地中海を風になって走り抜けた4日間―ICFカヌーオーシャン・レーシング世界選手権―
海辺の観光地へ旅行すると、かなりの確率で出会うアトラクションに、シーカヤックで海に出るというものがある。シーカヤックを使うことで、海の上から海岸の断崖絶壁が見えたり、陸からは行くことができない入り江などを訪れることができるので、人気のあるアトラクションの一つである。
しかし、このシーカヤックがスピードを争うレースになると、船の名前と形態が大きく変化する。サーフスキーと名前を変えた船は、全長約6m・重さ約10㎏のカーボン製。波の状態によっては時速25㎞を超えるスピードで、海の上を滑るように走る。
そのサーフスキーの世界選手権が10月中旬にスペインの地中海沿いの町・ビリャホイオサで開催され、日本代表として一原枝厘花(いちはら えりか)選手と清水健太(しみず けんた)選手が出場した。

40か国・800人以上の選手が出場
今回の世界選手権には、世界中から800人以上の選手が参加した。種目は一人乗りのショートコースレース(4.8㎞)・一人乗りのロングコースレース(22㎞)・2人乗りのロングコース(22㎞)の3つあり、この3つすべてに一原選手と清水選手が出場した。
一人乗りのショートコースレースは、ビーチに近い海中にブイがたてられたコースがあり、30分ほどでレースは終わる。しかし、ロングレースコースはスタートとゴールは設定されているものの、その間のコースは、波の状況などを見たうえで選手が独自に判断する。
サーフスキーは一旦波に乗り、その後波から滑り降りることでスピードを上げる。そのため、波に乗ることが上手な選手は多少距離が伸びたとしても、良い波をとらえることができるコースを選択することも多い。
しかし、世界選手権期間中のビリャホイオサは風がなく、波も低い状態が続いていた。こうした状況では選手は波に頼ることができず、自身の腕力で船を漕ぐことになる。そのため結果的に、波に乗ることが上手な選手よりも、パワーのある選手が上位を占めた。
レースを終えた日本代表の清水健太選手と一原枝厘花選手に、今回の世界選手権の感想などを聞くことができた。

清水健太選手
一人乗りロングコースのレースが終わりました。どのような感想を持たれましたか。
清水健太選手(以下、敬称略)「まず、参加者の多さに驚きました(男子1人乗りロングコースレースには約570人が参加)。スタート前に、ビーチの端から端まで選手とボートが並んでいる様子をみて、自分がその中に入っていることがすごく嬉しかったんです。
レース前には追い風が吹くかと思っていたのですが、実際には風はほとんどなく、漕ぎやすい日ではありました。ただ、自分は波を使ってスピードを上げたいタイプなので、それができなかったことは、少し残念ではありました。」
清水選手は外国でのレースの経験が豊富ですが、スペインでのレースは今回が初めてと伺っています。今回、レース内外の経験を含めて、この辺がスペインぽいな、と感じたことはりましたか。
清水「スペインぽいとは少し違うかもしれませんが、今回のレース中、海からビーチや街を見たときに、とてもきれいだなと思いました。また、地中海の透明度が高いのに驚きました。
また、初日のショートコースが終わった午後に、全選手が参加するパレードと開会式がありました。パレード中に、沿道の両側に大勢の人が拍手してくれているのを見て、自分たちがすごく歓迎されていることがわかってとても感激しましたし、それは他の外国でのレースでは感じたことがない感覚でした。」
清水選手がこの競技を始めたきっかけとは、どのようなものでしょうか。
清水「出身地の奄美大島では、シーカヤックが身近な海のスポーツなんです。自分の父や家族もシーカヤックをする人だったので、自然にこの競技に親しんでいた、という感じです。
シーカヤック、特にサーフスキーをする人の多くは、一原選手のようにライフガード競技からこの種目に転向する人が多いんです。私のように直接この競技を始める人は少数派ですね。」

清水さんにとって、サーフスキーの魅力とはどのようなものなのでしょうか。
清水「体一つで海に5分漕ぎ出せば、陸の上では経験できない世界を経験できることでしょうか。海の上は静かですし、風と波しかない一人の時間があります。また、レース中はライバルがいたとしても、それぞれコース取りが違うので、やはり一人になる時間が多いです。
また、海でのレースでは、ダウンウインドと呼ばれる風上から風下へ漕ぐ方法を取ると、とても早く進むことができます。ダウンウインドをとると時速25㎞以上まで、船のスピードが上がるんです。
今回は波がほぼない状況だったので、ダウンウインドを利用することはできませんでしたが、体一つで比較的簡単に時速25㎞の感覚を得られるスポーツはそれほど多くないので、それもこの競技の魅力だと思います。」
日本人がサーフスキーで、世界の舞台で戦うために、必要なことは何ですか。
清水「海外のトップレベルって、フィジカルの条件自体が日本人とは全くと言ってもよいほど違うんです。特に今日のように波のない状況では、漕ぐための馬力が順位に直接かかわってきます。腕力をはじめとするパワーが、常に必要とされます。
その一方で、波に乗る能力というのもやはり必要です。海の状況は常に変わるので、スタート直後は波がなかったとしても、漕いでいるうちに波が高くなることもあります。その波を生かせないと、やはり世界のトップで戦うことはできないのも事実です。
フィジカルなパワーと波に乗るテクニックの両方が、必要ですね。」

