JKC(全日本フルコンタクト空手コミッション)が滋賀・比叡山で強化合宿を行った理由とは
JKC(全日本フルコンタクト空手コミッション)による滋賀・比叡山での強化合宿「TOP of JKC in 比叡山 2024」が行われた。全日本学生フルコンタクト空手道選手権大会(=インカレ)を開催するなど進化著しいJKCが、選手強化に対して今まで以上に力を入れ始めた形だ。
「団体や階級を超えての交流ができて、技術と精神の両面で得るものは大きかったはずです」
初の試みとなる合宿を終え、「選手の成長へ向けての手応えを感じた」というJKC代表・酒井寿和氏に話を伺った。
~JKCが参加費を負担して開催した比叡山での強化合宿
「TOP of JKC in 比叡山 2024」は、3月16-17日の2日間、世界文化遺産登録されており「日本仏教の母山」とも称される比叡山延暦寺で吉村裕強化委員長が中心となって行われた。全選手24名分の交通費や宿泊費を含めた参加費は全てJKCが負担しての開催となった。
「合宿ができなかったのは選手個人の負担が大きいのも理由の1つです。空手はマイナー競技なので、日本トップ選手でも国などからの補助金は期待できません。全国各地にトップ選手はいるので現実的に開催が難しかった」
「技術がある選手がさらに強くなるためには精神面も重要です。比叡山延暦寺という神聖な場所で座禅を含めた精神修行をする。トップ選手が集うことで両方を鍛えられるはずだと考え実現に至りました」
~一泊二日という短期合宿で可能なことは
2日間の合宿では技術練習や基礎体力アップのメニューに加え、多くのアスリートを支えるメンタルコーチ・臼井博文氏(株式会社サンリ)を迎えての約2時間の講義も行われた。
「トップ選手としての自覚や大会への心意気や考え方を徹底的に高めたいと思いました。臼井氏には何度も話を聞きましたが、ポジティブで楽しくいることが大事だと言われます。空手は苦しいことやプレッシャーも多いですが、常に楽しく考えるということが伝われば良いなと」
比叡山延暦寺副執行・今出川行戒氏からも特別講話を聴く機会が作られ、比叡山の歴史から空手にも通ずる「道」を学んだ。
「一泊二日という短期合宿で何ができるかを考え、『道』という題材で話をしてもらいました。『仏道』と『空手道』は違うもののようだが、『道』という部分では通じています。選手個々によって感じ方は違うと思いますが、絶対にプラスになるはずです」
「技術があって強いだけでは意味がない。『道』には優しさや礼儀作法が必要不可欠だという自覚を持って欲しいと思います。不思議なものでどの分野でもトップを張る人たちというのには人間性の素晴らしさがある。それぞれの『道』を極めているからだと思います」
もちろん早朝座禅も行い、僧侶がお経を読み上げる「お勤め」にも参加して心を清めた。普段の日常生活とは異なる時間を過ごし、己と向き合うこともできたはずだ。
~立教大2年の新里誠光はJKJO全日本とインカレの二冠王
合宿に参加した1人が立教大2年の新里誠光(ニッサトマサミツ)。昨年は第15回JKJO全日本空手道選手権大会での一般男子軽量級に加え、第2回インカレ男子軽量級も制した「二冠王」だ。
「父と兄がやっていた影響で5歳で空手に出会いました。空手を含めて格闘技が好きだったので、始めてからはどっぷり浸かった感じ。強くなりたいので練習を続けています。今は東京都の武立会館という道場に通っていて、インカレは在学する立教大で出場しました」
JKCの積極的な動きが新里にはプラスに作用しているようだ。インカレでは大学王者を獲得、今回の合宿参加で更なる成長も見込まれる。
「インカレも合宿も、普段とは違う世界を経験できて楽しい。年齢も異なる選手と接することで技術、精神の両方で刺激を受けました。練習以外でも空手への向き合い方などが見られて参考になることが多かったです」
「負けないという強い気持ちが重要ですが、同時に冷静さがないとダメ。気持ちだけが先走ると普段の技術が発揮できません。常に冷静に相手の動きを感じながら自分の技を出す。他の強い選手もそのような感じで、今後も大事にしたいと改めて思いました」
5月25-26日にはJFKOの第9回全日本フルコンタクト空手道選手権大会(大阪)が行われる。WFKO世界大会の日本代表選抜戦となり、結果を出しての代表入りも狙っている。
