マイナビが立ち向かう「アスリートのセカンドキャリア」問題。支援充実と活用促進で選手の不安解消へ

 ここ数年、アスリートのセカンドキャリアに対する世間の関心が高まってきている。現役中は競技以外のことに割く時間が取りづらいことなどから、将来の不安を抱えながらプレーしている選手も少なくない。そんな中、近年はアスリートのキャリア支援に取り組む企業も増えてきた。今回は、そのうちの一つである株式会社マイナビ(東京都、以下マイナビ)と実際に支援を活用する選手に話を聞き、実態を取材した。

マイナビが推し進めるアスリートの「就労支援」と「人材育成」

 人材情報サービス業を手がけるマイナビがアスリートのキャリア支援事業をスタートさせたのは、2018年12月。セカンドキャリアや、現役中に競技と仕事を両立する「デュアルキャリア」の実現に向けたサポートを行うほか、社会で活躍するためのビジネススキルや人間力を養う「人材育成プログラム」も実施している。

人材育成プログラムを受講するマイナビ仙台レディースの選手たち(マイナビ提供)

 人材育成プログラムは大学の運動部やプロのスポーツチームを対象としており、プロでは現在、マイナビ仙台レディース(女子サッカー)やサンロッカーズ渋谷ユース(男子バスケ)などの選手が受講している。マイナビ社員が定期的に講義を行い、選手たちに座学やグループワークを通して自らの将来設計を立ててもらうことが目的だ。

サッカー選手として、アドバイザーとして感じたアスリートキャリアの課題

 鈴木あぐりさん(24)は、当時のマイナビベガルタ仙台レディース(現・マイナビ仙台レディース)の元選手で、現役時代からマイナビの社員でもあった。選手としては2017年から3年間チームに在籍し、18年にはU-20日本女子代表に選出されU-20女子ワールドカップでの優勝を経験。ゴールキーパーとして活躍したが、怪我に悩まされ21歳で現役を引退した。  

 入団と同時にマイナビに入社し、現役中は宮城支社で総務・広報や看護師の採用支援に従事していた。土日はチームの遠征や練習に参加し、勤務は平日の週4日。平日は午前9時から午後2時まで働き、午後4時から午後6時までの全体練習とその前後の自主練習をこなす日々を送っていた。生活リズムに慣れるまでは苦労したが、「サッカーを失った時に自立して生きていける人になりたい。新たな自分に出会いたい」との思いで選んだ環境で己を磨き続けた。

元アスリートの経験を生かし、キャリア支援に取り組んでいる鈴木さん(マイナビ提供)

 現役中からアスリートキャリアの課題解決に携わりたいとの考えを持っており、引退後は面接を受け直して再入社し、東京の本社に異動した。それ以降現在まで、企業とアスリートのマッチングをサポートするリクルーティングアドバイザー、キャリアアドバイザーとして業務に励んでいる。

 マッチングが成功したり、アスリートが企業で活躍する姿を目にしたりした際は大きなやりがいを感じるが、その一方、課題も見えてきた。仕事で接するアスリートから聞くのは、「競技以外の自分のアイデンティティがない」「競技をやっていない自分が想像できない」といった声。「やりたいことがあるから競技を辞めるというよりは、競技を辞めたけどやりたいこともやれることも分からないアスリートの方が多いのが現状」。ここ数年で各企業のキャリア支援は充実してきたが、まだまだ取り組むべきことはたくさんあるようだ。

  鈴木さんはさらに指摘する。「私自身、セカンドキャリアという言葉をあまり好んで使いたくはなくて、キャリア、人生は一つでつながっていると思う。競技者である時間は有限で、スポーツは生活を豊かにする手段の一つ。アスリートとしての時間とその後の人生の時間を切り離して考える文化が、こういった現状を生んでいるのかもしれない」。

「引退後のことは想像できない」競技に打ち込む現役アスリートの本音

 「現役のうちは自分のサッカーのプレーに集中したい。現役を引退した後のことは全然想像できない」。マイナビ仙台レディースのゴールキーパーとして現役で活躍している齊藤彩佳選手(31)は、引退後のキャリアに対する率直な考えを話してくれた。

 齊藤は高校卒業後から、福島を拠点とする東京電力女子サッカー部マリーゼでプレー。2011年に発生した東日本大震災の影響で休部となった後は、同チームの受け皿として創設されたベガルタ仙台レディース(現・マイナビ仙台レディース)に入団した。チームが休部し競技から離れた期間は「サッカーをやっている場合じゃない。やっていていいのかな」との思いも頭をよぎったが、当時もサッカーをしていない自分の姿を想像することはできず、入団を決めた。  

 仙台では競技の傍ら、蒲鉾店での事務・販売や工具メーカーでの事務・製造サポートなどに従事。チームがWEリーグに加入し、プロ化された2021年からは、サッカー一本で競技を続けている。

現役でプレーを続けている齊藤(マイナビ仙台レディース提供)

 現在はサッカーに専念することを心がけているが、その一方、マイナビの「人材育成プログラム」を受講する中で将来を見据える意識も芽生えてきた。「挑戦し続けることや自分の感情をプラスに持っていくこと、明確な目標を立てることなどの重要性を学んだ。それらはアスリートとしての自分にとっても、社会人としての自分にとっても大切なこと」。今年のシーズン前にはアカデミー年代の練習を手伝うなどしており、新たな自分を模索し始めている。

 またチームがプロ化されたことで、働いた経験のないまま引退し、その後のキャリア形成に苦労する選手が増えることも危惧している。「(セカンドキャリアは)意識しなければならないことだけど、セカンドキャリアに囚われすぎてもいけない。キャリア支援を活用しながら今後のことも考えていけたら」。それが、アスリートの本音なのかもしれない。

 鈴木さんはマイナビのアスリートキャリア支援の魅力について、「引退間際になって助けるのではなく、現役時から社会人として生かせるスキルを身につけ、将来の可能性を広げられるサービスを提供している」と話す。引退後のキャリアを考えることに、どれだけの時間を使うか。その問いに対する明確な答えはないが、支援が充実し、アスリート自身が支援の良さや活用する意味を知ることが、アスリートの不安を解消する一助となるだろう。

(取材・文 川浪康太郎/写真提供 マイナビ、マイナビ仙台レディース)

読売新聞記者を経て2022年春からフリーに転身。東北のアマチュア野球を中心に取材している。福岡出身仙台在住。

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