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「自ら考えて実行することで日米ハイブリットの打撃を作り上げる」年中夢球とタクトtvのコラボプロジェクト

野球講演家として独自の地位を築き上げている年中夢球氏(以下夢球氏)。

米国で学んだ打撃メカニクスを伝える菊池タクト氏(同タクト氏)。

異色タッグのベースボールクリニックが話題となっている。

米国で主流の打撃メカニクスを伝えるクリニック。

~「周囲の大人たちに選手の本音を知って欲しい」年中夢球氏

「誰に向かってのお願いしますですか?家族?グラウンド?用具?…」

夢球氏は主にティーン世代のチームに指導することが多い。冒頭では参加した選手たち全員に質問して、1人ずつはっきりと答えさせるのがルーティーンだ。

「グラウンド出入り時に帽子を取って一礼。プレー前には『お願いします』の声を出す。野球をする子たちは誰もがやっていることです。でもそれを何のためにやっているのかを考えている人は少ない。これで意味があるのか?やらされるだけ、形だけの義務なら何も伝わらないです」

大きな声での挨拶を欠かさず、動く際には全力疾走。「野球選手はスポーツマンシップの体現者」という印象があるが、正しくはないという。

「選手たちには、自分自身で考えてもらいたい。それを周囲にいる各チーム指導者、親御さんに聞かせて欲しい。『何を考えて野球をやっているか?』をお互いが理解し合うのが、上達へ向けての一歩です」

年中夢球氏は「何に対してのお願いをしますか?」と選手たちに答えさせる。

~「正確なメカニクスを体現して野球をやって欲しい」菊池タクト氏

「選手たちには野球をやって欲しい。単純に投げて、打って、捕るという部分だけを求めたい。他に深い考えはありません」

タクト氏の肩書きは、『野球スキルコーチ』。高校教諭を辞し単身渡米、野球の本場でメカニクスの重要性を学んだ。

「全ての動作には正しい身体の使い方が存在します。メカニクスと言われるもので、投げる、打つ、捕るの全てにあります。正確に稼働していれば、最大限のパフォーマンスを発揮できます。結果は運もあってどちらに転ぶかわからない。メカニクスに沿った動きを常に行うことが大事です」

米国ではユース年代選手が所属チームと別にパーソナルトレーナーと契約する。早い時期からメカニクスを徹底的に習得することで、年齢を重ねてもプレー時の重要ポイントがブレない。

「正しいメカニクスを伝えるスキルコーチが必要です。間違った方法では結果に繋がらないだけでなく、成長を大きく阻害します。スキルコーチに対する認識や数の差が、日米の実力差に関係している部分があるとも思います」

菊池タクト氏は米国式メカニクスを伝えるが強制はしない。

~打撃メカニクスはバッティングセンターで試したくなる

精神面と技術面、さらに言えば日本式と米国式。夢球氏とタクト氏が伝えていることを、正反対に感じる人もいるかもしれない。しかしお互いの根本にある野球への考え方は、同方向を向いている。

2人の出会いは5年前。当時、高校教師だったタクト氏が、宮城県仙台市で開催された夢球氏の講演会に足を運んだ時だった。

「指導者が自分の考えを選手に押し付けることに違和感を覚えていました。夢球氏は常に指導者や親に向け、大人が何をすべきかを話されていました。感銘を受けて講演会に足を運んだ。心や人間の成長を語るには、まずは大人が大事だと痛感しました」(タクト氏)

「真面目で誠実な好青年。当時は高校の野球部長をされていましたが、色々と思うところがあったのでしょう。ただ『選手たちには上達して良い思いをして欲しい』というのが伝わりました。教員を辞めて渡米した時には『思い切ったことをするな』と思いました」(夢球氏)

タクト氏は渡米してスキルコーチに必要な知識や技術を学んだ。帰国後に会った夢球氏は、米国で主流の打撃メカニクスに惹き込まれる。

「自分が子供の頃からやってきた打撃とは全く違うのに驚いた。1つずつタクト氏に教わる中で、全てに意味があって効果的な身体の使い方だとわかりました。1つずつ徹底的に教わって、その後は必ずバッティングセンターで試しました」(夢球氏)

「構えからスイング、フォロースルーまで1つずつを徹底的に細かく聞かれました。自分の知っている感覚との違いを理解して、米国でポピュラーな打撃メカニクスを習得しようとされました。何度も何度も質問されたのが印象に残っています」(タクト氏)

米国式の打撃メカニクスを学んだとはいえ、全てを強制する気持ちはない。選手個々に適した打ち方を身につけるために多くのことを試して欲しいと考えている。

「米国式の打撃メカニクスには理解が難しい部分もある。タクト氏自身、日本選手に適さないものがあることもわかっています。そこを無理強いしない指導方法にも共感できました」(夢球氏)

