「今やるべきことをやり続けていく」中楠一期が辿り着いた新境地 司令塔が証明した“一貫性”の価値
今季リーグ5位でリーグワン発足後チームとして初のプレーオフトーナメント進出を果たしたリコーブラックラムズ東京。
その準々決勝でも東京サントリーサンゴリアス相手に80分時点でリードを奪うなど、ラムズファミリーを最後まで感動へと誘った。
ブラックラムズの精神的支柱が今季キャプテンを務めたTJ・ペレナラであれば、司令塔はシーズン全試合出場を果たした中楠一期である。
ほぼ全試合SOとして出場を重ね、チームの得点源となった男を開幕から追い続けた。試合後に発した言葉の数々から今季の進化を紐解いていく。
(写真 / 文:白石怜平、敬称略)
得点源として牽引したブラックラムズの司令塔
今季の中楠は194得点とリーグ2位の成績をマーク。レギュラーシーズン最終節の終盤まで得点ランキング1位を走り、ブラックラムズ躍進の原動力となった。
開幕戦後に試合を振り返った際、2025−26のテーマを問うと、“パフォーマンスの一貫性”を挙げた。
「チームを救うようなスキルを出したい。そのためには仮に毎回80点以上出せなかったとしても、調子が悪い時に40点に落ちない選手。高い基準をキープできる選手になりたいなと考えています」

中楠はキッカーを務めており、リザーブメンバーだった1試合を除いた17試合でキック成功率が50%を割ったのは1試合のみ。
ただその1試合である4月17日の三重ホンダヒート戦では、2トライ含む19得点をマーク。このように様々な働きで勝利に貢献した。
安定したパフォーマンスを発揮できている理由を、この試合後明かしてくれた。
「自分のできることにコミットして、次の試合に向けた一週間の準備に集中する。試合でも蹴るときのセットなど、自分の中での規律を保てていることだと思います」
ただ長いシーズンを戦う上で、相手からの厳しいマークや気候そしてメンタルの部分など、一貫性を奪う要素は必ず出てくる。
3月29日の三菱重工相模原ダイナボアーズ戦後には、以下のように分析していたことがあった。
「ずっとコンディションが芳しくないと感じていました。その原因は自分で色々とやろうとしてしまい、当たり前のことをしっかりできなかったのだと。
なので、今やるべきことをしっかりやり続けていくことを個人としてもチームとしても意識して準備していました」

前節の埼玉パナソニックワイルドナイツ戦に敗れ、自身も2得点に抑えられていた。上記の通り自身と向き合った中楠は全33得点中13得点をマークし、キックの成功率も80%と修正してみせた。
チームを救うプレーにキャプテンも賛辞
開幕節で自身が語った「チームを救うようなスキルを出したい」。これを有言実行したシーンも確かにあった。その一つが上述の三重ホンダヒート戦で発揮された。
後半27分に、ペレナラがイエローカードで一時退場を宣告されてしまう。絶対的柱を一時的だが失い、かつ数的不利にもなった中、SHの役割は中楠が務めた。
「すごいタフな部分でしたけど、想定はしていました。練習もしていたので、やるだけでしたね」
こう振り返った通り、素早い球出しと的確な判断でアタックを停滞させることなく押し進める。自身も攻撃の前線に参加し、キャプテンが戻る前にこの試合2つ目のトライを決めて見せた。

その間戦況を見つめていたペレナラも中楠が見せた対応力について問われた際、尊敬の念を示した。
「一期の9番としてのプレーには、感銘を受けました。皆さんも同じ意見だと思いますが、彼のランやキックも本当に素晴らしかった。
彼があのまま9番に転向したいなんて言い出したら、僕のポジションも危うい。戦々恐々としていますよ(笑)。
終わってから彼と話したら『ハーフでのプレーはめっちゃ楽しかった』と言っていました。彼はすごく優れた選手ですし、ラグビーを知っているので、どこのポジションでもできると思います」

