埼玉武蔵ヒートベアーズ・清田育宏監督「好きな野球をもっと楽しくしてあげたい」

埼玉武蔵ヒートベアーズ(独立・ルートインBC、以下ベアーズ)の清田育宏監督が、指揮官1年目を戦い抜いた。かつてNPB 日本一にもなった男は、紆余曲折の末にたどり着いた地で何を考え、監督業と向き合っていたのか。

「ダルビッシュ有(パドレス)だって腕の位置を変化させて投げることがある。いろいろ試してみても良いと思うよ」
試合前練習に向けて投手陣が集まっているところへ足を運び、1人の投手に優しく話しかけた。
「NPBへ行けずに独立にいるのは、今までやっていたことが通用しなかったから。『固定観念に捉われず、良さそうなことは試してみよう』と常に話しています」
本職は野手だが、投手に対してアドバイスすることもあるという。スタッフの人数も限られている独立では、チーム全体に目を凝らす必要性がある。
「投手陣へは、打者目線から感じたことを話すようにしています。『こういう投球フォーム、球筋は打ちにくい』という感じ。メカニクスなど専門的なことは分かりませんが、これでもトッププロの投手と対戦して来ましたから(笑)」
打撃練習の合間にはホースでの水撒きも行う。「何でも屋ですから」と笑い飛ばす明るい姿は現役時代と変わらない。

~アドバイスした選手が結果を出した時が嬉しい
「周囲の人に支えられていることを痛感しました」
「天国と地獄」を経験してきた。2010年のプロ1年目から試合に出続け、ロッテの日本一に貢献。その後も主力として活躍するが、2021年途中に同球団を退団した。
「反省点が多々あります。状況判断が甘かった部分もありました。でも、野球だけは続けさせてもらいたかった。『どんな形でも良いから野球をやり切りたい』という思いだけは持ち続けていました」
「先輩でもあるG.G.佐藤さんは、練習するためのグラウンド等を準備してくれました。ベアーズは温かく迎え入れてくれ、納得行くまでプレーさせてくれました。人の優しさ、温かさを感じられたので、そういう恩に報いたいと思いました」
2023年にベアーズ入団、1年間プレーした後にユニホームを脱いだ。同年9月2日の引退セレモニーでは、多くの関係者に対して心からのお礼を伝える姿が印象的だった。
「(NPBヘ戻りたい思いは)全くありませんでした。自分なりに納得した形で選手生活を終えたい気持ちしかなく、それはNPBでなくても良かった。ベアーズに対しては、『ありがとう』しかありません。(現役引退は)寂しさや未練などなく、感謝しかなかったです」
チームはBCリーグ王者となり、国内他リーグ王者と対戦するグランドチャンピオンシップに出場。九州アジアリーグ・熊本との決勝で敗れはしたが、結果的に清田は同年最終日までプレーすることができた。
「現役最後にリーグ優勝でき、チャンピオンシップ決勝まで行けた。高校、大学、社会人、NPB、独立と全カテゴリーを経験できた。これは自分自身の大きな財産になるはずです。今後の人生に大きく活かしていければと思います」

2024年はベアーズでコーチを務め、今季からは監督を任された。いろいろな要因やタイミングが重なっての監督就任となったが、周囲からは大きな期待をされた。
「監督をやることは想像できなかった。現役引退後にコーチをさせてもらい、『野球に関わっていきたい』という気持ちはありましたが…。『決まったからには全てを捧げて恩返しをしよう』と思い続けています」
「根本的に野球は大好きなので、指揮を執れるのは光栄です。監督としての大きな喜びはチームが勝利した時。そして、アドバイスした選手が結果を出してくれると本当に嬉しいです」

~NPBを舐めてはダメ
最終節まで大混戦が続いたBCリーグ西地区、ベアーズは優勝した神奈川に1ゲーム差の3位でシーズンを終了した。「『もう少しやれたかな…』という気持ちは正直あります」と監督1年目の自己採点をしてくれた。
「シーズン終盤まで、地区優勝を狙える位置にいられたことは及第点だと思います。でも、“勝利”や“結果”にもっと執着できるチームになれるはず。そこに関しては納得できていません。監督としての手腕が足りない部分です」
独立は形式的に“プロ組織”ではあるが、決して日本球界最高峰ではない。チームの勝利と共に、選手を育成して上のカテゴリー(=NPB)へ輩出する役目も担う。
「独立でプレーする選手は何かしらの問題があるので、NPBドラフト(育成含む)にかからない。それなのに“プロ野球選手然り”で振る舞う選手もいる。『NPBを舐めてはダメ』と言いたいです。野球のレベルが違い過ぎますから」
「調子が良い時には、手を抜く気持ちが出やすい。そういうのがクセになって取り返しのつかない状態になる。技術レベルはともかく、全力で取り組むのは気持ち1つでできること。そこに関しては徹底するようにしています」
「真面目で融通が効かない選手が多いような感じを受けます」とも付け加える。自分の信じたことを貫く姿勢は素晴らしいが、時間は待ってくれない。
「『僕は今までこうやって来ました』と言う選手もいる。でも、それで NPBに行けなかったから独立でプレーしている。『それを言うのは止めよう』と伝えます。試せるものは何でもやって、良いものを探すようにしています」
「過去を振り返っても仕方がありません。僕自身にも似た経験があります。ロッテ時代の2010年は結果が出ましたが、翌年は調子を落としました。その時には同じことを思ったので、同様の失敗はして欲しくないですから」

~“育成”と“勝利”は両立できると思う
独立の選手達には現状に満足して立ち止まっている余地はない。清田監督は自身の経験を踏まえ、選手達に多くのことを伝え続けている。
「選手達みんなに打たせてあげたい。投手達みんなが相手打者を抑えて欲しい。守備でも走塁でも輝いてもらいたい。そして、その先にあるNPBの舞台へ辿り着ける可能性が、少しでも高める方法をみんなで考えたい」
「NPBは特別な場所です。野球のレベルは信じられないほど高く、1軍と2軍でも大きな差がある。独立はさらにその下なので、やるべきことはヤマほどあります。1 日1日の全てを自分のプラスにしないといけません」
1対1の対戦の積み重ねで成り立つ野球という競技において、清田監督は個々の成長を何よりも大事にしている。
「サッカー・本田圭佑氏の『量をやらないやつが質を語るな』という言葉が本質だと思います。現役でいる間は徹底的に量をこなすことを考えるべき。それによって個々のレベルが上がれば、チーム力も高まり強豪チームになれるはずです」
「勝てるようになると、負け試合からでも何か得ることができるようになります。勝ったり負けたりの凡庸チームではそれはできない。選手自身も勝利の中での成功体験が自信に繋がり、レベルもさらに高まるはずです」

「“育成”と“勝利”は両立できる。そうなった時に、野球がさらに楽しくなると思います」と笑顔を見せる。
練習中のアドバイス後、「悩まないで、楽しくやれよ」と選手に付け加えるのを忘れない。
野球界から1度は離れた男は、「野球の楽しさ」の本質を見つけ出したようだ。栄光と挫折の両方を知る清田監督が、今後どのような選手を育てるのか、非常に楽しみだ。
(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力/写真・埼玉武蔵ヒートベアーズ)