• HOME
  • コラム
  • 野球
  • 「お兄さんたちと一緒に、投げる、打つ、走る」静岡県立富士高校、小学生チームと野球イベント

「お兄さんたちと一緒に、投げる、打つ、走る」静岡県立富士高校、小学生チームと野球イベント

広尾晃のBaseball Diversity

静岡県立富士高校野球部は、野球の普及活動を積極的に行っている高校だ。これまでも、未就学児童を学校に招いて、野球の基本である「投げる」「捕る」「打つ」の動作の習得から簡単な「ゲーム」をやるところまで体験させる「野球教室」を行ってきた。

稲木恵介監督は、前任校の静岡県立三島南高校では、幼稚園や保育所などに選手が出向いての「野球教室」を実施してきた。その活動の成果が評価され、2021年のセンバツ高校野球では「21世紀枠」で初の甲子園出場を果たしている。

富士山を背景に選手集合

新しい「野球教室」の取り組み

稲木監督は富士高校に赴任してからも、同様に未就学児童を中心とした「野球教室」を年5回程度行ってきたが、このたび、全く違う趣旨の「野球教室」を始めることにした。

「今回は、富士市や静岡県内の少年野球チームを、富士高校に招いて『学童親善野球富士高大会』を開催します。

対象は、小学校の野球チームに入って野球をしている小学生たちです。

これまでの未就学児童を対象とした『野球の普及活動』とは目的が異なります。今の『野球離れ』には様々な問題がありますが、せっかく小学生で野球を始めても、中学に進む段階で辞めてしまうケースが良く見られるんです。

その原因はいろいろあります。中学校に野球部が無かったり、あっても指導者に恵まれないこともありますが、小学校の間に『野球の楽しさ』を十分に実感できなかったり、適切な指導を受けることができなくて、野球を続けることを断念することも多いようです。

そこで、今回は、高校生のお兄さんたちと一緒に野球をして、野球の楽しさや凄さを実感してもらうとともに、基礎的な練習方法を学んでもらって『中学でも野球をやりたい』と思ってもらうことを目的にしています」

稲木監督は語る。

静岡県立富士高校稲木恵介監督

世代間の「断層」が存在する日本野球

野球離れは今や、小学校、中学校、高等学校でも深刻な問題になっている。それぞれの段階で、様々な課題がある。

未就学児童や、小学校低学年の子供に「野球の楽しさ」を教えて、野球に興味を持ってもらうような「すそ野拡大」の取り組みも重要で、富士高校だけでなくプロ野球から高校まで、多くのチーム、団体が取り組んでいるが、同時に小学校から中学校、中学校から高等学校と「ステップアップ」する段階で、野球をやめてしまうケースもよく見られるのだ。

富士高校の取り組みは、こうした「世代間で起こる野球離れ」を食い止める意味でも、有意義だと言えるだろう。

高校生のデモンストレーション
しっかりキャッチ

晴天の富士山を背景に

5月4日、朝7時半、富士高校の校庭には高校生と、富士市内、静岡県下から集まった3チームの小学生が集結していた。

天気は快晴、富士高校のグラウンドの正面には、富士山の壮大な景色が広がっている。日本全国を探しても、これだけ美しい景色を見ながら野球ができる舞台はないのではないか。

早速、高校生たちによるデモンストレーションが始まった。

高校生たちは、内外野のノックや、バッティング、投球を小学生たちに披露した。

このデモンストレーションは、未就学児童の野球教室でも実施してきた。

「高校生のお兄さんが投げるボールの速さ、ゴロをさばくスピード、打球の速さなどを目の当たりにしてもらって、野球ってすごいんだな、僕らも頑張れば、あんな風に野球ができるようになるんだな、と思ってもらうことが目的なんです」

稲木監督は語る。

小学生たちは、硬式ボールを使ったデモンストレーションを目を輝かせてみていた。また、小学生たちには実際に硬式球を手に取って、その硬さや重さを実体験する機会も作られた。

