元日本代表・羽生直剛~オシム氏とサッカーへの恩返しを胸に“今”を生きる

サッカー男子日本代表やジェフユナイテッド市原・千葉などの監督を歴任し、日本サッカー界に大きな功績を残したイビチャ・オシム氏。2022年に逝去してからも、強みを伸ばす独自の指導法や教え子の活躍もあり、今なおさまざまな形で名前があがることが多い。

教え子の一人である羽生直剛氏は、現在企業の組織構築の領域を軸にビジネスを展開している。「強み開発のプロフェッショナル」として知られている「ギャラップ認定ストレングスコーチ(通称ストレングスファインダー)」を取得し、オシム氏からの教えを基に、組織や個々の“強み”を生かせる仕組みづくりを展開している。自らがサッカーとオシム氏から学んだことを体現しながら、より良い組織構築とサッカーへの恩返しを目指している。

サッカーとオシム氏から学んだことを体現するセカンドキャリアでの挑戦について羽生氏に聞いた。より良い組織構築とサッカーへの恩返しを目指していることなど幅広い話を語ってくれた。

オシム氏から教わった忍耐強さ 組織構築に生かしていく

「あまり先のビジョンを考えない」性格の羽生氏。現役時代もプロ選手や日本代表になると声高には言わず、目の前のことを着実にこなすことで、自ずと結果はついてくるという考えを持っていた。

そのため現在の軸である組織構築の領域も、2020年に会社を設立した当初は考えていないことだった。元々ストレングスファインダーの資格を持っており、その分野への興味はあったが「自信を持てないままのスタートでした」。

それでも着実に1社1社、組織構築を行うことで評価を獲得。顧客が増え始めたこの1年の実績を自信に、事業をさらに拡大していく想定だ。

一見サッカーには関係がないように感じるが、土台には羽生氏が競技を通して学んできた経験がある。
羽生氏が戦ったJリーグの各クラブには、優勝や勝利といった組織としての目標がある。選手やスタッフは目標に対して、“何ができるか”を互いに求め合い、ベクトルは全員がほぼ同じだ。

一方で社会ではそうではないことが多い。そもそも何のために働いているかというベースがそれぞれ異なり、例えば会社の売上を上げるという目標に対しても同様だ。「組織が同じ目標に向かうためにはオシムさんがやってくれたように、忍耐強いコミュニケーションが必要です」と羽生氏は話す。

「オシムさんは同じミスをしても、繰り返し向き合ってくれました。成功のサンプルを与えてくれたり、プレーが正しいか都度判断してくれたり、本当に忍耐強かったと思います。それは社会も同じ。伝え方ややり方を少しずつ変えながら繰り返し向き合う。特にリーダーの方には『人を成長させるためには忍耐強さが必要です』と伝えています」

全員が同じ方向を向くことの難しさは、自身の経験から理解している。それでも組織が同じ目標に向かえるよう、忍耐強さを心がけながら企業の伴走をしている。

現役引退後もオシム氏を師と仰いだ

そのため必要なことは、称賛と承認だ。例えばサッカーでは、良いプレーが生まれたりシュートが決まったりすると「ナイスシュート」「サンキュー」というコミュニケーションが生まれる。称賛されることで受け手は自信がつき、また周囲から承認されたと感じる。こうした小さなコミュニケーションは日々の練習からも生まれている。

称賛と承認――
社会をサッカーに重ね合わせていく

羽生氏は忍耐強さに加えて、それぞれが持つ強みを前面に出すことも組織構築で重要と説いている。

一方、社会はどうだろうか。「やることが当たり前になっていて、あまり称賛がないと感じます。そこから活気やコミュニケーションは生まれないし、『本当に自分は必要なのか』と負のサイクルに陥りかねない」と羽生氏は危惧する。現役引退後、社会に飛び込んだ羽生氏がギャップを感じた部分でもある。

「オシムさんは厳しさの中にもリスペクトがありました。試合に勝てば『プレーしたのは選手たちだ』と言ってくれ、良いプレーには『ブラボー』と称賛してくれました。一方で思い通りではなかったときには『こういうプレーもあったのでは』と選手たちに考える余白を残しながらヒントをくれました。そこからコミュニケーションが生まれます」

オシム氏から学んだことを惜しむことなく社会に発信している羽生氏。恩師への思いは年々強くなり、「サッカーとは違う軸でも彼の考えは合っていたはず。サッカーも人生と一緒だと教えてくれたので、それを伝えていかないといけないという勝手な使命感があります」と笑う。

これまで学んだ教えを発信しながら、羽生氏自身もオシム氏の真髄を追い求めていく。

企業の組織構築に自身の経験を注いでいく

地元とサッカーへの恩返し
背伸びすることなく“今”を生きる

事業としては組織構築を軸としているが、地元千葉とサッカーへの思いは当然ながら強い。

千葉県で生まれ育ち、地元クラブでプレーしたからこそ、恩返しのために県内の企業に営業をかけることが多い。打ち出している考えを地元で浸透させていくこと、そして多くの選手が直面するキャリアも思慮を巡らす。

「選手たちの大半は地方のスター選手。そうした選手が引退後に地元に戻り、企業と地域をつなぐ存在になれるようメソッド化できれば世の中にとって良いことなのかな」と語る。

また現役時代に在籍したジェフユナイテッド市原・千葉、FC東京と提携し、協賛に興味がある企業とクラブの間に入り調整を行うビジネスマッチングも事業として担っている。企業にとってはプロスポーツチームを活用することで地域貢献や自社のPR等さまざまな取り組みが考えられる中、羽生氏が企業とクラブにヒアリング。求められるニーズを理解し、ハブとして連携を推進している。

こうした関わりを持つ中で、将来的に見据えるのは“ボランティア”で指導をしていくこと。引退し指導者に転じると、指導の対価として料金を徴収することが一般的だ。しかし部活動の地域移行や競技人口の減少で、サッカーをやりたくても環境がないという情勢を鑑みながら「ビジネスではなく誰でも来ていいような、そんな場所を作りたい」と意気込んでいる。

それが“真の”地元とサッカーへの恩返しを考えており、だからこそ現在推し進めている組織構築の事業の拡大を目指している。1年1年の成果で現在地を理解し、背伸びをすることなく翌年の目標を立てている。

元Jリーガーは数多くいるが、羽生氏のような形でサッカーに携わっているケースは少ない。「こだわりを持って自分なりに進めている。本当に頑固者ですね」と羽生氏。目の前のことに必死だった現役時代と同様に、大風呂敷を広げず“今”を着実に生きているのだ。

その一歩は小さいかもしれない。それでもオシム氏が残した考えとサッカー界への思いに馳せながら、忍耐強く、着実に歩みを進めていく。

組織構築の事業の傍ら、サッカーへの恩返しは忘れない。

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