「米国で学んだメカニクスが全てだとは思いません。日本で教えられている技術や理論にも素晴らしいものはたくさんあります。どちらが良い、悪いというのではありません。目指すのは日米の良いところ取りをしたハイブリット打撃です」(タクト氏)

選手たち同様、指導者や保護者の方も参加してメカニクスを理解して欲しい。

~多くの方法を用いてスキルとメンタルの両方からアプローチ

コロナ禍等があったため、昨年から始まった夢球氏とタクト氏によるベースボールクリニック。8月に栃木県・那須塩原、11月に東京で開催され各回20名ほどが受講した。これまで触れたことのない打撃メカニクスと指導方法、最初は違和感と緊張感も漂ったがすぐに笑顔が溢れた。

「最初のつかみ部分は僕の方法でやらせてもらっています。具体的な打撃メカニクス指導はタクト氏に任せます。選手たちは慣れない方法に最初は戸惑っているが、どんどん慣れていく。私は気持ちが前向き、乗っていけるように声をかけて回っています」(夢球氏)

「野球を始めてから触れたことのない打撃メカニクスも多いはず。選手によっては戸惑ったり、うまくいかないことでストレスを感じることもある。(夢球氏は)そういう部分をしっかりフォローしてくれるのが心強い。技術とメンタルの両方をカバーできていると思います」(タクト氏)

クリニックでは打撃ティを使って止まったボールを打つ。メカニクスを考え過ぎて、うまくコンタクトできない選手もいる。しかし時間と共にしっかり打てるようになる。その様子を見ている指導者や親御さんたちも、新しい指導方法にどんどん興味を抱くようになる。

「本当は指導者や親御さんたちにも参加して欲しい。自分自身が今まで知っているメカニクスとの違いを体感、理解してもらいたい。打撃に正解はなく多くの方法や手段があります。カベにぶち当たった時には多くのことを試してみる。その中から自分に最適なものを見つけ出せば良い。それが理解できれば、押し付けの指導は激減するはずです」(夢球氏)

「スキルとメンタルは両輪です。クリニック最後の方ではゲーム形式の打撃をやります。スキルがうまくいかず成果が出ないでメンタルがやられる選手がいます。逆にメンタルが前向きでもスキルが伴っていない選手もいる。両方からアプローチできれば、選手たちも理解しやすいはずです。年中夢球さんと一緒にやることの最大の利点です」(タクト氏)

タクト氏は技術面、夢球氏はメンタル面に関してアドバイスを送る。

~自分で考えて、決断を下し、行動する

クリニックでも度々触れていたのは、自分自身で考え、決断して、行動することの大切さ。シニア年代の指導歴が長かった夢球氏、現場での高校教師の経験を積んだタクト氏の2人が重要視する根っこ部分は共通だ。

「リトル時代、試合終盤の一死満塁で『ホームゲッツーを取れ』と指示しました。ボテボテの内野ゴロを絶対に間に合わない本塁へ投げた。『本塁へ投げろと言われたから』と選手は言ったのに愕然としました。やらせるだけでは何にも生まれないことを学んだ。選手たち自らが考えてやることが最も重要なのです」(夢球氏)

「決め事としてではなく、人間として自然に出るものが大事。一番やらないといけないのは大人だと思います。例えば、挨拶や礼儀など、自分はやらないのに『しろ』と言う人もいる。米国ではコーチから子供達の方へ行って声をかける。『元気か、こい』と行って会話が始まる。あれがコミュニケーションだと思う。年齢なんて関係なく自分から率先してやる」(タクト氏)

「選手たちが最高のパフォーマンスを発揮すると共に、心からの喜びを見出して欲しい」と2人は口を揃える。

「選手たちと直接、触れあうと楽しい。年が明けて暖かくなったら、2人でどんどん動こうと思っています」(夢球氏、昨年取材時)

「対面して伝えることでより理解が深まることがわかった。日本中を回っていきたいですね」(タクト氏)

昨年は2回しかできなかったクリニックだが、今後は回数を増やす方向で調整中。真っ直ぐで熱い思いを持つ2人、今後の活動に大きく期待したい。競技人口が激減、問題も噴出している野球界に大きな波紋を生み出してくれそうだ。

年中夢球(本間一平):1969年生まれ。学童野球・クラブチームでの指導歴20年を誇る。数々の書籍やブログを通じて、保護者、指導者、選手へ向けて心の野球の重要性を発信する。

菊池タクト(拓斗):1993年生まれ。福島・光南高、富士大を経て地元で高校教員となる。その後退職して渡米、ニュージャージー州「High Heat Baseball」など複数のアカデミーでコーチング知識を学ぶ。T-Academy代表としてYouTube「タクトtv」にて情報発信等を行っている。

(取材/文/写真・山岡則夫、取材協力・年中夢球、T-Academy)

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