高校生と一緒にウオーミングアップ
だんだん上達する

ウォーミングアップから学ぶ

このあと、小学生たちは高校生と混じって「ウォーミングアップ」をした。

野球をする準備として、どんなアップをするのか、一つ一つ高校生が手本を示しながら、やってみせる。小学生が見よう見まねでやってみせる。

高校生たちは、うまくできなくても、ダメだよ、とはいわない。

「もっとこうすればいい」「そう、すごくいいじゃん」「できたじゃん」とポジティブな声掛けをして、小学生を乗せていく。

そういう形でウォーミングアップをしながら、だんだん高校生と小学生が打ち解けていくのが分かった。

「大人の僕たちが『こうするんだよ』というより、年代が近いから、高校生がやって見せる方が、小学生にはわかりやすいんですね。彼らもこうして小学生に教えることで、自分がやっているウォーミングアップの意味を理解することにもなる。何事でもそうですが、教えることで、学ぶことは多いんですね」

キャッチボール
ノックも経験

このあとは3チーム合同ノック。稲木監督などがゴロやフライを打って、小学生が捕球する。高校生たちはサポートに回っている。

小さな体格の小学生選手が懸命にボールを追いかける。うまく捕球できると『ナイス!』と声掛けをする。

目的を理解して小学生と接する高校生

富士高校の選手たちは、このイベントの趣旨をよく理解して、子どもたちに接しているのがよくわかる。

単に野球の技術を教えるだけではなく、子どもたちを野球好きにするには、どうすればいいのかを、選手個々が考え、工夫して子どもに接しているのだ。

いきなりイベントに臨むのではなく、事前に打ち合わせをして、目的意識をもってやっていることが見て取れた

「富士高校は1979年の夏と、1987年の春に甲子園に出場しています。いずれも1回戦で敗れましたが、昭和の時代までは強豪校の一角だったようです。しかし同時に、県下有数の進学校でもあり、選手たちは基本的に勉強で進学します。野球だけに集中するのではないのですが、地域の名門校として野球への取り組みも前向きで意欲的ですね」

3チーム合同ノックの後は、少年野球チーム同士の試合が行われた。富士高校の選手が審判を務める。ファインプレーが出れば、高校生たちは大きな声で「ナイスプレー」などと声援を送る。失敗しても「ドンマイ」と励ます。

こうした姿勢からも、小学生たちは学ぶところが多いはずだ。

また、試合をしていないチームには、選手たちがベースランニングなどの技術を教えている。

高校生のお兄さんが審判をして試合

ベースランニングも

中学でも野球を続ける?

このイベントは、小学校チームの指導者や、小学生選手の父兄も見学した。こういう形で「高校生のお兄さんたちの野球」に接することで、野球を続けることの「意義」を新たに見直すことになるようだ。

日本野球界は、プロ、社会人から大学、高校、中学以下まで、それぞれ統括する組織が異なっているために、縦割りになりがちだった。

プロとアマの野球交流は、最近は増えてきたと言ってもまだ制約が多い。

そして今でも、高校野球の場合「選手を勧誘することにつながる」と中学生への接触が制限されているが、世代を超えた「野球を通じての交流」は、今後ますます重要になると思われる。

2018年に制定された「高校野球200年構想」では、高校生による小学校以下の世代への野球教室、普及活動は、奨励されているが、現時点ではあまり熱心に行われていない。

しかし「世代を超えた野球交流」こそが「野球離れ」の流れを食い止める大きなアクションになるのは間違いないところだ。

参加した小学生の親は

「これまで、あまり積極的に練習に参加していなかったので、中学に行っても野球を続けるのかどうか、と思っていましたが、今日はお兄さんたちに混じって楽しそうに野球をしていました。これなら続くかもしれませんね」

と話した。

こうした地道な取り組みこそが、野球の未来に続く、との思いを新たにした。

雄壮な富士山に見守られて

関連記事