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ソフトバンク・R&Dグループスキルコーチ・菊池拓斗「打撃力向上のためには、客観的かつ効果的な方法を繰り返すしかない」

ソフトバンク・R&D(*)グループスキルコーチ(打撃)の菊池拓斗氏が精力的に動いている。

今季新設の同ポジションに抜擢された、「プロ経験皆無」のコーチ。常勝球団を目指すチーム内で行なっているのは、「処方箋を作る」ことだ。1人でも多くの選手が打撃力向上するため、全力を注ぐ菊池コーチに聞いた。(*)R&D:リサーチ・アンド・ディベロップメント

「R&Dの1番のテーマは主観をなくすことにあると思います。打撃において感覚や感性は重要ですが、それだけでもダメ。感覚だけで打撃が良い、悪いを判断するのでは今までと同じ。データ等を用いた科学的根拠をベースに、『何ができる』『何ができない』をはっきりさせることを目指します」

「打撃は才能」と言われることがある。もちろん“天性のモノ”(=才能)が存在するのも間違いない。しかしそれだけではなく、科学的根拠に基づいた上達方法も存在するはずで、R&Dグループが目指すのはその部分だ。

菊池拓斗コーチが持つスキルコーチとしての知識・経験は、チームにもプラスに作用している。

~感覚や感性を大事にしつつも、科学的根拠をもとにした客観的意見を重視する

「ドリル(=練習)方法や改善点まで含めた、選手に対する“処方箋”を作っています」

菊池コーチは、福岡県内の球団施設『HAWKSベースボールパーク筑後』に在中することが多い。

各選手の打撃練習、実戦に寄り添って観察しつつ、打撃フォームや全身の動きをさまざまな機器を使って数値化して分析。個々の打撃タイプに合わせた“処方箋”を作成している。

「打撃には感覚や感性も重要なので、“処方箋”をどう使うかは選手次第です。例えば山川穂高さんは、自分のやっている打撃に客観的な説得力をつけるために活用される。『今こうやって打っているけど、どうなっている?』という形で質問されることも多いです」

選手としては、長年の経験で培ってきた感覚や感性を大事にしたい気持ちもある。そこに科学的根拠をベースにした客観的意見も加われば、上達の幅も広がるはず。山川のように有効活用している選手が、どんどん増えているという。

プロの世界で結果を出してきた選手にとって、自ら作り上げてきた技術は唯一無二のもの。新しいことに挑戦するには勇気も必要となるはずだが、恐れることなく試してみる「貪欲さ」がある。

選手が持つ感覚・感性と科学的根拠に基づいたスキルが融合すれば、打撃力は向上するはずだ。

~球団育成メソッド構築と有効活用を行う

山川(1学年上)や西武・外崎修汰(同学年)など、多くのプロ選手を輩出している富士大学まで選手でプレー。大学卒業後は地元・福島で高校教師を務めたが、3年で退職して野球を学ぶために渡米した。

「大学ではすごい選手達と一緒だったので、『プロにはなれない』と早い段階から悟りました。『高校野球の監督になりたい』と思い、教職に就いて野球部長になった。しかし、環境や指導方法等に違和感を感じ始め、イチから学び直すために知人のツテを辿って渡米しました」

「米国では、『スキルを教えること』の重要性を学んだ。ジュニア世代から多くの選手がチームとは別に個人レッスンを受け、自らのスキルを徹底的に学ぶ。教える側(=コーチ)にも知識やテクニックが必要で、プロとして生計を立てている人も多い。『これだ!』と思いました」

1年のみの渡米だったが得るものは多かった。帰国後はYouTuberとして打撃スキルを発信するとともに、野球スクール『T-Academy』を開校。「日米の良い部分を融合させたハイブリット打撃」を広め始めた。

「近藤健介さんから『打撃理論を教えてもらいたい』とDMが来て、自主トレに参加しました。考え方がマッチしたようで関係性が始まりました。僕の名前が報道等で出たこともあり、球団も色々と協議した上でオファーをくれたと思います」

