「はじめたその日から、みんな主役になれる!」 ライオンズアカデミーが創り上げた10年の歩みとは?
埼玉西武ライオンズが運営している「ライオンズアカデミー」。かつてプロの世界で活躍してきたOBがコーチとなり、未来を担う子どもたちのために惜しみなくその術を伝授する場となっている。
今年、発足から10年を迎え新たな取り組みも行われた。
今回はアカデミーを担当する「L-FRIENDSグループ」の尾名高悠太さん、そしてライオンズ黄金期に活躍し、発足時からライオンズアカデミーでコーチを務める石井丈裕氏に、アカデミーの誕生から現在に至るまでのお話を伺った。
(取材協力:埼玉西武ライオンズ、文:白石怜平)
コーチは石井丈裕氏らライオンズOBで構成
ライオンズアカデミーは2012年に発足し、今年で10周年を迎えた。
「はじめたその日から、みんな主役になれる!」
を理念に掲げ、埼玉県内6エリア(所沢・狭山・朝霞・飯能・大宮・南与野)に展開。生徒数は650人を超えている。
コーチは今回登場する石井丈裕をはじめとしたライオンズのOB。
野球を始めてみたいという子どもたちや、少年野球チームに所属していない子どもたちなど、経験の有無は関係なく野球を楽しみ、かつ上達できる環境を提供している。
西武ライオンズ憲章に基づいた活動として発足
前述の通り、アカデミーが発足したのは2012年。どんな経緯で発足したのか。尾名高さんは、3つのポイントがあると説明してくれた。
「まず、西武ライオンズ憲章(※)に5つの項目がありまして、そのうち”地域とともに”・”野球界発展のために”という活動指針に基づいた取り組みとして立ち上がりました。
次に、”育成のライオンズ”を継承すること。OBの直接指導を受けることができ、強いライオンズのノウハウを未来ある子どもたちに受け継いでいく想いを込めています。
最後は、球団の持つ豊富な施設を有効活用すること。発足当時の所沢校では、旧室内練習場に加えてベルーナドームも積極的に使っていました。今はライオンズトレーニングセンターを拠点に、選手が実際に使っている施設を提供しています」
(※)社会から信頼され、ファンの皆さまから愛される強い球団となるため、その基本姿勢と責任ある行動を誓い、活動指針として2007年に西武ライオンズが制定したもの。
石井コーチも、グラウンドに立つ側として昨今挙がっている課題に触れつつ補足した。
「やはり、野球人口が少なくなっているという課題を我々も感じています。球団も社会貢献、そして新たなファン獲得を目的として子どもたちのためにと始めた活動でもあります」
事務局とコーチが協力し合い、毎年改善を行う
ライオンズアカデミーの対象は小学1年生〜中学3年生。クラスは全部で24クラスあり、小学生2学年ずつと中学生で区切ってレベルごとに分けている。
基本動作をメインに学べるレギュラークラスを中心に、野球の楽しさや始めるきっかけを提供するプレイボールクラス(小学1・2年生向けにはキッズクラス)、さらにレベルアップを目指す子どもたち向けにアドバンスクラスといったカリキュラムが用意されている。
開始当初はレギュラークラスのみで時間を長く確保して行っていたが、子どもたちのレベルやニーズに合わせて改善を行ってきた。
「生徒さんには、野球を始めてすぐの子から上手い子もいて幅広いです。上級者向けにはアドバンスクラス、初心者向けにはプレイボールクラスに分けるなど、年々改善しながらやっています。毎年始まる前に事務局とコーチで『時間をどうするか』『定員は何人にするか』などを協議しています」(尾名高さん)
事務局では運営のやり方やクラス編成を考え、グラウンドでは石井コーチを中心に、改善を行い続けることで創り上げてきた。
「1年間取り組んで、その反省を元に改善することを繰り返してきました。球団側としても”裾野を広げる”ということで、どんな子でも入れるようになっています。ただ、初心者とある程度のレベルの子が一緒になると危ないシーンもあるので、色分けをした方がいいということでクラスを変えてきました。そこは保護者の方々にもご理解いただいています」(石井コーチ)
「L-FRIENDS」の柱 ”地域活性”の一つに
ライオンズアカデミーの開校エリアは、埼玉西武ライオンズが本拠地を置く埼玉県の6エリア。最初は所沢の球団施設1ヶ所からスタートしたが、徐々に県内へと広げていった。その過程を尾名高さんが説明してくれた。
「所沢の次は大宮だったのですが、毎年県営大宮球場で試合をしている縁から開設しました。その他の4地域については、当時は『L-FRIENDS』(※)の柱の一つである”地域活性”を拡大の際のベースとしていました。ライオンズフレンドリーシティという連携協定を自治体と締結しておりまして、地域活性の一環になるような活動をしていこうという想いで広げてきました」
