“向上心”忘れないプロ注目外野手 東北福祉大・辻村大我は声とバットで打線を引っ張る
快音を響かせると、塁上で吠え、感情を爆発させる。辻村大我(4年=龍谷大平安)は、勢いに乗る今の東北福祉大を象徴するような選手だ。今春のリーグ戦は出場した8試合すべてで「3番・中堅」に座り、打率.370(27打数10安打)、11打点をマーク。6月9日に初戦を迎える全日本大学野球選手権でも打線のキーマンとなる。
「声を出すと試合に入っていける感覚があります」
辻村は兵庫県出身。幼少期から甲子園球場で阪神タイガースの試合や高校野球を観て育った。自身も自宅に隣接する公園を練習拠点としていた少年野球チームで野球を始め、オリックス・バファローズジュニアに選出されるほど実力をつけた。
憧れの甲子園を目指し、京都府の強豪・龍谷大平安高へ進学。「練習も寮生活も厳しかったです」と振り返るように3年間野球漬けの日々を送ったものの、聖地の土を踏むことはできず、最後の夏は京都大会決勝で京都国際高に敗れて惜しくも切符を逃した。

それでも、1年秋からベンチ入りすると、2年秋からは上位打線に定着して経験を積んだ。ガッツ溢れるプレースタイルも高校時代に確立した。当時は試合で緊張するタイプで、見かねた監督、コーチから「そういう時は声を出せ」と助言されたという。「声を出すと試合に入っていける感覚があります。『負けたくない』という気持ちが強い時は自然と出るようになりました」。場の雰囲気を変える威勢の良い声は、今や辻村の代名詞になっている。
2年春にブレイク、渡邉一生に思い知らされた現実
東北福祉大では1年秋にリーグ戦デビュー。レギュラーに定着した2年春は打率.357(28打数10安打)をマークしてブレイクを果たした。
昨年の大学選手権は全5試合に「1番・中堅」でスタメン出場し、うち4試合で安打を放ってリードオフマンの役割を全う。チームは日本一に輝いた。しかし、辻村自身は現状に満足せず、「そこまで打てたわけではない。もっとできることがある」と奮起。全国の舞台では出なかった長打を増やすべく、ウエイトトレーニングや瞬発系のトレーニングに力を入れた。その成果はすぐに表れ、昨秋のリーグ戦では2本塁打を記録して進化を証明した。

辻村は常に向上心を忘れない。例えば、2年春はその活躍ぶりに鼻を高くしてもおかしくないが、それよりも当時仙台大の左腕・渡邉一生(現・オリックス)に3打数無安打2三振と封じ込まれた記憶が色濃く残った。辻村は「自信をなくしました。左で150キロを超えるピッチャーを初めて見て、『こういう選手がプロに行くんだ』『自分はまだまだだ』と感じました」と対戦を振り返る。
悔しさを胸に打撃を磨き、今春の仙台大戦ではタイプこそ違えど同じく好左腕の大城海翔(3年=滋賀学園)から勝ち越しの適時打を放った。向上心があるからこそ、段階を踏みながら着実に成長を遂げている。
「武器は足と肩とミート力」目指すプロ野球の世界
学年や所属の垣根を越えた「質問力」も成長を後押しする。
始まりは中学時代。ヤング神戸ドラゴンズでチームメイトだった2学年上の来田涼斗(現・オリックス)の打撃を見て「一人だけレベルが違う」と衝撃を受け、ともに練習をする中で積極的に質問をぶつけた。大学では当時仙台大だった平川蓮(現・広島東洋カープ)に魅了され、インスタグラムでの交流を機に仲を深めて敵ながら助言を請うた。

来田と平川は今でも辻村のお手本であり、目標とする選手だ。そんな二人のいるプロ野球の世界を志す思いは揺るがない。「自分の武器は足と肩とミート力。プロに行きたいからと言って自分のスタイルを変えるようではダメ。ホームランを打てるに越したことはないですが、ホームランバッターではないので、強い打球を飛ばしたり、チャンスの場面で打ったりしてアピールしたいです」。自身の強みとやるべきことは本人が誰よりもよく理解している。
指揮官の助言で復調「楽しんで野球をやりなさい」
とはいえ、ドラフトイヤーを迎えた今春のオープン戦では、スカウトの目を意識するあまりスタイルを崩しかけた。大振りになって三振を喫する打席が続き、思うような打撃をさせてもらえなかった。
不振を脱却するきっかけを与えてくれたのは山路哲生監督だ。「結果ばかり気にしているから打てない。もっと楽しんで野球をやりなさい」とアドバイスされ、気持ちが吹っ切れた。リーグ戦では打率.410の多田羅浩大(3年=智辯和歌山)が1番、打率.552の高岡新時(4年=龍谷大平安)が2番とあって何度も好機で打席が回ってきたが、その状況さえも楽しみながら伸び伸びとプレーした。辻村は今春を「タイトルは獲れませんでしたが、大事な場面で打てたのは昨年までと違って良かったところです」と総括する。

今年の大学選手権でも「結果、結果とならずに楽しんでプレーしたいです」と意気込む。辻村らしさを貫けば、おのずと結果はついてくるはずだ。
(取材・文・写真 川浪康太郎)

