馬の命に寄り添う高校生たちの夏—— 北宇和高校馬術部、人馬一体で挑むインターハイ
愛媛県内で唯一の馬術部を持つ、県立北宇和高等学校。全国でもわずか24校にまで減少した「厩舎」があるこの地方公立校には、県外からも多くの生徒が集まってくる。しかし、私立の強豪校のような潤沢な資金や広大な馬場はない。馬術部としては厳しい環境の中、彼らは幾度も全国の舞台・インターハイへの切符を掴み取ってきた。
そこには、命と正面から向き合う生徒たちの姿、そして彼らを支える地域との温かい絆があった。30年にわたり部を牽引し続ける山中瑞穂(やまなか・みずほ)監督の言葉から、地方公立校の馬術部がいかにして全国へと駆け上がったのか、その軌跡を紐解いていく。
「馬もアスリート」言葉を持たない相棒と通じ合う、馬術の奥深さ
数あるスポーツの中でも、馬術競技は特異な性質を持っている。山中監督は最大の特徴として「馬もアスリート」という点を挙げた。
「言葉を交わすことのできない動物といかにコンタクトを取って、競技を成立させるか。馬と向き合い続けた膨大な時間が、あの一瞬の時間にぎゅっと閉じ込められている。そこが何よりの魅力だと思っています」
高校から馬術の世界に飛び込んだ生徒たちが、最初にぶつかる壁。 それは、動物に対する「愛情」と、競技における「信頼」の使い分けだという。普段の世話で馬と心を通わせても、いざ馬場に出て障害を飛ぶ際、馬は単に「可愛がってくれる人」の言うことを聞くわけではない。
「『私がこれだけ可愛がっているのに、なんで言うことを聞いてくれないの?』と落ち込む生徒たちも多いんです。でも、馬も競技に向かうアスリートなので、自分がパフォーマンスを発揮しやすいよう導いてくれる『リーダー』に従うんですよね。引っ張る姿を馬に見せてあげないといけないんです」
また、馬術は男女の差や年齢によるハンデがない点も大きな特徴だ。オリンピックの舞台でも20代と60代が同じ土俵で戦うことができる。
「経験の浅い若い選手はベテランの馬に身を委ねて技術を教わり、熟練の選手は若い馬を調教しながら競技に出る、人間と馬の相互補完が成り立つ競技なんです」
そんな人と馬の美しい関係性が、この競技をより奥深いスポーツにしているのかもしれない。
資金繰りの秘策は「古紙回収」地方公立校の躍進を支える地域の応援団
北宇和高校には畜産科がないため、馬の世話を一手に担う馬術部の日常は想像以上に大忙しだ。遠方から通う生徒は朝5時台の始発に乗り、登校するとすぐに朝の餌やりと健康チェックを行う。昼休みになれば急いで厩舎へ向かい、放課後の練習を終えて一時帰宅してから、再び夜の餌やりに再登校する。
「馬の体調管理やブラッシング、厩舎の掃除など、部活動の7割は表立って見えない裏方の部分です。だからこそ、ただ乗るだけでなく『自分の手の上に、この馬の命を預かっている』という命の重みは常に厳しく伝えています」

そして資金面では、公立高校ならではの苦労も絶えない。馬を運ぶ専用トラックを持たないため、遠征のたびに輸送を外部に依頼する。しかし、他高の馬術部にお願いしようにも、大会の日程が重なっているため頼むことができない。県外の乗馬クラブにトラックを出してもらうが、大会期間中は現地で待機してもらうため、遠征や大会に出ると少なくない出費がかさんでしまう。
そんな資金難を補う秘策として、続けてきたのが「古紙回収」だ。 次第に生徒から卒業生や地域住民にまで活動は広がり「地域の回収日に出さず、馬小屋の横に持っていくよ」と集めた古紙を運んでくれるようになった。
貯まったお金は、馬の餌やご褒美の人参代になる。時にはスポーツドリンクの粉を買い、暑い日に馬と生徒で仲良く分け合う微笑ましい交流も生み出している。
さらに活動を知った地元の業者が無償でおがくずを提供してくれたり、高校の大先輩が休耕地で牧草を育てて届けてくれたりと、馬術部は地域全体で見守り育てられているのだ。
「明日冷たくなっていても…」高校生が馬から学ぶ”命の重さ”

