドに上がり、持ち味を存分に発揮した。

結果的に全国出場はならず、斉藤は「小金井の偉大さが分かる2試合でした。エースだったんだなと、改めて感じました」としみじみ口にした。そして、「小金井の背中を追いかけて、いつかまたプロで一緒にプレーできるよう、もう一度自分を見つめ直して頑張ります」と決意を新たにした。木村も斉藤も社会人で野球を続け、2年後のプロ入りを目指す予定だ。
受け継がれる4年生の思い
試合後のバッテリーミーティングの際、涙が止まらない佐藤を小金井が励まし続けた。それは約1年前、優勝が懸かる秋季リーグ最終戦で打ち込まれ、泣き崩れた小金井を先輩たちが励ます光景と重なった。当時、引退する4年生から「来年はお前が引っ張ってくれ」「絶対にプロに行けよ」と声をかけられた小金井は、1年間でさらなる成長を遂げてドラフト指名を勝ち取った。
悔しい経験を経て、4年生の思いは後輩たちに受け継がれる。そしてまた、盤石な投手陣が出来上がる。青森大を巣立つ者、青森大を託された者の、明るい未来を感じさせる2試合だった。
(取材・文・写真 川浪康太郎)
