「甲子園」とは違う「野球の未来」を目指すLiga Agresiva

広尾晃のBaseball Diversity16

151年前に日本に伝来したとされる「Baseball=野球」を全国に普及させた最大の功績は「高校野球」とその前身の「中等学校野球」にあると言えるだろう。

全国に野球を普及した甲子園大会

「中等学校野球大会」は1915年大阪朝日新聞社の主催で始まったが、人気は一気に爆発し、1924年には押し寄せる観客を収容するために「阪神甲子園球場」が造られた。また毎日新聞も「春の甲子園」である「選抜大会」をはじめた。

以後、1世紀余り。日本の野球は「高校野球=甲子園大会」を登竜門として発展してきたと言ってもよいだろう。

野球は発祥の地であるアメリカでは、チームが総当たりで試合をして勝ったり負けたりするリーグ戦が行われていた。日本に渡来してからも大学野球は基本的にリーグ戦であり勝率や勝ち点で優劣を競ってきた。

しかし中等学校野球大会は「ノックアウト方式(一つ負けたら終わり)」のトーナメントで行われた。日本で甲子園を頂点とする大会が全国的に大いに注目されたのは「絶対に負けられない戦い」だったことが大きいと思われる。

現在の夏の甲子園大会は地方予選を含める「1枚の巨大なトーナメント表に3000校近くの学校が連なる大会」だ。世界にはこんな大規模な「野球のトーナメント大会」は存在しない。

もともとは「高校生の部活の全国大会」にすぎない「甲子園」がここまでの人気を博するのは、1世紀にわたって続いた「若者の青春をかけたドラマ」の歴史があったと言ってよいだろう。

1世紀を経て様々な問題も

しかしここ10年、野球の競技人口は減少している。高校野球で言えば、男子硬式野球部員数は、2013年に166,925人、新たに野球部に入部した人は59,650人いたが、2022年には131,259人、新入部員は45,246人、部員全体で21%、新入部員数で24%もの減少だ。これは「少子化」だけでは説明できない。

他のスポーツの選択肢が増えたこともあるが「高校野球の本質に起因する問題」もあるとされる。今の若者の「スポーツする目的」にそぐわない部分も多いのが実情だ。

まず「一戦必勝」の甲子園を頂点とするトーナメントは「何としても勝つ」という「勝利至上主義」に陥りやすい。本来高校の部活は「教育の一環」であって「若者の未来」のために行われているはずが「目の前の試合に勝つために、怪我や故障のリスクもいとわない」姿勢に陥りがちだ。確かにドラマチックだが、それが果たして正しいのか、という疑問の声が出てきているのだ。

またトーナメントは「絶対負けられない」ために「全試合ベストメンバー」を組んでしまう傾向が強い。このために「レギュラーはずっと試合に出続ける」一方で「補欠選手はほとんど試合に出られない」ことになりかねない。強豪校の中には「3年間一度も試合に出ない選手」も多数いると言われる。

2022年11月 Liga Agresiva大阪と京都の交流戦 

高校野球のリーグ戦

日本の高校野球人口が明らかに減少する中で、こうした状況に危機感を抱く指導者の中から「甲子園を頂点とする野球とは異なる高校野球を」という動きが出てきた。

その一つが「Liga Agresiva」(スペイン語で「先進的なリーグ」)だ。

一戦必勝のトーナメント戦ではなく、リーグ戦を中心とした試合形式の大会を行おうというものだ。

リーグ戦とトーナメント戦では選手起用の方法が大きく変わってくる。

「一戦必勝」のトーナメントでは「常にベストメンバー」となりがちだ。リーグ戦も勝利を目指すのは変わらないが、負けても終わりではないので、控え選手を起用する余地が出てくる。

投手に関して言えば、トーナメントの場合、常にエースが投げることを求められる。球数はかさみ、肩肘への負担が大きくなるが、リーグ戦の場合、日程を見ながらローテーションを組むことができ投球過多の投手は登板を回避することができる。

さらに負ければ終りのトーナメント大会では、弱い学校は1試合しかできないため、年間でも春、夏、秋の3試合しか試合機会がない学校もある。リーグ戦であれば、一定の試合数が確保できる。

