• HOME
  • コラム
  • 野球
  • 「全部が崩れてしまった」鮮烈デビューのち挫折、そして再起 仙台大のプロ注目右腕・佐藤幻瑛が語る“現在地”

「全部が崩れてしまった」鮮烈デビューのち挫折、そして再起 仙台大のプロ注目右腕・佐藤幻瑛が語る“現在地”

 昨年、仙台大硬式野球部に“スーパールーキー”が現れた。佐藤幻瑛投手(2年=柏木農)。高校時代無名だった右腕は、大学1年目から先発の柱を担い、リーグ戦では春秋計6勝をマークした。全日本大学野球選手権では2試合に先発して力投し、明治神宮野球場で自己最速の152キロを計測。12月には大学日本代表候補合宿に招集され、ここでも150キロ台を連発して注目を集めた。

 鮮烈すぎるデビューを果たしたが、大学2年目を迎えた今春のリーグ戦は登板機会が激減。全節で先発のマウンドは渡邉一生投手(3年=日本航空/BBCスカイホークス)、大城海翔投手(1年=滋賀学園)の両左腕に譲り、佐藤は2試合、計2イニングの救援登板のみに終わった。

 そんな佐藤は6月24日、仙台六大学野球春季新人戦の決勝で今春公式戦初先発し、8回6安打無四球8奪三振2失点と好投。準決勝に続いて爆発した打線の援護にも恵まれ、チームを2季連続優勝に導く投球を披露した。昨秋から今春にかけて、何が起きていたのか――。復活を期すプロ注目右腕に“現在地”を尋ねた。

150キロ台連発も…試行錯誤重ねた苦悩の期間

 「全国大会で152キロを出して、スピードにこだわるようになってしまいました。それでフォームが崩れてしまって……」

 昨秋のリーグ戦終了後、マウンド上で首をひねる佐藤の姿をよく目にした。11月上旬の新人戦。準決勝の東北学院大戦は150キロ台を連発して1回を三者凡退に抑えたが、決勝の東北福祉大戦は4四死球を与えて1回持たずに降板した。

今春の新人戦決勝で好投する佐藤

 新人戦から約2週間後の練習試合でも、1イニング目は相手を圧倒したものの、2イニング目は四死球を機に大崩れし途中降板。リーグ戦期間中と比べてコンスタントに150キロ前後の球速を出せるようになった一方、速球をコントロールしきれず、突然乱れてしまうケースが増えた。

 球速を意識して筋トレや食トレによる肉体改造に着手した結果、本来の投球フォームを見失った。二段モーションを取り入れるなど試行錯誤を重ね、一時的に「ハマる」時期もあったが、長続きはしなかった。

消えなかった向上心、己を見つめ直した冬

 昨年5月の取材時、佐藤は「できないことができるようになっていくことが面白い。自分は単純なので、ピッチャーが好きで、とにかくうまくなりたいんです」と話していた。入学からわずか数か月で球速が伸び、並み居る先輩投手を押しのけてエース級の活躍を見せていた時期。急速に「うまくなる」日々を心から楽しんでいた。

ルーキーイヤーと比べて体が大きくなった

 今春の新人戦決勝での登板後、「昨秋以降も野球を楽しめていたか」尋ねると、佐藤はしばらく考えたのち、口を開いた。「たしかに、1年生の時は何をやってもうまくいくという感じで楽しかったです。でも、うまくいった分、吸収するものも多くて、その吸収したものを一つ一つ、しっかりと理解することができていなかった。冬、いざ投げるとバラバラになっていて、体重も増えて、全部が崩れてしまった。だいぶ苦しみました」

 トンネルを抜け出すまでには時間を要した。それでも、心が折れることはなかった。すべては「うまくなる」ための時間だからだ。球速にこだわりすぎることをやめ、一から投球フォームを見つめ直した。ストライクゾーン目がけてアバウトに投げる練習を繰り返すことで、制球力を磨いた。スライダーやカットボールなどの変化球を投げ込み、直球以外の精度も高めた。

2年連続の全日本、球の「重さ」武器に躍動

 結局春までに本来の状態まで戻すことはできず、リーグ戦では悔しい思いをしたものの、2年連続で出場した全日本大学野球選手権では復活の兆しを見せた。

 大会直前、「真ん中に投げてバットに当たったとしても飛ばない、重い球を投げよう」とのテーマにたどり着いた。体重は昨秋より5キロ以上重い85キロまで増加。肉体改造が結果的に功を奏し、直球の「速さ」を維持しつつ「重さ」も武器になっている感覚をつかんだ。

全日本は2試合とも登板し存在感を示した

 初戦の星槎道都大戦は最終回に登板して三者凡退。2回戦の九州産業大戦は8回1死一、二塁のピンチで救援登板し、タイブレークの11回途中までマウンドに立った。「リーグ戦でほとんど投げられなくて、失うものは何もなかったので、強気に投げるだけでした」。最後は粘りきれず、負け投手になった。ただ、首脳陣の期待に応える粘投だった。

 苦悩する佐藤をそばで見守ってきた坪井俊樹コーチは「(全日本は)幻瑛がいなかったらもっと厳しい戦いになっていた。紆余曲折を経験できてよかったのではないか」と話す。全日本と新人戦の登板を経て、佐藤は「まだまだ。毎日、毎日、また悪い時に戻らないよう、『徐々に』という感じです」と冷静だったが、間違いなく光は見えてきている。

マウンド、ベンチでの姿勢が変わった理由

 今春は技術面以外の変化も印象的だった。マウンド上で喜びを表現したり、ベンチで仲間を鼓舞したりする場面が昨年と比較して目立つようになったのだ。「思うように投げられなくなってから、チームのみんなが応援してくれていると気づいたんです。チームメイトが『お前がいないと勝てない』と言ってくれて、それがうれしかった。自分も『チームのために動こう』と思えるようになりました」と佐藤。挫折を味わったことで、仲間の大切さを知った。そして、精神面も大きく成長を遂げた。

チームメイトに迎えられる佐藤

 秋に向けては「今、自分のできることをやるだけ。常に成長し続けたいと思います」と力を込めた。また「うまくなる」ための夏が始まる。

(取材・文・写真 川浪康太郎)

読売新聞記者を経て2022年春からフリーに転身。東北のアマチュア野球を中心に取材している。福岡出身仙台在住。

関連記事