優勝しても、消えるかもしれない――富良野ブルーリッジ、二つの真実(後編)
チームが、リーグを制した。
だが、監督として富良野ブルーリッジを率いる町田祐樹には、どこか歯がゆさが残っていた。
選手たちの成長には、確かな手ごたえがあった。積み上げてきたものも、間違いなくある。それでも、どこか「出口のない勝利」に思えてしまう。
町田の目に映っていたのは、瀬戸際に立つ球団の姿だった。(前後編/前編はこちら)

プロに一番近い”知らない場所”
町田は二十五歳。神奈川の生まれだ。幼い頃から野球に打ち込んだが、肘を、膝を、と痛めながらの競技生活のなかで、視線は若くしてプレーヤーから指導者へと移った。岡山、鹿児島の大学で、コーチとして経験を積み、次は社会人野球の強豪チームへ進む道も決まっていた。
それを蹴ったのは、富良野でプレーする高校時代のチームメイトからの誘いだった。自分がキャプテンの頃に、面倒を見ていた後輩だった。知らない土地、プロにいちばん近いはずの独立リーグという環境にも、惹かれるものがあった。迷いは、不思議となかった。あいつのために、行ってやるか――そう思って、町田は北へ向かった。

これが、独立か
入団式で、町田は言葉を失った。
体つきが、違う。プロを本気で目指す、相応の体と技術を持つ者たちが集まる場所を想像していた。だが、目の前に並んだ若者たちは――失礼を承知で言えば――本当に野球選手なのかと戸惑うような姿だった。球団そのものも、驚くほど小さい。
「これでも、独立なのか」
それが、第一印象だった。
グラウンドでも、嫌な予感は的中する。荒れた土のグラウンドに、ノックの打球が転がる。どこかぎこちなく出された内野手のグラブを弾き、送球が逸れる。打撃ケージから響く音も、芯を食ったそれとは、どこか違う。少なくとも、町田にはそう見えた。
諦められないものたち
それでも、想像を超えてくるものがあった。彼らは、本当に野球が好きなのだ。どこへも行けないまま、それでも諦めきれない選手たち。足りないものは多いが、上へ行きたい気持ちは確かにあり、練習に向かう姿勢は想像以上に良い。
「能力だけが、ついてきていない」
裏を返せば、伸びしろは大きいということだ。
であれば、変に現実を語るんじゃなくて、ある意味、バカになって。本当にこいつ、上に行かせられる、って思って指導しよう――町田は、そう決めた。
現実は、選手自身がトライアウトを受けに行けば、いやおうなしに突きつけられる。ならばそれまでは、絶対にプロになれると信じて、指導する。札幌で打撃指導を生業にしてきた鈴木泰仁とも手を組み、指導に熱を入れた。目指すのは『成長率ナンバーワンの球団』と決めた。

半年後は別人に
半年を過ごした選手が、別人のように変わっていく。シーズンの初めと終わりで、顔つきまで違う。「野球の授業」と呼ぶ座学、能力の数値化、主体性の育成。毎月、目標を立てて共有し、選手自身に練習を組ませる日も設けた。下手な選手ほど、きちんと教えれば伸びる。その手応えが、町田と鈴木を駆り立てた。
滝口友太朗という選手がいた。野球、特に打撃の才は、だれしもがすぐに気付いた。しかし、グラウンドを離れると、できないことばかりだった。守れない時間、取れない連絡――野球外での至らなさに、町田は真っ向から向かい、理解し、乗り越え方を模索した。鈴木は、彼の得意である打撃をともに磨く。滝口はやがて、チームで圧倒的な力を見せ、所属選手として初となる、海外のプロ球団との契約をつかむことになった。
ここを、諦めるための場所だけでは、終わらせたくなかった。
踏みとどまる場所ではなく、跳ぶための踏み切り板に――現場は、本気でそう信じていた。
優勝の価値とは
しかし、その本気を阻むものがあった。球団を取り巻く、構造である。
HBLには、いま二つの球団しかない。富良野ブルーリッジと、旭川ビースターズ。たった二球団で、シーズンの全試合を戦う。しかも、このリーグは日本独立リーグ野球機構(IPBL)に加盟していない。優勝しても、独立リーグの勝者が集う全国大会グランドチャンピオンシップには進めない。賞金もない。選手を、より広い舞台で見てもらえる機会にもつながりにくい。
「このリーグで優勝することに、価値を見つけにくいんですよ」と鈴木は言う。「だから、選手のエンジンをかけていくのに、すごく時間がかかる」
優勝した。町の拍手に囲まれた。それは確かに嬉しい。しかし、その勝利の先に、はっきりした出口が見えない。その感覚が、町田や鈴木のなかには残っていた。