一原枝厘花選手
今回の世界選手権のレースの感想を聞かせてください。
一原枝厘花選手(以下、敬称略)「今回が私にとって、3度目の世界選手権でしが、ここ数年で見ても一番良い漕ぎができたと思います。
レース的には、この会場に入るのが移動の関係で少し遅くなってしまい、公式練習ができず、コースを地図上でしか確認できない状態でレースをすることになってしまいました。
私は一人乗りロングコースレースが終わってから、男女ミックスのロングレースに出たのですが、男女ミックスのレースのコースは、一人乗りロングコースレースのコースのちょうど逆方向だったんです。だから、理論上は1人乗りレースも男女ミックスのレースも同じ距離になるはずなのですが、実際には男女ミックスのレースで自分たちが漕いだ距離の方が短くなりました。だから、前もって公式練習で実際のコースを見ておきたかったですね。
また、波はほとんどなかったのですが、レース中は前を走る船や警備艇のうねりを利用しながら、波に乗ることができたのは良かったと思います。」
レースの内外でスペインらしさを感じたことは、ありましたか。
一原「とにかく予定時間通りに物事が始まらない、というのが印象的でした。それも海外でのレースの醍醐味ですが、どんな時でも臨機応変に対応できないと、国際大会では戦えませんね。」

一原選手がサーフスキーを始めたきっかけとは、どのようなものだったのでしょうか。
一原「大学時代にライフセービングの競技をしていたんです。ライフセービングの競技にはいくつか種類があるのですが、その中で自分が選んだものがサーフスキーだったんです。
実はオーシャンレーシングは南アフリカのライフセーバーが始めたスポーツということもあり、この競技の起源を私も辿った感じですね。
とはいえ、ライフセーバーのなかでも、私のように専門種目としてサーフスキーを選ぶ人は少数派です。機材を揃えるのが大変ですし、持ち運びも大変ですから。」
レース中、命の危険を感じたことはありますか。
一原「幸い命の危険を感じたことはほとんどありません。でも、大学時代にサーフスキーの練習中に船から落ちて、波に巻き込まれてしまったんです。その時にパドルを手放さずにいたので、波に腕が引っ張られて、肩が脱臼のような状態になってしまったことがありました。当時、人生でもめったにないほど調子の良い時期だったので、とても悔しい思いをしました。」
今回のようなサーフスキーの世界選手権で日本選手が上位で戦うために、必要なことは何ですか。
一原「今回のような波やうねりのないフラットな環境では、スタートの時点からしっかり前の選手についていくことができないと、上位に行くことは難しくなります。
スタートから先頭集団につけることができれば、そのままあまり順位が変わらずにゴールまで行けますし、コース取りも他の選手の様子を見ながら行けるので、距離や体力のロスも少なくなると思います。
また、スタートに関しては、今回私が出場した3種目とも、スタートの方法はそれぞれ異なっていました。ショートコースレースでは、海に浮かべた船にジャンプして乗り込む方式でした。また、一人乗りのロングコースレースは砂浜に置いた船を選手が海までダッシュしながら引っ張って乗り込みましたし、最後の男女ミックス2人のりロングコースは海上に浮かべた船に選手が乗り込んだ状態から、スタートしました。
スタートの方法はレース当日にならないとわからないこともあるので、どんなスタートの形態であっても自分が対応できるように、日頃から練習しておかなくてはならないと思います。」

長距離移動や時差や環境の違い、そして波のないフラットな環境といったハンディキャップを乗り越え、スペインの世界選手権で世界のトップクラスと戦った4日間。清水選手も一原選手も、世界の壁の厚さを感じたと同時に、今後に向けての課題と手ごたえも見つけたようである。
この経験を日本でのレースに生かし、同時にもっと多くの人にサーフスキーという競技を知ってもらうこと、それが両選手が最も望んでいることではないだろうか。
(インタビュー・文・写真 對馬由佳理)
