海を渡った“公務員っぽくない”公務員 むつ市職員の小林晋さんが台湾・高雄市で紡ぐ「超異色」人生の続き
青森県むつ市と台湾・高雄市をつなごうと奔走する公務員がいる。むつ市職員の小林晋さん(43)。昨年4月から高雄市政府に派遣され、両市の交流促進を担っている。東京都出身で、国内外でサービス業に従事したのち、36歳の頃にむつ市へ移住し公務員に転身した。異色の経歴を持つ小林さんは今、どんな「夢」を描いているのか。
青森大硬式野球部を招いた国際交流が昨年12月に実現
昨年12月、青森大学硬式野球部が高雄市を訪れ、現地の小中高生を対象とした野球教室や大学との交流試合を行う国際交流活動を実施した。小林さんはこの事業を先導し、7泊8日の遠征に帯同。むつ市と高雄市で培った経験を生かして日台の橋渡し役を務めた。
むつ市と高雄市の交流は30年以上続いている。1993年にむつ市立川内中学校と高雄市立陽明国民中学が姉妹校締結をしたのが始まりだ。2024年12月には青森県も交えた三者で「国際交流促進覚書」を締結。その矢先、「まずは人の交流から始めよう」と小林さんの派遣が決まった。職員を海外へ派遣するのはむつ市にとって初めての試みだった。
話を受けた小林さんは「人口270万人の魅力ある街と人口5万人の小さな街が交流することには大きなメリットがある。全力でやります」と即答した。過去に5年間、中国・上海で働いていたため言語の壁はない。台湾に渡ってからは持ち前のコミュニケーション能力を発揮してさまざまな事業を手がけた。

最初の仕事は提灯屋との交渉だ。7月に海上自衛隊の掃海訓練に伴ってむつ市で開催される「大湊夜市」を、高雄市の赤い提灯で幻想的に彩ろうと企画。結果的に提灯約2000個を購入し、むつ市へ贈った。その後も高雄市の名物イベントである「ドラゴンボートレース」や「日台高雄フルーツ祭」にむつ市を招待するなど交流を促進。海洋研究の成果を発表する「オーシャンチャレンジ」にはむつ工業高校の生徒を招いた。
そして昨年10月には青森県、むつ市、高雄市で友好交流協定を締結。これを機に青森市とむつ市にキャンパスを有する青森大の台湾遠征が実現した。小林さんは今回の事業について、「学生たちが楽しそうに、いきいきと取り組んでくれたのが嬉しい。スタート時の想定を超える感動をもらいました」と声を弾ませた。
「動かない事業」を生まないための教育、民間の交流
日本の自治体では「友好都市」や「姉妹都市」との交流が名ばかりになってしまうケースが少なくない。小林さんは「サインするだけなら誰でもできますし、『動かない事業』になってしまったら何の意味もない。かたちだけの交流を増やすのはあまり好きではありません」と語気を強める。
高雄市政府は教育分野での交流に重きを置いており、小林さんもそれに賛同した。自治体のトップ(首長)が交代すれば方向性も大幅に変わる。トップが国際交流に力を入れない場合、友好都市だろうと関係性は薄れていく。一方、学校同士や子ども同士の交流は自治体の方針にかかわらず深めることができる。

同様の理屈で民間同士の交流も重要で、「フルーツ祭」にはむつ市伝統の「おしまこ流し踊り」を披露する団体を招き、「オーシャンチャレンジ」では高校生をバックアップするためむつ市の民間企業に協力を要請した。こうして、「かたちだけ」ではない本当の意味での国際交流が促進されていく。
紆余曲折を経て飛び込んだ「まったく知らない世界」
「超異色」。小林さんは自らの経歴をそう表現する。東京で生まれ育ち、高校は2度留年した末に中退。通信制高校に転校して卒業したが、「学びたいことはないしもともと勉強も好きではない」と大学などには進まず、フリーターになった。
小林さんは「夢もなく、ふらふらしている人生だった」と顧みる。だが、「生きる」情熱を絶やしたことはない。「自分は同い年の人たちがやっていないことに挑戦して経験を積むしかない」と思い立ち上海へ。上海では日本人向けの漫画喫茶やゴルフラウンジを経営し、帰国後も飲食、アパレルなどのサービス業に従事した。

8年前、結婚を機に、就職先を決めないまま妻の地元であるむつ市へ移住。当初はむつ市役所で臨時職員として働き、その後、新設された「キャリアチャレンジ枠」(5年以上の社会人経験を持つ40歳以下の人材を募集する職員採用試験)で採用され正式に公務員の道を歩み始めた。
「水一つ買うにも書類を作成しなければならない」公務員の世界は独特で、日々ギャップを感じた。それでも、「自分のまったく知らない世界だから面白かった」。またむつ市には「公務員っぽくない面」を出すことを許してくれる自由度の高い環境が整っており、小林さんは「市役所だけが頑張っても街は良くならない。民間の方々や市民の方々と同じ思いで、一緒に街を作ろう」と広い視野を持って精力的に活動してきた。
むつ市を思い考える「何をしたら人のためになるか」
取材日は、高雄市立前金国民中学の敷地内で青森大硬式野球部の選手たちが子どもたちに野球を教えていた。小林さんは、大好きな野球の面白さを真剣に伝える大学生の姿を見つめながら、「楽しそうですよね。自分にはこういう時間がなかったから……」とつぶやいた。
「この子たちは24時間、365日、ほぼ一緒に生活して野球にすべてを捧げている。自分には何か一つの事に没頭する時間がなかった。こういう光景を見ると仲間と『ザ・青春』をやればよかったと羨ましくなりますし、感動します」

かつて夢を見つけられなかった小林さんの目には、夢を追う若者がまぶしく映る。同時に、「今」の小林さんを奮い立たせる。「大きなことを言うと、いつか『自分が何をやりたいか』よりも『何をしたら人のためになるか』を考えて仕事をして、それが日本が、むつ市が潤うことにつながれば嬉しいと思っています」。異国の地で見つけた夢に向かって、今日も全力で生きる。
(取材・文・写真 川浪康太郎)