※ 2018年3月に立ち上がった球団の地域コミュニティ活動。「野球振興」「こども支援」「地域活性」「環境支援」の4つの柱を基にそれぞれ取り組みを行っている。
今年の受講人数は延べ650人を超えた。選手と同じ施設を使ったりライオンズOBから指導を受けられることから、県外からも受講する生徒もいる。
「遠いところだと群馬から来ている子もいますよ。片道2時間かけて来てくれているんです。あと東京や神奈川在住の生徒もいらっしゃいます」(石井コーチ)
特に、ライオンズトレーニングセンターで行う所沢校は東京都から来る生徒も多いという。
「最も多いのは所沢校(約440人)なのですが、西武池袋線沿線や多摩地域から来校できるので、東京都からも来られる方が多くいらっしゃいます。県外にもライオンズファンがたくさんいるのでありがたく思います」(尾名高さん)
励みとなる保護者の方々からの感謝の言葉
工夫や試行錯誤を重ねて続けてきているライオンズアカデミー。生徒や保護者の方々からどんな言葉が寄せられたのかを訊いた。
まず石井コーチは、直接かけられた話を語ってくれた。
「仮にチームで満足に練習できなくても、我々は一人一人に目を配ってやっていますので、保護者の方から『本当にありがとうございます』と感謝の言葉をいただいたことがあります。そう言っていただくと我々も嬉しいですね」
尾名高さんも、コロナ禍の状況も含め補足した。
「私たちは平日の夜に行うので、例えばご家庭の都合でチームに入れないけれども、野球をしたいという子たちも参加できます。なので、保護者の方から『野球ができる場があってありがたいです』というお声もいただいています。
近年ですと、コロナ禍でも我々は可能な範囲で感染対策を講じながら続けていました。地域では少年野球チームの活動が中断している場合でも、練習する場があって良かったと言う声もいただいていまして、継続してよかったと改めて感じています」
アカデミー初の動作解析を南与野校で導入
ライオンズアカデミーは今年から、新たな取り組みを開始した。4月に新たに開校した南与野校で動作解析による指導が導入された。
導入に向けては、源田壮亮選手がトレーニングなどを行っている「株式会社DIAMOND ALLIANS」が運営するディーエーアカデミーと提携。
通常のアカデミーコーチによる技術指導に加え、プロスポーツ選手も取り入れている撮影機器を用いた動作解析などを行い、専門のトレーナーが正しい身体の使い方などを指導するカリキュラムとなっている。
導入されたきっかけを尾名高さんに訊ねた。それは6月までアカデミーコーチに在籍していた、OBの金子一輝さんとの縁だったという。
「金子さんが現役の最後にお世話になっていたディーエーアカデミーのトレーナーさんと関わる中で始まりました。昨年ですと、メンタルビジョントレーニングという周辺視野を広げることで、野球では選球眼の向上につながるといった効果が期待されるトレーニングなどを提案していただいていました。元々ディーエーアカデミーさんは動作解析などの分野を専門としていたこともあり、アカデミーに導入したという経緯です」
内容としては3ヶ月に1回、生徒の投球や打撃フォームの動画を撮影する。撮った動画を現役選手の映像と比較し、改善点を洗い出す。
それを踏まえたトレーナーからのアドバイスとともに、ディーエーアカデミーで制作している動画教材を活用し、パフォーマンスアップにつなげるものとなっている。
石井コーチも、実際に指導する立場として動作解析の意義を語った。
「我々の現役時代からそうですが、闇雲にやっていても上達しないんですよ。自分の姿がどうなっているのかを理解できないとやはり上手くならない。動作を第三者に見てもらえるのはとてもいいことだと思います。見て覚えることで、自分がどうしなければいけないかも考えますし、大切なことです」
動作解析は南与野校のみで行っており、学年別に2クラスに加え大人クラスの計3つを用意。それぞれ定員15 人の少人数制を取っている。(他校は各クラス24名〜30名ほど)
「南与野校では少人数制を取っています。初年度ということで試行錯誤中でもあるので、今後他校でも広げられるようやっていきたいですね」
(石井コーチ)
「みんな主役なのでエースも4番もいない」今後の発展に向けて
ライオンズアカデミーも10周年という節目を迎えた。埼玉県内を中心に野球の裾野を拡げ、地域を活性化させている。今後どう発展させていきたいか尾名高さんは最後に語った。
「アカデミーのメインコンセプトが”始めたその日から、みんな主役になれる”ということで、エースも4番もいません。一人でも多くの子どもたちに野球を体験してもらい、楽しさを感じてもらうことで、もっと多くの方々に魅力を感じてもらえる場を創っていきたいです」
事務局とコーチ陣は来年に向けた準備を進めている。新たに白球を手にする子どもたち、そしてプロを夢見て練習に励む子どもたちにとって更なる成長の場が広がっていく。