日本代表での経験がさまざまな変化を呼ぶ
今シーズン開幕前の昨年7月、中楠は桜のジャージーを着て新たな一歩を踏み出していた。
同5日に北九州で行われたウェールズ戦で初キャップを獲得し、さらに初トライも記録。これらの経験は、確実に自身の中に変化をもたらしていた。
「フィジカル面やラグビーに対する考え方、日常の過ごし方など、自分がすごく成長できたし、成長する意欲っていうのもさらに増しました」
特に変わったのは、自主練習へのアプローチ。
ベーシックなキックやパスといった基本スキルの個人練習において、これまで以上に自身の時間を厳格に確保し、より高い意識を持って取り組むようになったという。
ただ、本人は「何か特別なことをしているわけではない」とも話す。量を増やしたというよりも、自分の中の基準が上がったという感覚に近い。
「これぐらいのプレーパフォーマンスをしなきゃいけないっていうスタンダードが変わりましたし、しっかり今を生きる・今やるべきことをやり続けることができているかなと思います」

かつては「代表に定着したい」という目標に囚われるあまり、理想に届かない現実に自らプレッシャーをかけてしまうこともあったという。
そこから己と向き合い、“今この瞬間”に100%フォーカスすることで未来の焦燥や過去の幻影から解放することができた。
この研ぎ澄まされたメンタルの切り替えこそが、今シーズンの一貫性をもたらす原動力となっていた。
シーズンを通じて得た手応えとあの一戦での決断
レギュラーシーズン最終節となる5月10日の東京サントリーサンゴリアス戦後、目標だったプレーオフトーナメント進出という結果を「積み重ねの成果」と捉え、その点でシーズンを「成功だった」と総括した。
今季のブラックラムズは前半リードを奪われても後半に猛攻を見せ、逆転劇で勝利を掴んできた。シーズンが後半になるにつれては先行逃げ切り型でも勝利を重ねるなど、試合を重ねるごとにチームは成長していった。
その要因について中楠は「自分たちの力を信じ続けること」を挙げる。
「ビハインドになっても勝ち切れるのは、今まで以上に自分や仲間たちを信じることができているからです。なので、苦しい状況でも倒れずに踏ん張れるようになったと感じています」

自身の今シーズンについては、これまで追求し続けた「一貫性」を振り返ってもらった。ここでは自らに厳しい男が「去年と比べたら全然成長できた」と明確に手応えを口にしていた。
そして迎えたプレーオフトーナメント。相手は最終節と同じサンゴリアスだった。
「経験したことないステージですけど、試合に対するプロセスは本当に何も変わらない。普段の試合と同じ準備をするだけ。しっかり結果を出したいし、楽しみたい」
このように語り臨むも、前半に17点のビハインドを許す苦しい展開となった。
それでも後半に何度も試合をひっくり返したブラックラムズは、伝統である最後まで諦めないラグビーをこの大舞台でも見せた。4トライを集中させるなどで1点差に迫ると、38分には中楠がPGを決めついに35−33と逆転する。
そして試合終了まであと1分となった39分、敵陣でペナルティを獲得したブラックラムズはPGを選択。
自ら蹴る準備をしている時に終了を告げるホーンが鳴り、この時点で誰もがブラックラムズの勝利を確信していた。
しかし、予想だにしない展開が待っていた。PGが外れるとサンゴリアスボールに。ブラックラムズは守り切るのみだったが、まさかのトライを許しサヨナラ負け。秩父宮ラグビー場は悲鳴と歓声が交わる異様な空気となった。
39分でのペナルティ獲得の際、ショットの他にもスクラムそれともラインアウトかなど、各所で数日間議論が飛び交い続けるほど難しい選択だった。

ペレナラは試合後の会見で当時の場面について明かした。
「私の判断です。一期が一人で決めたとは思ってほしくありません。私がゴールキックを狙おうと決めました。彼も決める自信があり、もし決まらなくてもデッドボールラインを越える自信がありました。いずれにせよ、私が最終的に判断しました」
一方で中楠も「(PGを)入れる自信があった」と語り、互いに納得した決断だった。続けて「決めていれば勝つというシーンでもあったので、ここで決め切れる選手になりたいです」と悔しさを滲ませながらも前を向いた。
『一貫性』というテーマを追い続け、時には立ち止まりながらも確かな成長を積み上げてきた。
あと一歩届かなかったあのキックもその歩みの一部であり、来季更に飛躍する可能性を残している。ブラックラムズの司令塔として、そして日本ラグビーを担う存在として、中楠一期の進化はここからさらに加速していく。
(了)
