「ダブルスポーツ」「マルチスポーツ」の勧め

広尾晃のBaseball Divesity

バラク・オバマ元大統領夫人のミッシェル・オバマ氏は、ふたりの娘に「二つのスポーツをやりなさい」と言ったと言う。

「一つは得意なスポーツ、もう一つは得意ではないスポーツ」というものだ。

得意と不得意をともにやる

得意なスポーツは、当然大好きだからどんどん練習して上達していくだろう。そして不得意なスポーツは、最初はうまくできないかもしれないが、いろいろ不得手なことを克服するうちに、こちらも上達するだろう。

スポーツを通じて「得意な分野を伸ばすこと」と「不得手なことを克服すること」を経験する。ミッシェル・オバマ氏の教育方針はまことに示唆に富むと言えるだろう。

アメリカでは「ダブルスポーツ」が当たり前

オバマ家だけでなく、アメリカでは、多くの若者が「ダブルスポーツ」に取り組んでいる。アメリカでは、多くのスポーツが「シーズンスポーツ」になっている。野球はアメリカの大学では、2月から5月がシーズンだ。多くはリーグ戦で、6月にはカレッジシリーズが行われる。高校以下でもそれに準ずることが多い。アメリカンフットボールは9月初旬に開幕し、11月から翌年にかけてトーナメントの決勝大会が行われる。

バスケットボールも、アメリカンフットボールとほぼ同じスケジュールで行われる。

野球選手の中には、野球のオフシーズンにはサマーリーグや温暖な地で行われるウィンターリーグでプレーする選手も多いが、アメリカンフットボールやバスケットボールなど他のスポーツをする選手も多い。

MLBにドラフトで入団する大学生選手の中には、アメリカンフットボール(NFL)でもドラフト指名される選手が結構いる。

かつてはMLBとNFLで、オールスター戦に出場したボー・ジャクソンやワールドシリーズとスーパーボウルに出場したディオン・サンダースのような選手もいた。

今も、MLBとNFL両方のプロから注目された選手は、少なからずいる。

またMLBとプロバスケットボール(NBA)でプレーした選手には、NBAのスーパースターだったマイケル・ジョーダンなどがいる。

アメリカでは、複数のスポーツの掛け持ちは全く珍しくないのだ。

サッカー選手が野球を?

「ダブルスポーツ」のメリット

「ダブルスポーツ」は、いろいろなメリットが挙げられている。

一つは、異なるスポーツを経験することで、一つのスポーツでは使わない体の部位を使うことになり、関節の可動域が拡がったり、身体能力が開発されると言うことがある。故障の予防にもなるとも言われている。

また、スポーツによって練習法も異なっているので、野球では行わない練習をすることで、パフォーマンスに良い影響をもたらすこともある。

さらに「気晴らし」という要素も大きい。一つのスポーツばかり続けることで、悩んだり行き詰ったりすることはどんな選手でもあるが、その時に違うスポーツを経験すれば、異なった視点でスポーツを「相対化」してみることができる。この要素は意外に大きい。

そして「指導者」の問題。例えば野球とアメリカンフットボールをすることになれば、当然指導者も二人になる。二人の指導方針は当然異なるし、競技が違うから練習方針も試合運びも異なる。二人の指導者の指導を経験することで、選手はおのずと「取捨選択」をする。

指導者のいうことを鵜吞みにせず、自分で判断をする習慣ができるのだ。

「ダブルスポーツ」をすることは、選手に「判断能力」をつけさせることにもつながると言ってよい。

野球選手がサッカーを?

日本ではなぜ広がらないか?

残念ながら、日本では「ダブルスポーツ」の習慣はほとんど根付いていない。

中学くらいまでは「文化部」と「運動部」とか「運動部」を二つとか掛け持ちする生徒はいるが、高校に入るとスポーツ一本になる生徒が多い。

高校スポーツは、原則として掛け持ちはできない。スポーツ部活は、本格的なものになると、ほぼ1年中、時間を拘束されるからだ。授業が終われば、通常の部活でも午後5時、6時まで部活をする。

高校野球の強豪校になれば選手は野球部寮などで生活して、24時間のうち睡眠と授業時間を除いてすべて「野球漬け」となる。

実は高校野球にも「シーズン」があって、各都道府県の高野連は例年12月1日から翌年3月の第1土曜日までを対外試合禁止期間にしている。

しかしその期間は、単に試合ができないだけであり、選手たちは練習に打ち込んでいる。

また、対外試合ができないだけなので、紅白戦などの練習試合は普通に行われている。

実質的に野球しかできない日本の仕組み

「道を究める」日本スポーツ

日本で「ダブルスポーツ」がほとんど行われていないのは、明治期、スポーツが入ってきた際に、日本の「武道」に近い位置づけ、解釈をされたことが大きい。

野球であってもサッカーであっても、一度スポーツを始めたらそれを「道」としてひたすら究めるのが「正しい道だ」と言う観念があった。

また、指導者と選手の関係も「師弟関係」であって、弟子である選手は、師匠である指導者の言うことをひたすら拳拳服膺(恩師の教えを心に刻むこと)するものだと教えられてきた。

戦前のスポーツは「強い兵隊を作る=富国強兵」ことを目標としていたので、指導はどうしても軍隊式になった。

指導者は、選手に対して高圧的な姿勢で臨む。指導者の言うことには「絶対服従」。挨拶や上下関係などを厳しく仕込んで、規律正しい選手を作る。

昭和の時代までは、こうした硬直した人間関係が一般的だったのだ。

なぜ普及しないのか?

今のスポーツ指導は、選手の自主性、主体性を重んじる方向に大きく変わっているが、スポーツそのものの構造が変わっていないので、アメリカのような「ダブルスポーツ」はなかなか普及しない。

一つには、指導者が、選手が他の指導者の指導を受けることを嫌がる傾向にあることだ。「絶対服従」の気風は少なくなったとはいえ「複数の指導者に教わる選手」に対する苦手意識があると言ってよい。

もう一つは、スポーツの「シーズン」が重なっていること。野球の「夏の甲子園」とサッカーやバスケットボールなどの「インターハイ」は同じ夏休み中に行われる。掛け持ちは事実上不可能だ。

さらに「練習期間」が非常に長いこと。多くのスポーツは試合がない期間でもずっと練習をしている。他のスポーツをする余裕は事実上ない。

しかし若年世代がどんどん減少する中で「ダブルスポーツ」が、競技人口が減少の一途をたどる野球、サッカーなどのスポーツにとっても重要な打開策になる可能性がある。

例えば野球とサッカーを掛け持ちする選手が出れば、どちらの競技でも競技人口は「1」とカウントされる。ダブルスポーツが増えれば、若者人口を上回る「競技人口」になることも可能なのだ。

それだけではなく、前述のように「ダブルスポーツ」は、選手の「主体性」をはぐくむことが可能だ。指導者や競技との関係を「絶対視」するのではなく、相対的に見ることができるのは、若者の成長を促すうえでも大きい。

スポーツ庁が推進する「マルチスポーツ」

スポーツ庁は2024年から子供たちが複数のスポーツを同時期に行う「マルチスポーツ」を推進するプロジェクトを開始した。

スポーツ庁は

「同時期に複数のスポーツを経験することは身体機能の向上やケガの防止だけではなく、複数の仲間(コミュニティへの所属)を通じて、子供自身の社会性や協調性などを育む教育的な意義もある」

としている。スポーツ庁の考えを取り入れて、普通の学校でも複数の部活を掛け持ちするような生徒が増えればよいと思う。

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