「打撃がさらに良くなった」と近藤自身も語るが、菊池コーチ招聘の理由はそれだけではない。ソフトバンクは、「動作解析に基づいた球団育成メソッド構築」と「メソッドに基づく選手育成」を目指す。そのために最適な人事と判断されたからだろう。

各方面から映像撮影しつつも、自分自身の目で確認することを重視する。

~プロ選手OB、バイメカ専門家、スキル研究者の意見をまとめる

菊池コーチは春季キャンプからチーム合流。同じくスキルコーチを務める長谷川勇也コーチ、明石健志コーチ、そしてバイオメカニズム(以下バイメカ)専門家を交えて話し合いを重ねた。

「長谷川、明石両コーチは、選手経験からの考え方、そして科学的視点の両方からアドバイスができる。僕はスキルコーチとして実際に指導してきた経験がある。そしてバイメカ専門家の方々は、感覚に捉われず科学的に物事を見れる。それぞれの考え方を擦り合わせ、スキルドリルを作るところから始めました」

2月のキャンプを迎えると、夜中まで議論し合う日々が続いた。「時間はかかりましたが、とても有意義で面白い時間でした」と振り返る。

「皆さんが興味を持って話を聞いてくれました。プロ経験がない自分の考えにも、頭から否定されることは全くなかった。自分が知らないこと、異なった考え方も多く、視野が広がり知識量も増えたと思います。特に、経験したことないプロ選手の考えを聞けたことは大きかった」

長谷川コーチはプロ通算14年で1108安打、2013年には198本で最多安打タイトルも獲得。明石コーチもプロ通算17年で648安打を放っている。現役引退後はコーチ経験もある2人の存在は、「かけがえのないもの」と強調する。

「選手達は毎日の試合に追われ、成績も残す必要があります。動作改善のドリルをやれる時間も少なくなってしまうので、効率的に試合へ結びつくようにしないといけない。プロ野球選手は改めてタフな職業だと痛感します」

シーズン中は、キャンプから作成したスキルドリルを活用した練習を行う。試合での結果や内容を重視するのはもちろん、モーションキャプチャを用いて月1回のスキルドリル効果測定も行なう。

「選手は再現性を高めることが求められます。スキルドリルを通した練習によっての進化を明確にしないといけません。それらを言語化して選手に伝えることが、我々には求められます」

「映像や数値を言語化、選手にわかりやすく伝えることがコーチの大きな仕事」と語る。

~課題克服には、毎日の継続しか道はない

春先は出遅れた感じのソフトバンクだったが、前半戦終盤からは勢いに乗って首位に立っている。打撃面では若手の成長が多くみられ、スキルコーチ設置の効果が出始めているように感じる。

「選手達の結果に関して“一喜一憂”しないようにしています。スキルアップは簡単ではないし、継続と積み重ねしかない。結果は運も作用しますが、課題の克服は粛々と継続するしかないですから」

「結果が出なくても、毎日、一生懸命に取り組んでくれるのを見ると嬉しくなります。『信じてくれているな』と感じるので、もっと頑張ろうとも思えます。『“スキル”に真剣に向き合ってくれているのが何よりだと感じます」

野球は数字の積み重ねで表現、評価される競技。それでも、「目に見える形の結果に左右されないことが、スキルコーチとしては大事なこと」と自らに言い聞かせるように何度も繰り返していた。同時に、「ここ、筑後から日本を代表するような選手が育ってくれたら嬉しいです」と最後に呟いていたのも印象的だった。

選手個々がスキルアップと結果の両立ができるように、菊池コーチは試行錯誤を重ねながらコーチとしての役割に没頭している。「変化・進歩を恐れない姿勢こそが、ソフトバンクを支えているのだ」と改めて確信した。

(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力/福岡ソフトバンクホークス)

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