ただ、リーグ戦はトーナメントと比較して試合数が増加するために、大会運営のコストや運営スタッフが増加するというデメリットもある。

2021年Liga Agresiva 香川

ただのリーグ戦ではない、様々な工夫も

実は、リーグ戦はこれまでも、秋季、春季大会の間の期間に、多くの地域で組まれている。「練習試合」の一環として地域の数校が集まってリーグ戦をすることは珍しくはなかったのだ。

しかし「Liga Agresiva」は、これまでのリーグ戦形式の練習試合とは一線を画している。

公式サイトには

春夏秋に行われるトーナメントの大会とは別に、全国各地で行われる『選手たちの未来にフォーカスした』リーグ戦形式の取組みです。

通常の大会とは異なり、

・独自のルールや道具の規定

・スポーツマンシップの学び

・指導者の指導力向上

が盛り込まれたリーグ戦です。LIGA Agresivaではリーグ戦を行うこと自体を目的とせず、リーグ戦を通じて、選手及び指導者の成長や可能性を引き出すことで、日本における野球の社会的価値の向上を目指します。

と明記されている。

「独自のルール」は、地域によって多少異なっているが

・原則としてベンチ入りメンバーは全員出場する

・アメリカの「ピッチスマート」に準拠した球数制限を行う

・甲子園大会で使用する高反発金属バットは使わず、木製バットか低反発のBBCOR仕様の金属バットを使用する

「スポーツマンシップの学び」とはリーグ戦の前に日本スポーツマンシップ協会の講師によるセミナーを受講することだ。スポーツを通じて友情を育み、人間的な成長を促すための「学び」の機会だ。

「指導者の指導力向上」は、学校によって異なるが、例えばノーサインで選手に戦況を判断させて試合をさせるとか、コーチ、部長などの若手指導者に指揮を委ねるなど、公式戦ではできない試みを通じて、指導者の成長を促す試みだ。大阪府のように試合後半に「1死1、2塁」などのシチュエーションを設定して、選手たちに「考えさせる」こともその一環だと言える。

2022年時点での全国のLiga Agresiva参加校 公式サイトから

全国規模で参加校が拡大中

時期的には秋季大会が終了してから対外試合が禁止になる11月末までの期間。地域の球場を使用するほか、各学校のグラウンドでも行われている。

「Liga Agresiva」は大阪府で8年前に始まり、新潟県、長野県でも行われるようになったが、ここ2年で導入する都道府県が急速に増加、

2020年は、大阪、新潟、長野で実施し、参加校は27校。

2021年は、大阪、新潟、長野、群馬、千葉、神奈川、東京、徳島、香川、福岡、沖縄で実施。

2022年には20都道府県で120校を超える学校が参加した。

中には新潟県の新潟明訓、神奈川県の慶應義塾、青森県の弘前聖愛など甲子園出場を目指す競合校も参加しているが、公立高校も参加している。また、部員不足で一校ではチームが組めない学校が連合チームを組む場合もある。

当然、実力差があるので、1部、2部の2リーグ制で行われている地域もある。

土曜、日曜の試合になるので、ダブルヘッダーが基本的だ。

また一部府県ではスマホを使った「1球速報アプリ」を導入し、投打守備のデータをオンタイムで発表しているリーグもある。

試合の後に両チームの選手が集まって意見交換をする「アフターマッチファンクション」も多くのリーグで実施している。両チームの選手が試合を振り返って「あのプレーは良かった」「あれはどういう意図があってしたプレーか?」などを話し合う。敵味方ではなくて「野球をする仲間」として交流しているのだ。これも「スポーツマンシップ」の理解を進める上で意義深い。

2022年11月Liga Agresiva神奈川県 アフターマッチファンクション

新しい高校野球の流れに

筆者は各地の「Liga」を取材しているが、どこでも選手たちの表情は明るい。必ず試合に出ることができて、役割を果たすことができる。自分たちで作戦を立てることもできる。すべての選手が「試合に参加している」ことを実感できるからだろう。

「野球離れ」が進む中で「Liga Agresiva」は高校野球の新しい流れになっていくだろう。今後も注目したい。

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