厩舎には今、人間でいえば100歳近い29歳の長寿馬「カイテキZ」がいる。かつて全日本学生馬術選手権などで活躍した彼は、ここで高校生に馬の乗り方や競技の感覚を背中で教える「師匠」として穏やかな日々を過ごしている。
しかし、ふとした瞬間に居眠りをしてガクンとよろけるなど、老いのサインも見せ始めた。監督も生徒もいつ訪れるか分からない最期を常に覚悟し「あと半年かな、1年かな」と祈るように見守る日々が続いている。
馬術部は3年前に、壮絶な別れを経験した。癌により目の腫瘍を患ったストラディヴァリ(愛称ヴァリさん)の闘病だ。最期を看取った山中監督はこう振り返った。
「生きることを諦める馬はバタンと倒れて気力をなくすんですが、ヴァリさんはよろめきながらも馬屋の端をくわえて立とうとしました。一旦は安楽死も考えていた馬です。最期まで生に執着するあの姿から、生徒たちも強烈なメッセージを受け取ったと思います」


一方で生徒たちも、馬の命のため全力を注いでいる。部員がたった1人の時期には、当番の交代要員がおらず、1年間一度も教室で昼食を食べられなかった女子部員もいた。ある日、監督不在時に馬の体調が急変し、彼女は電話で指示を仰ぎ、夜まで懸命に看病を続けた。
「帰宅間際の彼女が『私が精一杯考えて出来る限りのことをしてあげたので、もし明日の朝来て体が冷たくなっていても後悔しません』って言うんですよ。悲しいけれど感情に流されるのではなく、現実を受け止める。彼女の精神に驚きましたし、感動しましたね」
彼女の献身的な看病が実を結び、馬は無事に元気な姿を取り戻した。 厩舎という特別な教室で、彼らはスポーツの枠を超えた「命の重さ」を日々学び続けている。
「生徒が本気なら、私も本気で」自身の愛馬を寄贈した山中監督の覚悟

生徒たちが真っ直ぐに命と向き合えるこの環境は、一人の指導者の途方もない情熱から始まった。 山中監督と北宇和高校の関わりは、およそ30年前に遡る。
高校時代に馬術ができる環境がなく断念した経験から「昔の自分のように困っている高校生がいるなら」と、当初は月一程度で飼育指導を行う関係だった。しかしある時、一頭しかいない学校の馬が病死し、馬術部は存続の危機に陥った。
「実はその代の生徒たちは馬術に熱心で『お小遣いがないので電車では来られませんけど…』と言いながら、馬がいる私の家まで自転車で練習に来ていたんです。生徒たちがここまで本気なら、私も本気でサポートしようと腹をくくりました」
生徒の情熱に胸を打たれた監督は、自身が大切に乗っていた愛馬を学校へ寄贈し、徐々に馬術部を指導する機会も増えていった。

さらに追い風となったのは、2017年に開催された愛媛国体。「国体選手を育てる」と町長が目標を掲げ、ジュニア世代から選手の育成を始めた。
さらに山中監督の大学時代の先輩にあたる元オリンピック選手・衛藤賢二氏が「国体を目指す子供たちに協力したい」と、全国レベルの馬を譲ってくれたのだ。
その馬のおかげもあり、北宇和高校はなんと愛媛国体前にインターハイへと出場。十ヵ年計画で育成した愛媛国体でも好成績を収め、北宇和高校は徐々に全国レベルの部へと変貌していった。
人馬一体で挑むインターハイと、これから描く夢
そして2026年、再びインターハイの舞台に挑む北宇和高校。本番では貸与された「初対面の馬」に乗り、わずか3分間の練習時間だけで競技に挑まなければならない。全国の強豪が集う舞台で、山中監督が選手たちに求めるのは、いかに目の前の馬と真摯に向き合えるかだ。
「抽選で当たった馬の個性を感じて『一緒に走ろうね、ゴールに導いてね』と心を通わせる。心が通い合えば、自ずと結果はついてくると思っています」
競技で結果を残すことには特別な意味がある。それは北宇和高校の活動を、地域の人々に理解し応援してもらうための架け橋となるからだ。
「馬を大切にする日々の活動と、競技での活躍。どちらか片方だけでは北宇和高校馬術部は成立しません。成績を残すことで地域の方が喜んでくださり、結果としてそれが、明日食べる牧草や敷材の支援という循環に繋がっていくんです」
そして、逞しく育つ教え子たちを見守る山中監督には、どうしても叶えたい一つの夢がある。それは大会のたびに学校に残り、たった数人で全頭の世話を引き受けて留守番をする部員たちの存在だ。畜産科がない馬術部ならではの悩みである。
「厩舎に残って、何かあっても自分たちだけで対処しなければならない重圧は計り知れません。試合から帰ると、不安から解放されて泣き出す子もいるほどです。だからいつか世話をお願いして、裏方で支えてくれている全員を試合の応援に連れて行ってあげること。それが私の夢なんです」
命の重みを背負い、地域の温かさに触れ、情熱を繋いできた北宇和高校馬術部。今夏もまた愛媛からインターハイの舞台へ、人馬一体の挑戦が力強く幕を開ける。