「日本代表にはなりたいですが、まずは1つずつ目先のことを大事にしたい。1つずつ結果を出したその先にあるのがタイトルや日本代表です。常に冷静な気持ちを持ち続けることが試合内容向上や結果にも直結するはずです」
~KWF欧州王者の経験もある酒井琉翔はJKJO全日本連覇を目指す
合宿参加した女子選手中で注目度が高いのは21歳の酒井琉翔。JKC酒井代表の実娘は、第12、13、15回JKJO全日本空手道選手権大会優勝。また第31回KWF全ヨーロッパ極真空手道選手権大会優勝など、国際舞台での実績もある。
「空手一家に育ったので競技を始めたのは自然の流れだったと思います。子供の頃は『他のことをやりたい、空手を辞めたい』と思ったことも多々ありました。でも今は空手が大好きでもっと強くなりたいと思っています。(好きになったのは)いつの間にかでした」
普段は社会人として仕事をした後、週2日、道場へ足を運ぶ。道場生への指導をした後に自らの練習を行い、その他の日は自主トレに打ち込むという。
「指導を任されている立場でもあるので、自分自身が結果を出すことの必要性も感じます。教わっている師匠が日本一の選手ならば、選手たちも誇りに感じてくれるのではないでしょうか。もちろん空手へのモチベーションにも繋がるはずです」
「(勝たないといけない)プレッシャーも毎年のようにあります。そこの気持ちは今後も変わることはないのではないでしょうか。モチベーションを保つことは大変ですが、合宿ではそういう部分も他選手から参考にできればと思っていました」
「比叡山合宿は刺激があって楽しかった」と振り返る。普段は話したことない選手とも空手を通じて思いを交わし合うことができた。また技術、精神の両面で現時点の自分を見つめ直す機会にもなった。
「例えば、臼井氏からのお話の受け取り方に以前と変化がありました。気持ちの作り方等、基本部分を改めて思い出させてもらった気がします」
5月のJFKOに続き、9月には連覇がかかるJKJOも控える。女子の第一人者となった現在、気を抜く暇もないほど忙しい年になりそうだ。
「全力で戦って全ての試合で勝ちたい。そうすれば世界選手権出場ができて連覇もできます(笑)。今の課題は状況に応じて組み手を変えるなど、うまさも出すことです。冷静さを常に持っていられれば、そういった次の段階に進めると思います」
~比叡山延暦寺は自分に向き合える最高の環境
団体の意向が選手にしっかり伝わる素晴らしい合宿だった。「単発では意味がない」と酒井代表は継続することの重要性を語る。
「予算等のクリアすべき部分もありますが、人数を少しでも増やして続けたい。合宿をすることの正解が何なのかはわかりません。もちろん試合結果が出ることも大切ですが、純粋に選手に良いことをやりたい。空手に取り組む環境を作ってあげたいです」
「環境を考えて比叡山を選んだ部分もあります。言葉にするのは難しいですが、神秘的というか普段の日常では感じられない空気感がある。空手だけではなく1人の人間として、自分に向き合うことができる最高の場所だと思います」
合宿やインカレ等、JKCは常に「選手の環境面」を重視し形として実行している。
「空手の環境面は遅れていると思います。他競技では高校、大学、社会人と目標を持って続けていけます。しかし空手ではインカレができるまでは大学生が目標にできる大会がなかった。競技へのモチベーションを高めるためにも、良いと思うことは今後もどんどん取り入れたいです」
空手ではK-1が世間的ブームを巻き起こしたことは記憶に新しい。強さを競い合う究極の戦いは、見ている人を虜にする力があるのは実証済み。人気競技となり競技者が増えるためにも、環境面の整備は必須だ。
「選手が空手を長くやれるようにサポートしたい。続けている選手が輝く競技にしたいです」と酒井代表は最後に付け加えてくれた。
JKCを筆頭に空手界が一丸となって本気の改革へ動き出している。比叡山合宿を経て逞しくなった選手たちの今後の成長と活躍が楽しみだ。そしてフルコンタクト空手が、他のメジャーと言われる競技に引けを取らない競技環境になる日が早く来て欲しい。
(取材/文:山岡則夫、取材協力/写真:全日本フルコンタクト空手コミッション)