なくなるかもしれない、瀬戸際
同じ相手と戦い続ける。意味を見いだしにくい勝利を積み重ねる。すると、選手たちの意識は「結局は自分のため」と個人の成績へ向かい、チームは、少しずつばらけていく。
優勝に価値が見いだしにくいリーグは、野球界でも前向きに捉えられない。いい選手は集まらず、来た選手も、力をつければ上へ抜けていく。残るのは、また一から育てる若者たちだ。
鈴木は、それを「ジレンマ」と呼ぶ。育てた選手が出ていくのは、嬉しい。だが、そのたびにチームは、振り出しに戻る。いや――振り出しなら、まだいい。スカウトにも限界がある。町田の目には、戦力は年々、少しずつ落ちているようにも見える。
であれば、IPBLに入ればいい。理屈としては、そうだ。だが、そこには費用の壁がある。
「お金がない」。入れるその日まで、果たしてチームは、持ちこたえられるのか。
「今年は、十数人です」。各ポジションに、二人はいない。野球が、ぎりぎり成立する人数だ。リーグそのものも、もろい。相手は、一球団だけ。その一つが落ちれば、リーグは続かない。
「けが人が出たら、アウトです」。町田の言葉は、率直だった。「なくなるかもしれない、瀬戸際なんです」
ジレンマを引き受け、もがく
引き抜かれ、NPBや他リーグへの供給地となっていく。では、選手が残るようになればいいのか。町田は首を振る。
「独立リーグは、もともとプロ選手を育てるためにあるので。出ていくので、いいんです」
独立球団は、プロを目指す若者のためにある。だから、うまくなった選手が上へ抜けていくのは、役割として正しい。育て、送り出し、また一から育てる。その循環は、独立リーグでは自然なことだ。
ただ、その循環を成り立たせるには、送り出す側にも、持ちこたえるだけの土台がいる。
だから現場は、出入りを容易にしたいと考える。NPBへ通じるIPBL――その一つ外に、いまの富良野はいる。たやすくはない。それでも、輩出の実績を積み、選手が次へ進みやすい回路をつくるしかない。”富良野でなら、伸びる”。その期待こそが、いい選手を呼び込む入口になる。まず、目の前の選手を磨きつづける――。町田と鈴木は、そう腹をくくっている。
根付いたもの、その先にある瀬戸際
突破口は、まだ遠い。
それでも、手探りで進むしかない。成長率はトップクラス――そう言い切れる手ごたえを現場は感じていた。新たに始まる台湾への派遣も、その遠い出口に向けた、ひとつの試みとして置かれている。
球団が積み重ねてきた、五年という時間――借金まみれの前身を引き継ぎ、住民の拍手を受けた、その定着と希望。その裏で、現場の目に映る、来年への危機感――来季の保証も、突破口も見えない現実。富良野ブルーリッジは、その境目に立っている。根付いたのか。瀬戸際にいるのか。たぶん、どちらも本当だ。
グラウンドには、今日も町田の声が響いている。
ノックを受ける若者の手についた土は、畑のものか、グラウンドのものか――もう、きれいには分けられない。

(後編了)
