マルチスポーツの普及に取り組む帝京大学・大山高准教授

 マルチスポーツと聞いて、明確なイメージが思い浮かぶだろうか?マルチスポーツとは、複数のスポーツを同時期に行うことを指している。日本では馴染みが薄いように思えるが、実は日本でも多くのトップアスリートが2種目以上の競技経験を持っている。例えば、メジャーリーグで活躍する大谷翔平選手は野球に加え、バドミントンや水泳を幼少期に行っていた。また、錦織圭選手はテニスだけでなく、サッカーを小学6年生までプレーした経験を持つ。

 アメリカをはじめとする欧米先進国はマルチスポーツを奨励している。幼少期に複数のスポーツを経験することは、後述で詳しく紹介するが、故障リスクの低減、多様な動きの習得など身体的なメリットがある。また、複数の競技(複数のコミュニティ・チームへの所属)を経験することで、社会性や柔軟性といた非認知能力が高まるという研究結果も出ている。グローバルスタンダードになっているマルチスポーツだが、日本のスポーツ界では幼少期から一つのことに特化することを美とする文化が根強い。特に中学生の部活動からは「兼部してはいけない」というルールが存在しないにもかかわらず、なぜか一つの種目にしか所属できないのは皆さんもご存知の通りだろう。そのため、日本ではマルチスポーツという言葉はあまり知られていない。

 そんな日本において、マルチスポーツの研究・普及活動を行っているのが、帝京大学経済学部経営学科の准教授を務める大山高(おおやまたかし)氏だ。今回は、大山氏にマルチスポーツの研究に至った経緯や普及に向けた取り組みについて話を伺った。

世界の常識であるマルチスポーツを日本へ

 日本の学校教育では中学校から始まる部活動により、多くの子供たちが1つのスポーツに専念する。一方、アメリカではスポーツシーズン制が採られ、季節ごとに異なるスポーツ種目に取り組む。スポーツシーズン制がないドイツやスペインなどでも、幼少期から複数のスポーツに取り組むことが当たり前となっている。

 大山氏もマルチスポーツが一般的となっている環境で育った。14歳からニュージーランドで暮らし、現地の高校を卒業した。大山氏が暮らしたニュージーランドではシーズン制が採られており、ほとんどの学生が複数のスポーツに取り組んでいたという。

 大学を卒業した後、サッカーJリーグ・ヴィッセル神戸で営業・広報を担当するなど複数の会社でスポーツビジネスに携わった。そして、2014年より帝京大学の教壇に立つことになった大山氏。長らくスポーツ界に携わってきたが、日本でマルチスポーツに関する話題が上がらないことに気付いた。また、大学の准教授になってからは日本の学生たちがそもそも海外のスポーツ事情をあまり認知しておらず、世界で当たり前になっているマルチスポーツを知る機会もほとんどない現状を知った。

マルチスポーツの研究を行う大山氏

 「マルチスポーツこそ日本に輸入すべきアイデアだ」と考えた大山氏は、マルチスポーツの研究や普及活動を開始した。

マルチスポーツを実践した府中市・南白糸台小学校ジュニアスポーツクラブでの取り組み

マルチスポーツには多くのメリットがある

 マルチスポーツには大きく分けて4つのメリットがある。1点目はスポーツ医学的な視点だ。単一競技者は同じ動作の繰り返しにより、同じ箇所に負荷がかかり、けがが起こりやすいとされている。マルチスポーツであれば、動作の偏りを避けられるため、けがのリスクを抑えることができる。

 2点目は、トレーニング学的な視点でさまざまな身体の動きを身に付けることで各競技のパフォーマンス向上に繋がることが挙げられる。海外ではこれを「クロストレーニング」と呼んでいる。3点目は教育学の視点でさまざまな競技のチームに所属することで社会力や適応力が身に付けられることだ。

 最後は組織的な視点でさまざまな経験をした人が集まることで多様性のある組織が作り出せること。一般社会においてはジョブローテーションという制度があり、同じ組織内でも多様な職種を経験した人が集まるのも、その一例だろう。しかしながら、スポーツにおいては、幼少期から一つのことを極めることを美とする風潮がまだまだ根強い。

 こうした4つの視点からマルチスポーツを実践した事例がある。東京都府中市・南白糸台(みなみしらいとだい)小学校を拠点とするジュニアスポーツ5競技チーム合同で行った体力強化プロジェクトだ。同スポーツクラブには野球、サッカー、バスケットボール、バレーボール、剣道と5競技のチームが存在するが、これまで別の競技チームとの交流はほとんどなかったという。しかし、各チームではスキル練習(野球で言えば、素振りやノックなど)に割く時間がほとんどで体力強化の時間が取れていないという共通の課題があった。さらに各チームは現在所属している子供の数に限りがあり、楽しみながら体力強化ができるリレーや鬼ごっこなどができない状況にあった。

 そこで、大山氏は2023年6月より5競技チーム合同での体力強化プロジェクトを開始。具体的には帝京大学の留学生が参加し、世界各国の鬼ごっこを通じた体力強化を実施した。

帝京大学の留学生が参加し、世界各国の鬼ごっこを実施

 体力不足という共通の課題に対し、体力強化プロジェクトを通じて子供たちが楽しみながら体力を強化することに成功。また、留学生という、子供たちにとって普段関わることのないバックグラウンドの人との交流もでき、貴重な経験となっているとの声も寄せられている。次第にプロジェクトへ参加する子供の数も増えるなど、盛り上がりを見せており、2024年度にはさらに規模を拡大する予定となっている。

学校教育に“スポーツ探究”を

 東京都府中市での実践的な取り組みに加えて大山氏は、マルチスポーツの普及に向けて、日本の学校教育にある提言を行っている。大山氏は、世界の常識となっているマルチスポーツが日本で知られていない一因として、日本の学校教育において、海外のスポーツ事情を知る機会がないことを挙げている。

 一方、日本の学校教育は近年変わりつつある。学習指導要領が改定され、暗記重視の授業から探究学習が導入された。探究学習とは、生徒自身が問いを立てて、それに対して答えていく授業である。つまり、主体的に常識を疑う力の醸成に主眼が置かれているというわけだ。小中学校のカリキュラムでは総合的な学習の時間で探究学習が取り入れられている。高等学校では理数探究、職業探究、歴史探究など様々な科目で探究学習が導入。しかしながら、現行のカリキュラムではスポーツを探究する時間は定められていない。

 大山氏は、この探究学習のカリキュラムに“スポーツ探究”の時間を導入すべきだと主張する。スポーツ探究の時間を作れば、子供たちが海外のスポーツ事情を主体的に調べる機会が増え、海外では当たり前になっているマルチスポーツの存在を知るからだ。

 「スポーツこそ、海外に興味を持てる最強の教材」と大山氏は語る。現在では大谷翔平選手や八村塁選手など多くの種目で日本のアスリートが海外に進出。サッカーワールドカップをはじめ、さまざまな種目の国際大会の観戦を通じて、他国の文化や歴史など学びに繋がる機会も増えるはずだ。また、スポーツに関連した職業探究など幅広いジャンルに展開しやすい。

 大山氏は、“スポーツ探究”を学校教育に導入すべく、働きかけを行っていく。今後の日本社会で“スポーツ探究”、そして、マルチスポーツという言葉を聞く機会が増えていくかもしれない。

(取材協力:大山高/ 取材・文:野島洋孝)

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